第17話 その後の世界

 かける言葉も見つからず、ただただ時間だけが過ぎる。真司は塞ぎ込み、他の二人も声をかけられずにいる。


 今朝方の暴徒による浦井さんが死傷を負った件など今この時に比べれば軽いものだと思えるくらい空気が重い。


 「真司…、噛まれてからどれくらいになるんだ…?」

私はこの空気を変えるために一つの嘘をつくと決めた。


 「…。3日、4日前だね…。」

 「真司、これは自衛官の一人の話なんだが…、暴徒が襲来した時の話はしたよね。その時自衛官の一人が噛まれたんだ。そして、次の日にはその自衛官も暴徒になっていた…。言いたいことはわかるよね。」

真司はその話を聞いても俯いたままで、項垂れている…。


 「真司、もう一度傷口を見せてくれるか?」

真司の腕を掴み、袖をまくった。


 「見てみろ真司、傷が治って来ているだろ…。もしかすると真司はこの病に対する免疫があるのかも知れない!この世界の主人公にもなれるぞ!」

 「主人公…?」

真司は少し顔を上げた。もう一押しだと思い、あるゲームの話をした。


 「あぁ、主人公だ!あるゲームの話にはなるんだが…。世の中がこんな訳のわからない世界になり、皆が絶望していたんだよ。しかし、研究者達は諦めずにその病を治すための特効薬の開発を続けていたんだ。そこにある時、その病に罹ったはずなのに発症しなかった人間がいたんだ。その人間からは病に対する特効薬が作れる…、その人間が世界を救う可能性の塊だったんだ。」

 「結局そのゲームで主人公はどうなったの?」

 このゲームの結末は…、救世主たるその人間が犠牲になり、世界中の人間が救われたと言う結末だ…。一の命を犠牲に大勢の命を救う…そんな悲しい物語であった。


 「主人公のおかげで世界は救われたのさ。」

 「世界を救ったんだろうけど…、こんな世界でその人は生きていく意味はあるの?その人の価値はその病が蔓延していたから価値があったのであってその価値が無くなった後はどうなの?」

 世界を救った後の世界…、ゲーム中ではハッピーエンドという形で終わりになるであろう。しかし、真司はその後の世界のあり方はどうなのかという話をしている。


 魔王を討伐した後の勇者の処遇は?一度は考えたことがあると思う。


 しかし、そんなことはゲーム内では描かれない。もしかすると、勇者という魔王に匹敵する暴力を持った者として危険視する者もいるであろう…。はたまた、お姫様と結婚して幸せに暮らしましたとうい話もあるかも知れない。また、勇者という力に溺れてしまい次なる魔王になっているという事も考えられる。その全部かも知れない。


 一方でそれを考えると、世界を救わないという選択肢も時には正しいのかも知れない。この世界を気に入っている人からするとそれを壊す勇者は悪なのである。また、世界を救わなければ勇者は勇者でい続けられるのだから…。


 「すまない…、わからない…。」

 「兄さんが励まそうとしてくれている気持ちは良くわかってるよ…ありがとう。」

私の思いは十分に伝わっていた様だ…。

 

 「もういい時間だし…、俺たち戻るね…。」

 「兄さん…また…。」

 「また明日…。」

3人は真司のことを労わりながら、皆の個人スペースのある体育館に戻って行った…。私はその背中を見送った。


 「もっとマシな話があっただろう…。」

後悔先に立たず…、そんな言葉が私にはお似合いだ。ゲームの話を題材に、お前は主人公になれるなんて、暴徒に噛まれた人間によく言えた物だ…。もし、私が言われた側ならはっきりいってこいつは何を言っているんだ?おかしいのか?となる。


 「明日また、真司に会いに行こう…。」

そう決意し、私も教室の個人スペースに戻った。


 個人スペースにあるリュックを見て明日もあの地獄が待っているのかとため息をつきながら、寝支度をして毛布を被り目を閉じた。


 腹が減りすぎて変になりそうだったが案外ぐっすりと眠っていたようだ。早朝の訓練に参加するためにグラウンドに足を運んだ。そこには真司達3人の姿もあった。


 「真司…。」

 「兄さんおはよう…。俺なってやろうと思ってね…主人公に…。このお供二人を連れてね!」

真司は吹っ切れた様だ…。何とも早い…吹っ切れ様だと思ったが、理由はすぐにわかった。カズとナオキの目を見ればわかる…腫れている。多分この二人を見て真司も決心したんだろう。


 「真司のお供の戦士と僧侶ってところだな。」

 「兄さん俺が僧侶だよな?」

 「何いってんだ、絶対お前は戦士だろ。どう考えても僧侶は俺だろ。」

そんなしょうもない話で4人で笑あった。


 「皆さんお揃いですね。では始めましょうか。」

丸尾さんがニコニコしながらそう言うと地獄の訓練がまた始まった…。しかし、地獄だと思っていたのは私だけで、若い3人はそつなくこなしていったのだった…。


 「兄さんお疲れ!朝からいい運動になったよ!」

 「そ、そ…うか…。」

若いっていいなと言ってやろうかと思ったが、グッと堪えた。そして、運動してこなかった自分を恨んだ…。


 その後は特に何事もなく一日があっという間に過ぎて行った。浦井さんの一件で後ろ指刺されるかと思っていたが案外、皆自分のことで精一杯なんでであろう。


 また次の日も早朝の訓練に参加する。しかし、この日の体調は最悪であった…。そう、筋肉痛である…。この歳になり、時間差…2日後に筋肉痛がくるのだ…。

 

 「真司…筋肉痛とか来てる?」

 「ビンビンに来てるね…特に腹筋が…。笑うだけで痛いんだよ。」

 「俺は問題ないな。」

 「俺は全身に来てるよ…。」

運動した次の日には筋肉痛…。私は恥ずかしくて、2日後に来たとは言わずに私も筋肉痛なんだよと若い感じでアピールしておいたが…虚しさだけが残った。


 「ふぅ、またシャワーでも浴びて朝食を一緒にとろうか。」

 「じゃあ、シャワー浴びたらまたここに集合!」

部活帰りにみんなで一緒に帰った時のことを思い出した。その学生生活に戻れた様な気がして少し楽しくなった。場所が小学校だからと言う事もあるのだろう…。


 皆シャワーを浴びて朝食をとっている時に、カズがグラウンドにいる2人を指差した。


 「なんか揉めてない?」

 「うーん、よくわからないな。」

私は筋肉痛を我慢して黙々と朝食をとっていたので、チラッとだけ見て相槌を打った。


 「いや、やっぱり揉めてそうだな。」

 「痴話喧嘩かなんかだろう…、ほら男女だし…。」

他人なんだからほっとけばいいじゃないかと思ってカズの話を聞き流していた。


 そんなとき、大きな悲鳴が聞こえ出した。

グラウンド中に響き渡るその大声に呼応するかの様にカズは走り出していた。


 カズの走る先を見ると、女性が手を押さえてへたり込んでいた。慌てて私たちも女性の元に走りつけた。


 「どうしたんですか!?」

 「男が急に噛み付いて来て…。」

カズがその男を追って行ったが、見失ったよ様だ。ナオキは朝食の配給を行っていた自衛官の一人を連れて来た。


 「相村さん、この女性が噛まれた様で…。」

 「噛まれた…。傷は…。」

相村さんは顔には出さなかったが、まずいことになったぞという雰囲気を感じる。


 「傷の手当てをまずしましょう…。その後は少しだけその噛んだ人の話を聞かせてもらえますか?中西さん達も一緒に…。」

そう言うと、相村さんは保健室ではない別の空いている教室に私たちを案内し、女性の手当てを行った。そして、我々に聞こえない様にトランシーバーで丸尾さんと何か話している様だ。


 「二、三の質問をさせてください。男とは面識はありましたか?」

 「いいえ…。痛み止めを持っていないか?と急に聞かれて…。お前からは血の匂いがするとか怖い事言われて…気味が悪くて、気味が悪くて…。」


 「知らない人だったと…、わかりました。その男の特徴を教えてもらえますか?」

 「えーと。何と言うかすごく汗をかいていました…。あと、目が血走っていて…。ぁ、すごく高級そうな時計をつけてましたね、金色の目立つやつ。」

こんなにも外見的な部分は全く覚えていないものなか?思ってしまった。どんな顔とか身長これくらいみたいな話は一切出てこなかった。


 「わかりました…怖かったですよね。大丈夫です…、これからは私たち自衛官がお見守りしますので。お見守りするためにも、こちらの教室でこれから過ごしてもらってもよろしいですかね。我々の待機室とまた鼻の先ですので。」

 「ありがとうございます!荷物とか持って来ますね。」

相村さんの誘導は素晴らしかった。多分、丸尾さんの指示なんだろうが暴徒になる可能性がある人物の隔離が目的だったのであろう…。


 「ふぅ…。皆さん、話は聞いていると思いますが…小倉さんを出した人物が野放しになってます…今回の犯人はそいつでしょう…。噛まれる、人まで出て来てしまった…、これは事を急ぐ必要がありそうです。」

自衛官の人たちもかなり焦っている様である…。


 「あの女性は…。」

 「はい…、十中八九は…。悟られない様に我々が管理します…。」

やはり感染した暴徒の予備軍な様だ…。噛まれるだけで感染する、なんて理不尽なんだ…。ゾンビはそう言う者だと思っていたが、よくよく考えるととんでもない設定だ。


 「あなた方に頼るのは少し違うかも知れませんが、我々に力を貸してください。探し出せというわけではないので、あくまで見かけたらで良いので…。」

 「この避難所には100人程度の人がいるかな…なかなか骨が折れそうだな…。」

真司はかなりやる気らしい。さすが主人公になると宣言しただけのことはある…。


 「しかし、さっきの証言だけでは特定は難しそうですよね…。」

 「そうですね…。使えそうな情報は金の時計…しかし外されるとわからない可能性もある。しかし、もうその男も残された時間は少なそうですね…。」

痛み止めを発した理由はわからないが、血の匂いに敏感…、汗、目が血走っていると言う情報だけ見るともう暴徒と言っても差し支え無さそうなレベルである。


 「多分まだかろうじて意識はあるのだと思います…。しかし、完全に暴徒となった場合は…。」

相村さんが話している途中で、ガラガラと扉が開いた。


 「荷物を持って来ました。」

先程の女性が戻って来た様だ。


 「お疲れ様です。我々はこの近くの教室にいますので、もし何かあれば尋ねて来てください。あと、外からあなたがここにいる事を知られるとまたその男がくる可能性があるのでカーテンは開けないで下さい。出入り口のドアは見えない様に目張りしてますので。」

 「ありがとうございます。」

女性は善意で自衛官が対応してくれていると思っているのであろう…。しかし、真実を知っている我々は…いたたまれない気持ちでいっぱいだ。


 「では私はこれで…、中西さん達もご協力感謝いたします。」

相村さんは爽やかに、何事もなかったかの様にその場を去って行った。私たちと女性を残して…。


 「では、我々もここで…。お身体気をつけてください。」

 「ぁ、ありがとうございます。」

そう言って私たちもその場を後にした…。お身体に気をつけてと言ってしまった事で肝を冷やしたが、真司たちもそこに引っかかってはいない様子だったので、胸を撫で下ろした。


 「兄さん、カズ、ナオキ…。大変な事になりそうだね…。できる限り、腕を見る様にするよ…。」

 「個人スペースに篭られると厄介だな…。そうなると、勝手に入るわけにいかないし。」

 「この4人以外には言えないって言うのも歯痒いよね…。」

真司達はことの重大さをわかっている様で、かなりやる気だ。一方で私は別の事を考えていた…。


 Kさんの事がここになって気がかりになって来た…。立て続けにこんな避難所で暴徒関連の事件が起こっているのだ、ここより人がかなり多い東京だともっと危険であろう…。


 「兄さん、大丈夫?」

 「ぁ、あぁ…。」

話に乗ってこない私をみかねて真司が心配した様だ。


 「私も気をつけて腕を見ておくよ。」

 「よし、ほどほどに皆んなで手分けして探そうか。」

4人は別々に探索する事にして、何か分かったら携帯で連絡を取り合う事にした。


 廊下をゆっくりと歩き、まず個人スペースに戻り色々と準備をしようとしていた時、蛍光灯の光が5秒ほど消えて再度灯りを灯した。


 蛍光灯切れかけてるのかな?、とそんな事を思いながらまた廊下に出た。


 廊下でも同じ様な現象が度々起こり、今から起こる事への暗い暗示の様に見えた。

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