3
海が見える駅は、思ったよりもすぐにやってきた。
電車に乗って5駅目。窓の外には、水色のハンカチを敷いたみたいな海が光っていた。
「海だ!」
陽子が声を弾ませ、座席から立ち上がる。夕もつられて立ち上がり、なんだか不思議な気分で目の前に広がる海を眺めた。
本当に、ここまで来てしまった。
電車を降りたら、そこに藤の生まれ故郷がある。
「さあ、降りましょう。」
陽子が先に立って、電車を降りる。
夕は、まだちょっとぼんやりする頭のまま、とにかく陽子の背中に続いた。
ごく狭い駅のホームに立つと、薄っすらと潮の香りがした。海だ。海が、すぐ近くにあるのだ。
夕の一歩前を歩いていた陽子は、無人の改札を抜け、海へ続くのであろう長い一本道の前に立つと、くるりと夕を振り返った。
「陽子は、ここまでです。」
その突然の言葉に驚き、夕は、え?、と間抜けな声を漏らした。
陽子は困ったように眉を寄せながら、にこっと笑ってみせた。
「だって、お邪魔虫になるじゃないですか、陽子がいたら。だから、ここまで。夕さまは、この道をまっすぐ行って下さい。陽子はここから引き返しますから。」
すぐには頷けない夕は、不安だったのだ。
陽子がいなくなっても、自分は逃げずに藤を探し出せるかどうか。ここまでだって、陽子が引っ張ってくれたから来られたようなもので、もし陽子がいなかったら、自分はまだ今頃自室の布団にくるまっているだけだっただろう。
そんな夕の感情を読み取ってか、陽子は、大丈夫ですよ、と言った。
「夕さまは、一人でも大丈夫です。だって、ちゃんと藤さんの気持ちはわかっているんだから。大丈夫。絶対に藤さんに会えます。」
夕はしばらく躊躇った後、分かったよ、と呟いた。
陽子がいなくなるのは不安だし、いっそ恐怖でもある。それでも、ここからは一人で行かなくてはならないと、陽子の言う意味だってちゃんと理解できる。
ここからは、一人で行かなくては。
だって、藤もきっと一人で夕を待っているんだから。
「行ってくる。」
覚悟を決めた夕がそう言うと、陽子は芯から嬉しそうに笑った。
「行ってらっしゃい。」
二人はせーのでお互いに背中を向け、陽子は駅へ、夕は海へと歩き出した。
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