第18話 当たり前にあったもの

 蛍光灯のチラつく廊下をゆっくりと歩く。ゆっくりとゆっくりと各教室の様子を扉についているガラス越しにしっかりと確認する。


 自分が個人スペースについた時の感想は、なんでこんなにもプライバシーがないのだと思っていたものだが、実際他人のスペースを覗こうとなるとかなりの労力を有する。あまりにもじろじろと確認すると不審者のように扱われいやな顔をされる。何度目が合い愛想笑いをしたことか…。


 しかし、結果はついてこなかった。時間も時間だ、大体の避難者は暇を持て余し、校内をぶらぶらしたり、知り合いと話したりしているのであろう。そんな中、私は不審者を探す不審者をしているのだ…、しかも誰かとではなく1人でだ…。


 真司にこちらは収穫なしといいう連絡を入れた。しかし、連絡は入れたもののメッセージが送信済みとならず何度か送りなおし、やっとのことでメッセージが送られた。


 メッセージも送り、人探しを終わろうと思ったがやることがないことに気が付いた。体育館にいるであろう真司たちに合流しようにも、邪魔になることは避けたい。一方で、自衛官の方々にも迷惑はかけられない。


 「どうしたもんかなぁ…。」

そんな言葉が漏れる…。いつもは携帯を触ってて時間を潰したりするが、真司達が頑張っていると思うと少し気が引ける。


 流石にひとりだけ遊んでいると思われるのも嫌なので、再度不審者の捜索に戻ることとした。そんな時どこの場所を探すべきかと考えた時、確か屋上には一回も行った事ないなと思い、屋上に行く事にした。

 

 屋上に向かう階段には立ち入り禁止看板が立っており、人の気配も全くしなかった。それでもここまで来たのだからと看板を無視して階段を上がり屋上の扉に手をかけた。


 屋上の扉は観音開きの扉となっており、左右のドアノブには鎖が巻き付けられ南京錠で施錠されていた…。


 「そりゃそうだよなぁ…。」

普通の人なら近づかないし、寄りつこうとも思わない。


 屋上の階段を降りようとした時、屋上の外側から扉に何かがぶつかるような音が聞こえた。


 扉は施錠されており、誰も入れないはずなのに外側からの音に不信感を抱き、何とかして扉を開けられないか挑戦したが、徒労に終わった。


 開けようとしている間も扉に何かがぶつかる音は響いており気味が悪い。時折聞こえる唸り声の様な声もその気味の悪さを引き立てた。


 この先には絶対何かがいる…。そう確信したが、開かないものは仕方がない、好奇心は猫おも殺すということわざがあるくらいだ、ほどほどにしとけよと自分に言い聞かせ、その場を去った。


 屋上探索も徒労に終わった頃、真司からメッセージが届いていた。メッセージ自体は私がメッセージを送った数分後の時刻歴になっている。携帯の調子がおかしいのか、何らか障害が起こっているのかわからないが…、真司のメッセージを結果的に無視してしまっていた。


 慌ててメッセージを送るが、送信ができない…。メッセージの内容は校舎裏に集合といった内容だったので、メッセージを送ることは一旦諦めて校舎裏に向かった。


 校舎裏には真司達だけではなく、樫木さんと相村さんがいた。皆一同深刻そうな顔をしていたが、私に気付くと真司が声をかけて来た。


 「兄さん!よかった、なんかあったのかと思ったよ…。」

 「すまん、携帯の調子が悪いみたいで…メッセージが今届いたんだ。」

私が携帯の調子が悪いと言うと、皆の顔がより深刻になった。


 「で、みんなはどうだった?」

 「体育館であの不審人物が誰なのかはわかったよ…。ついでに、問題もね…。」

何らかの収穫はあったらしい…。不穏な空気が漂っているが…。


 「誰だかわかったんだね。」

 「あぁ…。小谷という男性で…、ここらでは有名なゴミ屋敷に住むゴミ収集家…。」

ゴミ収集家と聞いて納得した…、死体漁りをする様なやつだろくなやつではないとは思っていたが、やはり何らかの問題を抱えている人物だった様だ。


 地元ではかなり有名な人なのであろうが、私は知らなかった。ゴミ屋敷があるという話は何となく知っているが、その中に住んでいる人など微塵の興味もなかったからだ。


 「問題は…。」

真司が口籠った…。


 「問題は、体育館の二割程度の人間が小谷に噛まれていた…。その二割の中に俺の家族も含まれている…。」

真司の代わりにナオキが口を開いた。体育館にはおおよそ50人程度いるから10人は噛まれている計算になる…。


 「な…。」

 「俺の家は医者だってことはもう知ってるよね…。真っ先に俺の家族のところに来たみたいなんだ…痛み止めをくれと…。でも、出せないって言ったら逆上してきて指を噛まれたらしい…、今朝の出来事だったみたい…。他の人たちも同じ様に…。」

ナオキにかける言葉がなかった…、真司も口篭ったのはこの理由であろう…、いかに仲が悪いと言えどもナオキにとっては父親には違いないのだから…。


 「悪い話はまだ続きます…。」

 「所謂、噛まれた方々は時限爆弾です…。しかし我々は表立っては動けず…、噛まれた方々を隔離したいところですが…。」

樫木さんと相村さんからは、自衛官ではもうどうしようもないと諦めている様だ…。


 「何か対策は…。」

 「ナオキ君には話は通してありますが…。」

 「父親の医者という地位を使ってみんなを隔離する…。」

ナオキが父親に頼み、父親が噛まれた人たちを治療名目で別部屋に移すというストーリーらしい…。ナオキはここ何年も父親と話していないらしいので、どっちに転ぶかはわからないということであった。


 ここで食い止めなければ、たった一人の暴徒がこの避難所に与える影響は計り知れず、これからも暴徒は増えていくであろうという事を念を押された…。今まで当たり前だった日常はたった一人の暴徒と人間によって壊されかけているとのことである。


 「続けます…。」

 「インフラに限界が来ている様です…。電気、ガス、水道がいつ止まってもおかしくない状況です。」

二人から淡々と問題が語られる…。今まで当たり前に使っていたインフラがいつ止まるかわからないということだ…。携帯の調子の悪さもこれが故だった様だ。


 「皆さん…、これを見てください。」

そう言って見せられたのはこの国のトップであったある男の映像である。


 映像内では暴徒”あ”の存在、それに対する対応、国民への励ましの言葉がその男によって語られている。


 「この野郎…どの口が言ってるんだ…、腑が煮え繰り返る。」

 「この映像が出てるということは、この国はまだ捨てられていないんですね!まだ、助かる見込みがあるってことですよね!」

相村さんの反応など気にもせず、私は久々に見たこの国トップとテレビ映像に縋った…。


 「中西さん…悪いが…、もうこの国は捨てられている。今ここでこの映像を流したと言うことは、こいつらお上はもうこの国にはいないって事だ…。」

 「しかし…。」

 「現実から逃避したい気持ちはわかります。しかし今ここが現実なんです。この映像もほら…。」

樫木さんの言葉はハンマーで頭を殴られた様に私に響いた…。樫木さんのいう通りに、見せられた映像の音量を大きくしたところ外国語での話し声が入っていた…。


 「助けは来ないんですね…。」

私は多分まだ自分に甘えがあったのだろう、誰かが何とかしてくれると。


 「はい…、残念ながら。食料もこのままでは枯渇します…。暴徒も…猶予は一日あるかないかです…。ナオキさん、体育館の件はよろしくお願いいたします。」

樫木さんはナオキにそう伝え、相村さんとナオキは体育館に行く様に促し、持っていた一つの鍵を手渡した。その鍵は隔離するための部屋の鍵であろう…。ナオキは不安気な顔のまま鍵を受け取り、相村さんと体育館へ向かっていった。


 「我々は…、お見せしておきたいものがあります…。」

樫木さんがそういうと皆ついて来てくれとどこかに案内された。


 「屋上…ですか?」

 「皆さん、これを…。」

屋上に置いてあったロッカーを開けて警察が来ている様なベストとズボンとジャケット、謎の光沢感がある肌着、フルフェイスメットを手渡された。全て防刃仕様ということで隙間なくしっかりと着込んでくれと指示された。


 「では、皆さん行きますよ…。」

樫木さんは、そういうとチェーンについた南京錠を外し、ゆっくりと屋上のドアを開けた。


 ドアを開けると同時に猪の様な勢いで一人の男が突進してくる。私はその光景に驚き後ろに飛び上がった。


 突進してきた男を樫木さんは制圧し、地に伏せさせた。


 「早く入ってください!」

私、真司、カズは何が起こったのか理解ができないまま、言われるがまま、屋上に足を踏み入れた。


 「これが暴徒”あ”です。」

樫木さんは制圧している男の首をガッと抑えつけ、我々にまじまじと見せつけた。その男は浦井さんを襲ったあの小倉さんと呼ばれていた暴徒だ…。


 「皆さん、慣れてください…。そして生き延びてください…。恐怖は人間を支配し動作、考えを鈍らせます…。」

 「…。」

屋上に来て暴徒に慣れてくださいといういきなりの話に、皆頭が追いついていない。


 「離しますよ…。」

そういうと樫木さんはその暴徒を離し、さっと身を隠した。


 「あ、あ、あ…。」

暴徒は唸り声わ上げ我々3人に向かって走って来た…。


 突然のことに、まだ頭がついていっていない私は達は屋上を必死に逃げ回った。真司もカズも制圧したことがあるにも関わらず必死で逃げている。しかし、死ぬかもしれないと思った本気の鬼ごっこはあっけなく幕を閉じた。


 ”あ”はカズを追いかけていた時に足元に落ちていたバケツに足がはまり盛大に大転けしたのであった。


 その光景を見て私が大声を出して笑ってしまったことで、私にターゲットが移った。そこからはもう気がついた時には”あ”は私に飛びかかり、腕に噛み付いていた…。

 

 噛みつかれた光景を見て流石にやばいと思ったのであろう、樫木さんが”あ”を制圧してくれた。


 「よくがんばりましたね!荒療治であることは重々承知してますが…皆さんどうですか?」

どうもこうもない…はっきり言って私は噛まれた時、ちびりそうであった…。しかし、何となく”あ”に関して未知の恐怖ではなくなり現実として”あ”を受け入れられた気がした。しかし、怖いものは怖い…。


 「ぁ…ぅ…。」

 「樫木さん、やりすぎでしょ…。」

 「荒療治でもやっていいレベルがあるでしょう…。」

私は怖さのあまり声が出なかった…が、真司とカズは一度外で対峙しているだけあって肝が据わっている。


 「これはあくまで訓練ですが、これから起こりうることは訓練では済まされません…。」

会社の避難訓練など何の意味があるんだと思っていたが、ここまで本格的な訓練は訓練で逆の意味で意味がわからない。しかも実際に、噛まれているのだ…、訓練だとしてもアウトだろう。


 そう、訓練が本当の訓練であったあの当たり前の日常は戻ってこない…。



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