第29話 ギガントマキアー①
半身を炎の光により照らされるその男の影はその男の心の醜悪さを示すかの様にゆらゆらと暗く揺れている。
「さて、本題に入りましょうか。私たちの一家の者がここに拉致されていると聞きましてね。いやはや拉致なんて物騒な…なんと酷い仕打ちなのでしょう。」
不敵な笑みを浮かべながら話すその内容は荒唐無稽な話であった…。一方的にこちらに非があるようなその口ぶりに、その男の本心が見え隠れする。
谷口の後ろには、5人程度の敵影が確認できるが、炎の光だけでは正確な数は確認できない。
それに対して、自衛官は樫木さん以外は現状動きが取れない状況だ…。
「こんな事許されると思うのか!」
倒れながらも声を発したのは相村さんであった。
谷口が相村さんに向かって、拉致したのはそちらでこちらは専守防衛にしたがって行動していると言ったような屁理屈を捏ねているが話が噛み合っていない。
「あぁ、そういう事ですね…。あなた耳が聞こえていないんでしょ…。耳障りの悪い羽虫め…、自分の音だけ垂れ流して…。」
そういうと谷口は胸元から丸いボール状の物を取り出して、相村さんの方に投げつけた。
「害虫は駆除しないとねぇ。これでこの世界も少しは良くなるでしょう。この年寄りに全力投球させるなんて害虫はやはり害にしかなりませんね。」
炎に照らされ、顔面の全てに光が当たる。その顔は不気味な満面の笑みに満たされていた。
「伏せろぉぉぉ!」
樫木さんの声が響く。その声に反応できず私たちは立ち尽くしていた…。
爆音と共に土煙が上がった…。
その数刻後、砂の雨に混じって血生臭い雨も降ってきた…。相村さんのいた場所に相村さんの姿が見当たらない…、そこには人であった何かが散乱している。
「素晴らしい。なんて良い日なんだ。この世界から害虫一匹が退治されました!みなさん拍手!」
興奮しながら発せられるその言葉に続くように、拍手が巻き起こった。拍手の音は大きく谷口の後ろにいる人数の多さが浮き彫りになる。
「しかし、暑いですね…、もう冬前の秋口なのにね。」
そういうと着ていたコートとジャケットを脱ぎ捨てた。
体には、ボールのようなものが複数個、腰にはゲームでよく見る拳銃がぶら下がっている。
「もう一度言いますね、私はここに拉致された仲間を救いに来ました!聞こえてますか!!?」
痺れを切らしたように、谷口は部下達に動くように手を振った。
部下達は自衛官の詰所を物色し始めた。
「頭…、宗末のやつがいました。」
男は谷口が座るための椅子と詰所に監禁されていたあの口の悪い男を引っ張ってきた。
谷口は持ってきた椅子にどんと腰掛け大きく足を組み、冷たい目で宗末を見ている。
ふがふがと顎が砕けていながらも必死で話す宗末の姿を哀れみを向けるのではなく冷徹に見ている。
「こんな非人道的な事を行うとは…、あなた達は人ではないのでしょう。それこそ、化け物のほうがまだ人道的でしょう。」
宗末を連れてきた男に対して、宗末を膝立ちさせる様に指示した。
「私は慈悲深いですからね。救済を与えましょう…、その怪我ではもうこの世界では苦しんで苦しんで死んでいくことになりますからね。」
座りながら、前を見つめ、膝立ちさせられた宗末の頭に腰にぶら下がっていた拳銃の銃口をあてた。
頭をふり泣き崩れる言葉になっていない言葉を発する宗末…。
ぼそっと、谷口は「お前の事はよくわかっている…。」と呟いた後、引き金が引かれた。
銃声が轟いた後、あたりは静けさを取り戻し、炎が燃える音だけが聞こえる。
「仲間だったんだろ!なぜ、殺した!」
「はぁ…、もうほとんど死んでるのと同じだっただろ…。自衛官ともあろう方々がが素人に手を挙げるとは…、あの時代に戻った気持ちですよ。」
谷口はそういうと、再び銃に手をかけ、銃口をこちらに向けた。
「では、あの時代方式でいきましょう。若者が夢を持ち…、衝突しあったあの学生運動の時代のね…。」
後ろにいる複数の仲間に手で合図するとともに何かが詰まった燃える瓶が降ってきた。
「祝い酒です、どうぞ召し上がれ。」
地面に叩きつけられた瓶の悉くは割れ、中の液体が広がると同時に火の海になった。
炎で気化した液体により咽せ返るようなアルコールの匂いが周囲に漂う。
「私のお酒が飲めないとは、嘆かわしい限りです。」
そう言いながらも谷口は楽しそうに笑っている。しかし、思ったより火が燃え広がり、私たちと谷口らの間を分断されたことに、少し焦りを見せた。
「樫木さん、今のうちです。」
私は倒れ込んでいる鈴木さんに駆け寄り、真司達と力を合わせて腕を引っ張り校舎入り口まで引き摺った。
樫木さんも私の声に反応し、丸尾さんを抱え上げて走った。
丸尾さん、鈴木さんの顔にはいくつもの小石がめり込み、まるで顔に鱗ができたかのように皮膚が照っている。
痛々しい傷に顔を照らしていたランプを下げた。
「樫木…、命令だ皆を連れて逃げろ。想定できていなかった…。」
「丸尾さん…、しかし…。」
丸尾さんはふらふらになりながらも立ちあがろうと何度も何度も足に力を入れていた。
「時間は稼ぐ。俺らで…、鈴木…行くぞ。」
ふらふらになりながらも、鈴木さんの肩を叩き、気合いを入れるように自分の顔を殴った。
殴った皮膚は避け、血が流れ、顔を染めた…。
まるで血化粧をしたかの様なその表情は戦士そのものであった。
火の海が次第に薄らいできた頃、谷口らがこちらにゆっくりと向かってきていることが見えた。
「あぁ、そうだそうだ…。拉致された仲間はどこにいる?私の可愛い甥っ子の龍也はどこだ?」
谷口は何度も甥っ子はどこだと発しながらゆっくりと近づいてくる。
「樫木…、後は頼んだぞ。少しだが、耳も聞こえる様になってきた…、いけるな鈴木…。」
丸尾さんと鈴木さんはうなづきあい、徳さんとカズの持つ刺股を杖代わりにしながら、谷口達の元にゆっくりと歩み始めた。
「お前の甥っ子は屋上だ。まぁ、もう死んでるかもしれんがな。」
丸尾さんは、挑発するかの様に谷口に言い放った。
「おぃ。」
屈強な男に屋上に行く様に指示すると共に、丸尾さんと相村さんを指差し、首を切る様なジェスチャーをした。
「樫木ぃぃぃ!いけぇ!!」
丸尾さんはそう大声で言い放ったと同時にふらつく足に目一杯の力を込め、校舎に向かう男達に刺股を突き立てた。
その声に続く様に、相村さんも刺股を掲げ走っていった。
「皆さん…、行きましょう。」
樫木さんの目は充血し、噛み締めた口から血が垂れる。
「時間は十分にはありません。裏を通り、外周にそって回り込みましょう。丸尾…さん達が時間を稼いでくれているうちに…。」
各リーダーは急いで自分の管理する教室に戻り校舎の裏口に人を集めた。
皆一同、不安な表情…をしているのがわかる。悲観的な言動も目立ち…これからの自分たちの行く末の見えなさに泣く者もいた。
「しっ!皆さん…声を鎮めてください。」
校舎に入ってくる多数の足音が聞こえる。皆一同屋上に向かっている様に階段を上がる音が静かな校舎に響き渡る。
その時私はふと大切なものの事を思い出した。Kさんからもらったあのライターは別のカバンに入れているという事を…。
「樫木さん、申し訳ない…、先に行って下さい。」
「中西さん、何を言ってるんかわかってるんですか?事は一刻を争いますよ!?」
中西さんの話は真っ当だ…敵が上層階に上がった今、教室に荷物を取りに行くなんて自殺行為であることには違いない。
しかし、危険は承知の上でKさんとの唯一の繋がりのあのライターを手放してはダメだという感情に支配された。
「それでも…、行かないといけないんです。自殺行為なのは承知です。」
「丸尾さん達が作ってくれた猶予なんです!わかって下さい。」
双方許さずの状況で次第に声が大きくなる。
流石にまずいと思ったのか間に真司が小声で提案した。
「樫木さん、黙ってたんですが、正門以外にも抜け道はあるんです。プールサイドの脇に人一人通れる穴がありまして。人一人しか通れないので、大人数では時間がかかるので俺たちは正門、兄さんはその抜け道から逃げるというのはどうでしょうか。時間的には同じくらいに避難所を抜けられると思います。」
「しかし…。」
樫木さんもその提案に頭を悩ませた。これ以上ここで問答していても埒が開かない。
皆を守るという命令を下された今、一人に構っている暇はないということもりかいしているが、葛藤しているようである。
「わかりました。決して無理はしないで下さい…。命は一つしかないのですから…。」
樫木さんは自身の人命の天秤の傾きに則り決断を下したようだ。私は個人的な我儘で時間を使わせたことを謝り、避難スペースへ急いだ。
「電気もつけられないから、これは厳しいな…、たしかこの辺りに…。」
無作為に置かれている洋服を掻き分け、避難所に持ち込んだバックをなんとか手探りで探し始めた。
「あった!これでいける。」
少し大きな声を出してしまい、慌てて口を摘んだ。
辺りには静寂が漂ったと思った刹那、大きな鉄板が壁にぶち当たる轟音とドタドタと階段を降りる足音が聞こえた。
「避難所でなんてもんを隔離してたんだ!」
「あの化け物…、若に…。やばい、あれはやばい。」
そんな声が聞こえてきた後、大きな影がその男達を追いかけていく様が暗がり中見えた。
「あぁあぁ!ぁぁぁあ!」
大きな影は複数の唸り声が重なった様な奇妙な唸り声を上げている…。
その声は心臓に響き、私の不安な気持ちを増長させる。
「いったか…。しかし、まずいな…。」
教室は嵐が通り過ぎた様な静けさが辺りに漂う一方で、校舎入り口あたりでガラスが割れる音が鳴り響く。
このまま、この教室で待機しておきたいという気持ちでいっぱいであったが、屋上が空いてしまった今、屋上にいた”あ”たちで校舎も安全ではないことは明白だ。しかも、この暗さだ…行動し続けなければ…、そんな、考えが脳裏に焼きついた。
私は手渡された手斧をしっかりと構えて校舎入り口に向かって教室を飛び出した。
あたりは奇妙なくらい静かで”あ”の気配も人の気配も感じられない。
音お立てない様に急いで階段を下り、正面の校舎入り口を覗いた時、私は目を疑った。
「ギガントマキアー」
目の前に広がる光景に私は呟いた。神話で読んだ巨人そのものが目の前にいたのである。
ガラス戸の金属部分にに打ち付けられ体がくの字になった男性を貪り食う巨人の姿…。
巨人は肩の筋肉が隆起し頭を筋肉が飲み込み、筋肉は皮膚を突き破り人体模型の様に赤々と脈動しているのがわかる。
丸太のような腕と足も皮膚を引き裂き筋肉が隆起している。そして、体から漏れ出ている唸り声…、声帯が3つあるかのような奇妙なその唸り声に体が拒否反応を起こし、逃げろと生存本能に訴えかける。
その巨人の背中に彫られていたのであろう不動明王の刺青は不気味に歪みこちらに微笑みかけている。
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