第28話 騒がしい夜

 次の日、各々の戦果を引っさげてグラウンドに集まった…。

 リーダー達の顔は不安に満ちている…。それもその筈だ…、皆が持ってきた武器、いや道具と言った方がいいだろうか…、こんな物で戦おうとしているのだから。

 唯一、本当の武器になりそうなものは、手斧と包丁くらいのものであろう…。暴漢対策の刺股も案外使えるのかもしれないが、行動抑制くらいにしか役には立たないだろう。


 「結構集まりましたね。」

 そうたんを発したのは丸尾さんだった。丸尾さんは集まった道具をみて感心していた。


 「相手も偵察部隊が帰ってこないという事で、こちらの動きを察しているでしょう…。襲撃にそなえて、最低限の動きだけ、決めておきましょう。」

 丸尾さんは各リーダーに動きの指示を行った。


 ざっくりとした指示としては、男性は道具を持ち相手を牽制、その隙に自衛官が制圧。女性は後方バックアップという名の立て籠り防衛を指示された。


 「相手も武装している可能性が高く、素人には厳しい防衛となるでしょう…。」

 丸尾さんはそういうと複数の道具をより分けて、他の自衛官に手渡した。


 それらの道具は殺意のこもった武器へと姿を変えた…。刺股の中央に刃物が取り付けられ、捕縛と同時に致命傷を負わせられるそんな禍々しい武器へと。


 「近づくことは、リスクになります…。そのため、こちらを使ってください。」

 樫木さんと相村さんは禍々しい刺股を掲げ、使い方をレクチャーした。

 一人を二人で囲み制止するという実演を行なってくれた…。

 よくテレビで先生が暴徒を取り押さえる様な実践た映像を見たことがあったが、気迫が違う…殺意がこもっている。


 「刺股を使った事をある方はいますか?」

 「私は使った事ありますね…、しかし…。」

 徳さんは刺股に取り付けられた刃物に少々困惑している…。


 「これは訓練ではありませんので…、ご理解して下さい。あくまで牽制用です…。」

 「はい…。頭では理解してますが…現物を見るとやはり…。大丈夫です、飲み込みます。」

 刺股の中央についている刃物が太陽の光に照らされて鈍く銀色に光っている…。


 刺股は徳さんと力がありそうという事でカズに手渡された。刺股を持つ二人は阿吽像の様に見えるが、表情はそれとは全く反対であった。


 私も手斧を渡されたが、これを振るう時は相手を死に至らしめる時だと手斧を見つめ、唾を飲み込んだ…。


 「相手も刃物を持っている時は必ず距離をとってください…。近づかない、相手の様子を見て持ってる武器の名前を大声で叫んでください。我々自衛官が鎮圧しますので。」

 リーチのある武器以外は不用意に近づかない、という事を口酸っぱく言われ続けた。

 

 リーチをある武器、道具を持っているのは刺股を渡された徳さんとカズ、鍬を持つ内藤くんくらいだろう…。

 私は手斧、ナオキは釘抜き、真司に至ってはあの錆びた鉈を待たされている。

 真司は武器を見て落胆している様子だ。


 「丸尾さん、この鉈どうにかならないですかね…、流石にこれは…。」

 「真司殿…、人殺しの道具を我々が渡しているわけではないのです…。あくまで、自衛に使ってもらいたいと思っています。」

 丸尾さんは宥める様に真司に返答した。

 丸尾さんが制圧と言っていたのはこの意図があったのだろう。あくまで道具は相手への威嚇用でしかなく、それで殺しは求めていないだ。


 「真司殿、それと鯖た刃物ほど怖いものはありません。切れ味は無いかもしれませんが、切られた傷は…相手に重大な後遺症を残します…破傷風です…。」

 丸尾さんはこの事実を隠しておきたかった様に少し声のトーンが低かった。病院も稼働していない様なこの状況において、それは死の宣告である。


 「破傷風ですか…。聞いた事はありますが…。」

 「真司…破傷風は死に至る感染症だよ…。もしかすると、”あ”になるより辛いかもしれない。」

 ナオキは真司に破傷風の怖さを話した。真司はその話を聞き、自分の持つ鉈をまざまざと見た。


 「なのであくまで護身用です。その事実を知っている人であれば、その鉈はかなりの脅威として見られるでしょう。」

 「わかりました…。」

 自衛官達は、私たちに渡した道具、武器に関して、効率的な動かし方をレクチャーしてくれた。


 「中西さん、中西さんには我々のシャベルをお渡ししていたと思いますので、そちらも使ってください。あのシャベルは、打撃、斬撃の双方に利用できます。あと、ノコギリもついてますので…。」

 「は、そうなんですね…、使います。」

 樫木さんがニコニコとそう言ったものの、シャベルでの戦い方など知る由もないし、とりあえず持っておくかくらいの感じで返事した。


 その後には、樫木さんが自分のシャベルで実演してくれたが、はっきり言って素人では到底真似できないと思ってしまった…。

 鼻や口を的確に狙うんだ、と言われても正直できる自信はない。


 「では皆様、ご武運を…。我々はできる限り正門の守りを固めます。いつ襲撃があるかわかりませんので、休める時に休んでおいてください。」

 丸尾さんと他の自衛官はずっと置物になっていた、避難所に乗り入れた車両を正門のバリケードとして配置した。

 

 正門は有刺鉄線とその車による一次防衛線となった。決して強固とまではいかないであろうが、この車両と有刺鉄線をどかさない限りは侵入は難しいであろう。


 「緊張なのか…?よくわからない…。」

 私は体の底から震えが止まらなかった…。武器を渡された時から、徐々にその状態は大きくなっていた。


 「武者震いだよ…。これが本当の…。」

 カズは弁慶の様に刺股を手に持ち、大きな体を小刻みに揺らしていた。


 皆同じなのだ…、恐怖と狂気の間に身を置き、自由が効かない。平和に満ちた世界で生きていた私たちへの試練なのかもしれない。


 「やっぱり体は正直だ…。あれだけ腹を括ったと言い聞かせたのにね…。」

 「本当にそうだよね…。俺も…決心が鈍りそう…。相手が”あ”であれば…よかったのにな。」

 各々のが渡された道具、武器を見ながら、まだいもしない敵である人を想像してしまい怖気付いてしまった。


 「今は休もう…。嫌でも考えてしまうが…、もう考えるのもやめよう。」

 そう皆に言いながら、自分にも言い聞かせる様に気持ちを込めて発した。その声は、少し震えていた様な気がする。


 戻った教室では他愛のない話をしていたが、やはり皆上の空であった。空返事や聞き直しが会話の大半を占めており会話になっていたかも怪しいレベルであった。


 あたりも暗くなってき会話も弾まなくなってきた頃、ランタンに火を灯した。

 ゆらゆらと揺れる光に少し心が落ち着いた様な気がした時に、大きな音と共に窓ガラスが揺れた。


 正門に大型トラックがバックで突っ込んだようだ。薄暗くはっきりとした様子は伺えないが…、正門を破ろうとしているという事は嫌でも理解できる。


 しかし正門も強固であり、破られる気配はない。私は生唾を飲み込んだ…、きてしまったのだ…、昨日の今日で…。


 私は真司達と顔を見合わせ、手に渡された武器とリュックを背負い、震える体を必死で抑えてゆっくりと校庭へ向かった。


 校舎の入り口で樫木さんとリーダー達が正門の様子を遠巻きに眺めていた。正門では丸尾さん、相村さん、鈴木さんが臨戦体制で構えている。

 

 「樫木さん、状況は…。」

 「中西さん…、正門は強固なのでまだ時間は稼げると思いますが…。あくまで時間稼ぎにしかならないですね…。」

 樫木さんの顔色を伺うに、時間はそうないということがわかる。バリケードになっている車両もそんな時間稼ぎにはならないのであろう…。


 何度もぶつけられた正門はどんどんと形を変えていく様が見て取れる…。時事刻々と迫り来る敵…。

 私は手斧を力強く握りしめた…。耳の中に心臓があるかの様な錯覚に陥るくらい鼓動の音が聞こえる。


 「兄さん、兄さん、大丈夫か!!」

 「あぁ、真司…、行くぞ。」

 「中西さん、まだここにいてください。」

 頭の中が混乱していた…、緊張で周りが見えていなかったのだ。更に勇足になり、訳のわからない行動に出ようとしていたところを樫木さんに制止された。


 「まだ、我々が出る幕ではないです…。堪えましょう。合図がきます…。」

 樫木さんも堪えているのだ…、前にいる3人に合流したいに決まっている。しかし、樫木さんは私たち避難所民を第一優先にという指令を受けているのであろう。


 正門から鳴り響く、金属がぶつかる音が急に止んだ…。


 「諦めたのか?」

 私がそんなフラグの様な言葉を発した時、正門方向で一瞬炎が走った。

 

 轟音と共に車両が宙を舞った。

 赤く燃える炎を纏ったその車両は地面に叩きつけられ、正門は大きな口を開いた。


 轟音と共に宙を舞ったのは車だけでは無かった…。正門にいた3人も巻き込み、吹き飛ばした。


 「丸尾さん、相村さん、鈴木さん!」

 その光景を見た樫木さんは命令など忘れ、駆け出した。うずくまり、必死で立ちあがろうとしている3人目掛けて。


 「ロケットランチャー…。これはゲームじゃないよな…。」

 私は目の前の非現実的な光景に現実を疑った。


 好機と見たのか、トラックがバックで正門を突き破り避難所に侵入してきた。


 真っ赤に燃える車両に照らされながら、一人の男が拡声器で声を発した。


 「みなさん、こんばんは。今宵は美しい月が出ておりますね。」

 炎に照らされたその男、不敵な笑みを浮かべ…私たちに挨拶をした…。

 炎の光を吸収したかの様に月は赤く紅く染まっていた。

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