海が見える駅は、思ったよりもすぐにやってきた。

 電車に乗って5駅目。窓の外には、水色のハンカチを敷いたみたいな海が光っていた。

 「海だ!」

 陽子が声を弾ませ、座席から立ち上がる。夕もつられて立ち上がり、なんだか不思議な気分で目の前に広がる海を眺めた。

 本当に、ここまで来てしまった。

 電車を降りたら、そこに藤の生まれ故郷がある。

 「さあ、降りましょう。」

 陽子が先に立って、電車を降りる。

 夕は、まだちょっとぼんやりする頭のまま、とにかく陽子の背中に続いた。

 ごく狭い駅のホームに立つと、薄っすらと潮の香りがした。海だ。海が、すぐ近くにあるのだ。

 夕の一歩前を歩いていた陽子は、無人の改札を抜け、海へ続くのであろう長い一本道の前に立つと、くるりと夕を振り返った。

 「陽子は、ここまでです。」

 その突然の言葉に驚き、夕は、え?、と間抜けな声を漏らした。

 陽子は困ったように眉を寄せながら、にこっと笑ってみせた。

 「だって、お邪魔虫になるじゃないですか、陽子がいたら。だから、ここまで。夕さまは、この道をまっすぐ行って下さい。陽子はここから引き返しますから。」

 すぐには頷けない夕は、不安だったのだ。

 陽子がいなくなっても、自分は逃げずに藤を探し出せるかどうか。ここまでだって、陽子が引っ張ってくれたから来られたようなもので、もし陽子がいなかったら、自分はまだ今頃自室の布団にくるまっているだけだっただろう。

 そんな夕の感情を読み取ってか、陽子は、大丈夫ですよ、と言った。

 「夕さまは、一人でも大丈夫です。だって、ちゃんと藤さんの気持ちはわかっているんだから。大丈夫。絶対に藤さんに会えます。」

 夕はしばらく躊躇った後、分かったよ、と呟いた。

 陽子がいなくなるのは不安だし、いっそ恐怖でもある。それでも、ここからは一人で行かなくてはならないと、陽子の言う意味だってちゃんと理解できる。

 ここからは、一人で行かなくては。

 だって、藤もきっと一人で夕を待っているんだから。

 「行ってくる。」

 覚悟を決めた夕がそう言うと、陽子は芯から嬉しそうに笑った。

「行ってらっしゃい。」

 二人はせーのでお互いに背中を向け、陽子は駅へ、夕は海へと歩き出した。

 

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