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「ここからバスに乗って終点まで行くんだ。そしたら赤い屋根の駅舎があるから、そっから電車に乗る。それで、はじめて海が見えた駅で降りればいいんだ。」
陽子にそう説明しながら、夕はその道順の曖昧さに気が付かないわけにはいかなかった。まるで絵本の宝探しの地図みたいだ。
けれど陽子は、意気揚々とブーツで畳を踏みしめ、縁側から軽く飛び降りて離れを出た。夕もその背中を追う。追いながら、違和感を言葉にする。
「説明が曖昧すぎるよ。この屋敷の前のバス停からは、いくつも行先の違うバスが出てるし、赤い屋根の駅舎からだってそうだろう。」
それに、と、夕は言葉を継いだ。
「この道順が、本当かも分からない。……藤は、子供の俺をなだめるために、適当を言ったのかもしれない。」
すると陽子は肩越しに振り返り、きつい目で夕を見た。睨む、まではいかなくても、それに近い視線だった。それでいて、その目には、夕を憐れむような色もあった。
「簡単ですよ。バス停に来るバスに、片っ端から赤い屋根の駅まで行くか聞けばいいんですから。電車だって同じです。海まで行くのはどの電車か聞けばいい。何本もあるなら、片っ端から乗ってみればいい。」
でもね、夕さま、と、陽子は前に向き直りながら、幾分きつい口調で言った。
「どうして藤さんが信じられないんですか?あんな、悲しいラブレターまでもらって。……陽子は、ちょっと怒ってますよ。」
「……怒るなよ。」
「怒ります。」
「随分、藤に肩入れするんだな。」
「しますよ。」
陽子は振り返りもしないまま、言葉を吐き捨てた。
「こんなに大切に面影を拾い集めて、故郷の場所だって、子供の夕さまにも分かるように説明して。……苦しいくらい、好かれているのに。どうしてそれでもまだ信用できないんですか?」
夕は黙った。黙ったまま、二人はバス停までたどり着いた。
そしてそこまで来て、夕はようやく口を開いた。自分の内面を語るのは、苦手だった。聞いてくれる人が、この世にいなかったせいかもしれない。
「信用、できないよ。……俺は、多分、誰のことも信用できない。……藤だけじゃなくて、誰も。」
裏切られすぎた子供のままなんだ、と、夕はかろうじて言葉を紡いだ。
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