第16話 残酷な現実
校舎裏に柔らかなオレンジ色の光が差し、4人に光と影を落とす。
「日も落ちてきたね…そろそろあいつらもいなくなった頃合いかな?」
「逆に夕食の配給の時間になっちゃったね。」
配給のごはんの香りが校舎裏まで流れてくる。皆一同この香りにこのごたごたで朝食、昼食を食べていないことを思い出したようだ。
「それにしてもおなかが減ったな…。」
口に出すとよりおなかは減る。不思議なものだ、何も考えていない時は空腹という感情は全く出てこなかったが考え出すと我慢がならない。皆の顔を見ると、口に出したことを後悔する。
誰かが代表で取ってくるという話になり、代表でナオキが行くことになった。しかし、一人ひとり確認され、配給を受けるためナオキが持って帰ってきたのは1人前のご飯だけであった。
ぽつんと置かれる一人前のご飯、それを囲む4人の大人…。誰一人何も言わずただただご飯を見つめる…、皆遠慮をしている。年長者である私がお先にどうぞと言おうとしたのも束の間、腹の虫が先に鳴いた。
「食べて食べて!」
腹の虫を声でかき消す様に食事を促したが、3人は笑っていた。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね。」
私の意図を察してか、ナオキは食事に手をつけ始めた。その光景を見て、我慢できなくなったのか真司とカズも飯を取りに行くと言って駆けていった。正直な私も我慢ならなかったかが、ここは年長者とグッと堪えた。
二人が食事を持って帰って来て、いざ自分の番だと思った刹那、私の名前を呼ぶ声がした。
「中西さん、ここにいましたか…探しましたよ。」
丸尾さんだった…、何とも間が悪い…、なぜ今なんだと問いただしたかったが…、ここもグッと堪えた。
「丸尾さん、どうされましたか?」
「ちょうどよかった、3人もいらしたんですね。」
3人も探していたということは、先ほどの件に違いないとピンと来た。そして、この話は長くなるに違いないと私のお腹が警笛を鳴らしている。
「丸尾さん、浦井さんは…?。」
「…。」
丸尾さんの沈黙で全てを察した様だ。あの出血量だ…、真司たちも薄々わかっていたのだろう。
「浦井さんは、まだかろうじて生きてます…、しかし、今夜が峠でしょう…。大きな医療設備もないので…他の施し用がないのです…。あと…。」
丸尾さんは何かを続けて話そうとしたが、はっとした様子で口をつぐんだ。
「じゃぁ小倉さんは?」
「落ち着いて聞いてくださいね。小倉さんはもうあなた方が知っている小倉さんではないと思ってください…。先日、暴徒の襲撃があったとお話したと思いますが…、その暴徒は小倉さんです…。あなた方のおかげで、拘束できています…。」
面白半分で先日襲撃して来た暴徒を探しに行こうということから始まり、今はその暴徒が知っている人だったという現実。真司たちは少し混乱気味である。
「なぁ、暴徒って何なんだよ?俺らも一回暴徒に襲われたんだけど、人間の形をした何か得体の知れない物だったぞ。」
「その時お怪我はございませんでしたか?」
真司が噛まれた事を言おうとしたとき私はそれを遮る様に口を開いた。
「丸尾さん、この3人は大丈夫です。」
噛まれたと知られた場合真司がどうなるかわからない。噛まれてから数日経っているのでいつ暴徒化してもおかしくないのだから。
「中西さんが、そう言うなら…。暴徒はある病気の一種だと思ってください。暴力衝動にかられ、痛みなど感じなくなる様な病気です。そして、暴徒が厄介な点は感染すると言う事とその病気を発症したものは死んだ後も動き続けると言う点です…。」
「医学的にあり得ないでしょう、だって死んでるんでしょ?」
ナオキがその話に食いついた。父親が父親なだけに漠然と医学的な知識はあるのであろう。
「はい…。医学の知識はないですが、常識的にはあり得ないと思います。しかし、現実に起こっているので…。我々も専門家でも何でもないのでメカニズムなどは全くわかりません。」
「じゃあどうやったらそいつらは死ぬんだ?」
次に食いついたのはカズであった。暴徒に対して一度フルスイングした経験からだろう。人かもしれない得体の知れない者を殺めてしまった可能性があり、もしかしたらまだ生きていて自分は殺めていないのではないか?という希望に縋りたいのかも知れない。
「我々もはっきり言って分かりません…。聞いた話なので誤りがあるかも知れませんが…。死という概念が曖昧なので動かなくなると表現しますが、動かなくなる条件は頭と胴体を切り離す…、そうすれば体は動かなくなります。体はです…。」
いやに体はと言う事を強調する。言いたいことは、あくまで暴徒の中枢は頭のであり、頭から指令を送っている体は動かなくなると言うことなのであろう。その話を聞いているカズの顔色が心なしか少し良くなった気がする。
「頭は動き続けるんですね…。」
「昔、ギロチン実験で切られた後も数刻は瞬きを続けたと言う話があるのですが、頭になっても数時間は生きていたと言う話を聞きました。」
何とも気味が悪い…ゾンビのセオリーは頭をやられるとそのゾンビは死ぬと言う固定概念が私にはあった。しかし、頭だけでも生き続けるとは…。
「他にも聞きたいことがあればどうぞ…。」
「暴徒の小倉さんはどうするつもりなんだ?」
暴徒の処遇だ…。一番気になるところであろう…、暴徒と言えども知り合いなのだから…。
「…。今はある部屋に隔離しています…。我々は暴徒に対して知識が無さすぎるとは思いませんか?」
丸尾さんは沈黙の後、私たちの質問に質問で返して来た。
「それはそうだけど…。学者とか国の役人とかはどうなの?」
ナオキの質問に対して丸尾さんは私の顔を見た。私は静かに頷いた。
「日本と言う国はもう見捨てられました…。」
3人はきょとんとした表情で丸尾さんを見た後、私に目線を向けた…。私が驚きもしていなかったことに疑問を感じたんだろう。
「皆すまない、私も昨日知ったばかりなんだ。」
「ど、どういうこと?さっぱりわからない。」
皆同じだ、理解が追いつかずパンクする。
「国が安全を確保してくれるとか…、もうないって事だよ…。」
「でも、こうやって自衛官の人たちが…。」
理解が追いつかず、何らかの納得できる答えを自分の中で模索しているようだ。
「我々自衛官も捨て駒です…。お偉方はもうこの国には…。」
「ほら、じゃぁ、外国とかが助けに来てくれるとか、あるじゃん?」
いきなり明日への梯子を外された気持ちだったのであろう…、この生活も我慢していればいつかは改善されて、家に帰れる。そう思いたかったのだろう。
「国として捨てられた国を助ける外国などないでしょう…。もうここは日本ではない、名もなき国なのですから…。」
丸尾さんは唇をぐっと噛み締めている。下々は踏み台となり、上の人間は悠々としている…。そんなことが許されてたまるかといった感情であろう。
「避難所にいれば大丈夫だよね?」
「ここから先は聞いたら引き返せないですよ?」
私にも聞いた質問と一緒である…。この避難所の真実を聞いてしまったらもう後戻りはできない。真司たちは顔を見合わせた後、丸尾さんの目を見て頷いた。
「物資は枯渇します…。追加の物資も来ません…。」
心のどこかではここにいれば衣食足りると、思っていたのであろう…。私もこの話を聞くまではそうであった。
「誰かが補充しないといけないんだな…。」
真司はもう踏ん切りがついたのであろう…。先程までは若干パニック気味だったが、真実を知った今は打って変わって明日を見据えている。
「そうなります。我々でも何とか手を打ちたいところなのですが、いかんせん土地勘がないもので…。」
「この辺は地元なので俺ら3人であれば力になれると思います。」
その話を聞いた丸尾さんは、自衛官の顔つきになった。
「ありがたい提案を感謝します。今後の予定はまだ未定ですが、有志を募って避難所の外に繰り出そうと考えています。」
私は初耳であった。あれだけ、外に出たらもう戻れないと言う事を強調してたのに…。事は急を要すると言うことの裏返しなのであろう。
「もし、有志として立候補してくれるのであれば、この中西さんと一緒に我々の朝の訓練に参加して下さい。」
私はん?となった。いつのまにか有志の一人として数えられていたのだ…。これが樫木さんが目を合わせなかったもう一つの理由か…。
「おっと、本題を忘れるところでした。小倉さんを死体袋から出したのはあなた方の誰かでしょうか?」
丸尾さんは先程とは打って変わって、高圧的な物言いで私たちに質問した。
「私たちは死体袋は見つけましたが、その時には中にはもういなかったですね…。どうかしたんですか?」
「いや…。あぁ…。誰かが小倉さんを死体袋から出している可能性がありまして…。」
死体袋があの墓らしき場所から離れてあったのはそのせいだろうか…。また、いやいや死体袋を開けるなんて恐れ多すぎるだろとも思った。
「我々は浅くですが地面を掘って死体袋を埋めていたんです。」
「勝手に這い出たと言うことはないんですか?」
やはりあの石が置いてあった場所に埋められていた様だ…。
「可能性はかなり低いと思います。まず、手足は拘束してましたし。その状況で死体袋を中から開けるのは困難でしょう。気になる点は、身につけていた金品がなくなっていたと言う点です。」
「そういえば、引きずった様な跡はありましたね。」
私たちは金品を奪ってもいないし、まず死体袋しか見ていない。十中八九誰が別の人間がやっている。
「ここだけにとどめておいて欲しいのですが…。小倉さんを出した人は多分噛まれています…。浦井さんの物とは違う物が口内から出て来ました…。」
「怪我してるってことか…。」
真司はただの犯人探しだと思っている様だ…。噛まれたら感染して暴徒になると言う点はまだ伏せられているので、そう思っても仕方ない。
「そうですね…。それと感染している可能性があります。」
丸尾さんがいってしまった…。
「ぇ?感染してるって、噛まれたからか?」
「はい…、そうなります。暴徒が暴徒を生み出しているのです…。」
真司の顔色がみるみるうちに悪くなり、地面にへたり込んだ。
「あなた方が犯人ではないとわかってよかったです。もし、周囲で怪我をしている人や不審な挙動をしている人がいた場合、我々に報告してください。では…。」
へたり込んだ真司の肩を二、三回叩き、丸尾さんはグラウンドの方に戻って行った。
「兄さん…、俺って…。」
真司の発言に対し私は返す言葉が浮かばなかった。カズとナオキも一緒だ…。
「俺も暴徒になるってことか…。」
真司のその言葉になぜか私は涙が溢れて来た…。喉に引っかかっていた小骨が取れた安堵感からから涙なのか、はたまた同情からくる涙なのか…。
この世界は…誰に何を求めているのか…?
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