2
がくん、と首をたれて眠っていた陽子が、ふと首を巡らせ、まだ眠そうな半目で夕を見た。
「お嫌いですか? 藤さんのことが。」
それはあまりに唐突な問いかけだったので、夕は驚いて陽子を見返した。
彼女は眠たげなまま、それでもちょっと唇の端を持ち上げて見せた。
「夕さまは、旦那様のものは全部お嫌いでしょう? 陽子のことだって。」
まるで先程までの夕の回想を目にしていたかのような陽子の物言いに、夕は怯んで言葉をなくした。
陽子はゆっくりとまばたきを繰り返しながら、違います? とさらに問を重ねた。
「……違わないね。」
かろうじて、夕がそう答えた。
父親の持ち物は全て嫌い。
そう断言できた。父親の別宅で、父親の使用人に囲まれて暮らしているくせに。
「でも、陽子のことは嫌いじゃないよ。」
言うと、陽子はやけに大人びた顔で笑った。妙な達観が含まれているような、これまで見たこともない表情で。
それを見たとき夕は、陽子も父に買われてきた身なのだと、妙に実感した。
陽子の幼さや無邪気さとは裏腹に、彼女にも多分、幸福とは言えない過去がある。
「藤さんのことは?」
達観した表情のままで、陽子がまた問う。
夕は居心地悪く口をつぐんだ。
好きとか嫌いとか言えるほどには、夕は藤を知らなかった。
離れに囲われていた、うつくしい藤の精。
会ったことは数度しかなく、そのどれもが、ごく短い記憶だった。
「好きとか嫌いとか言うほど、俺は藤を知らないよ。」
それは紛れもない事実だったのに、なぜだか夕の声は、変に心細いような響きをした。まるで、嘘をついている子供みたいに。
「……そうですか。」
陽子はそう呟くように言うと、うーん、と一つ伸びをした。
車窓から射す、冬の色をした陽光が、陽子の小さな白い顔をくっきりと照らし出していた。
「夕さまは、藤さんを恨んでいるんだと思ってました。」
恨み。
少女の唇から吐き出された禍々しい言葉に、夕は一瞬耳を疑った。
「え? 恨み?」
はい、と、陽子が何事もなさそうに頷く。
「だって、藤さんが来たから、奥様はお屋敷を出られたのでしょう?」
そうだね、と、なんだか動かしづらい首をかくかくさせながら、夕は首を縦に振った。
「でも、それは……、」
母が負けただけだ。
そんな残酷な言葉が唇から出てきそうになって、夕は慌てた。
母が、負けただけ。
母が、藤ほどうつくしくなかっただけ。
自分でも気がついていなかった。そんなことを思っていたなんて
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