第30話 ギガントマキアー②
炎の光に照らされ不気味に人間を貪るその姿は通常の”あ”と違う事を物語っている。
口は裂け、大きなものも食す事ができるように効率化されている。筋肉もより獲物を捉えやすい様に変異したのであろう…。しかし、人という体が足枷となりその変異にまだ追いついていない様に感じる。
ボリボリと骨が砕ける音が校舎内に響く。
人の頭蓋をそのまま齧り取れるその咬合力はワニやサメなどのレベルに近い。
あの巨人に気付かれていない今しか逃げるチャンスはないとわかっているものの…、生命の危機による震えと悪寒により吹き出した汗が止まらない。
ただただ、その人が食べられる様を暗がりの中からじっと見つめていることしかできなかった。
「か、頭、あ、あいつら、屋上にヤバいもん飼ってます。そいつに、廉地がやられました。」
「使えない、ポンコツめ。そんな事どうでもいいんだよ。私は甥っ子を連れてこいって言ったんだ、しのごの言わずにちゃんとやれ。」
屋上から逃げた男は谷口に慌てふためいた様子で報告するも、谷口はただただイライラとしているだけである。
谷口のイライラの原因はすぐにわかった。
未だに抵抗を続ける、丸尾さんと鈴木さんであろう…。刺股を振り回し、人を寄せ付けない様に立ち回っている。
「ち、違うんです、頭。もう、龍也の若は…。」
その時、銃声が鳴り響いた。谷口に必死に話をしていた男が地に倒れ込み、痙攣している。
その破裂音は巨人を刺激した。
あたりを見回す様にゆっくりと歩み始め、銃声のした方へと歩き始めた。
私は生きた心地がしなかった、あたりを見まわした際に見つかっていたと思うと…。
心臓が高鳴り、息が苦しい。緊張のあまり酸欠になっている…、目の前が段々と闇に覆われていく感覚に吐き気を覚える。
なんとか壁にもたれ掛かりながら、出口へ向かう。一歩一歩地面を踏みしめながら、より暗がりの方へと足を進める。
出口のドアノブに手をかけた時ひんやりするドアノブの感覚に身震いした…、これから起こる何かを私に訴えかける様に。
———— 校庭
「ったく、いつまで待たせるんだ。相手はたかが二人だろ。」
谷口のイライラは止まらず、転がっている死体2人を執拗に蹴り付けている。
蹴り付けられた死体はポンプの様に蹴り付けられるたびに血が漏れ出している。
「頭、校舎から何か来ます。」
「ぁあ?新手か?ったく、使えないボンクラめ。お前らも行ってこい。」
谷口を護衛していた2人は自分の力を誇示し、威嚇するかの様に上半身の服を脱ぎ捨て剥き出しにし、刺青をあらわにした。
護衛の2人は近づくにつれその対象の違和感に気づいていった。
その異様な姿、威圧感、生物本能に訴えかける空気感。
「な…、若…。」
そう声を発した瞬間、男一人は宙を舞っていた。
ヒグマが狩りで鹿を投げ上げる様に…、巨人は丸太の様な腕を振り上げ、男を放り上げたのだ。
男は自由落下の軌道を描き地面に叩きつけられる…。
ゴシャっと言う音と共に男はぴくりとも動かない。
その光景を見たもう一人の男は声なき声を発しながら、腰が砕けたように地面にへたり込み、後退りしている。
巨人は笑うわけでもなく、一切の表情変化を見せずに、地面で動かなくなった男を貪り始めた。空腹を満たすための生物的本能に従うかの様に…。
「か、か、頭、逃げて下さい。」
男は大声で谷口に叫んだ…。次は自分の死が待ち受けている事を理解したその叫びは、校庭内に響き渡る。
この叫び声で丸尾さん、鈴木さん達についていた男達もたじろぎ、困惑した。頭を守りにいくべきか、このまま自衛官を制圧すべきか、を天秤にかけたのであろう。
丸尾さん達はその瞬間を見逃さなかった。
刺股は男の腹を抉り致命傷を負わせ、怯んだ隙に刺股で殴り倒した。
しかし、満身創痍の体はそれ以上は動く事がなく、二人は膝から崩れ落ちた。
後退りする男にゆっくりと近づく巨人…。
男は死期を悟り最後の抵抗で脇差を構え、後退りしながらブンブンと振り回す。
しかし、その脇差の刃が巨人に触れた時には、もうその男は生きてはいなかった…。
むき出し脈動する筋肉に脇差が刺さったものの、痛覚などない”あ”には致命傷にはならない…。
巨人にとっては些細な事なのであろう…、刺さったままの脇差には目もくれず、その男を貪り食う。
食べるのに時間がかかっていた巨人も変異が馴染んできたのか格段に食べる効率が上がっている。
「頭…、やはり、様子がおかしいですぜ。」
「見ればわかるわ。でもこっちにはこれがあるんだ。」
谷口は拳銃をちらちらとちらつかせながら、あと2人となったお付きの者に不敵な笑みを見せた。
お付きの二人の顔には恐怖の色が濃く出ている。
パンパン…、銃声が鳴り響く。谷口は食事をしている巨人に向かって銃を放つ。
この暗がりで弾が当たったかは定かではないが、その行為は巨人の注意を引くには十分すぎた。
食事を邪魔されたと感じたのであろうか巨人は今までには見せなかった勢いで、谷口の元に駆ける。
次第にその全貌が見えてきた谷口は驚いた様子で口を開いた。
「龍也なのか…。なんて酷い…、自衛官にやられたんだな。あいつら、ぶっ殺してや…」
自分の甥っ子があられもない姿になり、自衛官に怒りを向けたのも束の間、自分の視界が急激に変化していく事に気がついた。
丸太の様な腕は谷口の頭をスイングするかの様に叩き、頭だけが宙を舞った。直立不動で佇む体からは噴水の様に血が吹き出し、立てかけていた板が風に吹かれ、倒れる様に地面に倒れた。
「ぁ、ぁ…ぅ。」
宙を舞い、地に落ちた頭は何かを訴えかけるかの様に言葉にならない声を発していた。
転がった頭はじっと、甥っ子であった巨人を見つめている様であった。
「ヤバい、逃げるぞ。」
谷口の飛んだ頭が地面に落ちた頃、残りの付き人は一心不乱に駆け出していった。
乗り込んできたトラックに乗り込み、避難所から逃げようと必死に足掻いている。
「ぁあぁあ!ぁあああ!」
不気味な声がこだまする。怒りという感情があるのかは定かではないが、決して逃さないといった動物的な本能から出る声の様に脳に直接響く。
トラックに乗り込み、エンジンはスムーズにかかる。シフトレバーを一速にいれ、アクセルを踏み締める。エンジンの回転数が上がり、あたりにエンジン音が鳴り響く。
しかし、校庭の砂でタイヤがホイルスピンし、うまく出発できず、砂煙が巻き起こる。
「ヤバいぞ…、おい…。神様頼む。たの…。」
神頼みをした刹那、大きな衝撃と共にハンドルとエアバッグに叩きつけられる。
車体は90度回転し正門を塞ぐ様な形でエンストした。
「ぅぅう…だ、大丈夫か…?」
もう一人の男に声をかけるが返事はない…。
フロントガラスに滴る血液で事の顛末を知る…。シートベルトをつけていなかったもう一人の男はフロントガラスに打ち付けられ…、ガラスで顔面がズタズタになっていた…。
「ちくしょう…。」
男は90度回転したトラックのドアを開けなんとか避難所から脱出した。ちょうど、ドアは避難所の中と外を繋ぐ様に位置していた。
しかし、避難所外に待ち受けていたのは、静寂ではなく、この騒ぎで集まってきた”あ”による、料理会であった。
男は目の前の光景に諦めた様に立ち尽くし、”あ”達を受け入れた…。一言も喋る事なく、”あ”に群がられ、食われるその様は因果応報であった。
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