第15話 善悪の曖昧さ
一連の騒動で野次馬がどんどんと集まり、私たちの手には負えなくなってきた。野次馬たちは実際に起こっていた事を見ていないにも関わらず、様々な憶測で話をしている。
ある人は、ただの喧嘩だと言う。またある人は、物資の奪い合いによって起こった喧嘩らしいとありもしない妄言を垂れる。そうしているうちに、話はどんどんと悪い方向に動いている。最終的には、あそこに立ってる我々4人が主犯格らしいぞという話になった。
本当に滑稽である、自分は知っているぞと見栄を張りたいがためにどんどん話を盛っていく。こうやって人は貶められていくのだろう。
「ここにいても仕方ない…。」
私は真司達にそう伝え、どこかに行こうと提案した。真司はその提案を受け入れた。
真司は血のついた上着を脱ぎ、浦井さんから流れ出た血がついて固まった地面の上に被せた。
「…。」
真司は沈黙の下、地面に被せた上着を足で踏み、グラウンドに引かれた白線を消すかの様に足を動かした。目は口ほどに物を言う、目線は野次馬達を睨みつけ、威嚇していた。
「兄さん、いきましょうか。」
「あぁ…。」
野次馬を睨みつけるその鋭い眼光とは打って変わって恵比寿顔になった。そのかわり様に野次馬達もたじろいでる。そして、その畏怖の目は私に向けられた…。私がリーダーだと認識されていそうだ…。
「さて、どこに行くべきか…。」
「ほとぼりが覚めるまでは、人目につかないところが良いよね。」
4人は頭を悩ませたが、屋上か校舎裏しかないなと言う話になった。
「屋上は鍵かかってるだろうし…、校舎裏は初日に自衛官の人たちが作業スペースとして使うから立ち入り禁止と言っていたね。」
私は初耳だった…、やけに校舎裏に人が寄りつかないと思っていたが、そう言った話があった様だ…。
「鍵がないから屋上は無しかな…、校舎裏にしようか…。スペース埋まってなければいいが…。」
自分でも白々しいなと思ったが、いかにも初めて行きますみたいな雰囲気を醸し出した。
「しかし、あのままだと変な噂になって広がりそうだね…。人の噂も七十五日というが…、この閉鎖空間では死活問題だな。」
「うーん…、まぁ、ここにいられなくなったら出ていくしかないよね…。」
ここは避難所…、しかも隔離状態に近い…。ここから出ていくにはそれなりの理由と覚悟が必要なのだ…、二度とここには戻ってこれない。
人の往来を許可してしまったら、外部で感染し内部へ持ち込むなど暴徒化への感染リスクが増える…、自主申告などするはずもない。そうなると、ねずみ算の様に暴徒が暴徒を作り、終わりを迎えるだけだ。いつも頭にあるのは最悪のケースばかりだ…。
「校舎裏は懐かしいなぁ。特にここで何かするってわけではなかったけど、お菓子とか持ち込んで友達と遊んでたなぁ。」
「真司はここでお菓子食べた後はタイムカプセルだ!とか言ってお菓子のゴミ埋めてたよな。」
「そうそう、そんで用務員のおっちゃんがそのゴミ見つけて大騒ぎになったんだからな!」
真司、カズ、ナオキは小学校から一緒だったんだろう。そんな3人の楽しそうな光景を見つめていると先ほど起こった事件も薄らいでいく。
「あの時は、何事にも全力だったよなぁ…。」
「あぁ、休み時間の10分で全力で遊んでたよなぁ…。」
「今では考えられんよな…10分でサッカーとかしてたよな。」
私はそんな3人の思い出会話に入れず、ぼっーと、3人を少し微笑みながら見ていた。自分も小学校生活ではそうだったなぁとしみじみ感じつつ、社会人になり地元の友人とは全く合っていない。相続した家が地元にはあるだけで、日々忙殺されて帰ろうとも思わなかった。
「中西の兄さんは地元はこの辺の人じゃないよね。」
急に話が降って来たのでドキッとしてしまった。
「私の地元は日本一大きな湖があるところだよ。」
会話の幅を広げるために少し回りくどい言い方で答えた。
「滋賀の生まれなんですね。地元と周辺しかいった事ないから関西のことは全然わからないや。」
「お仕事でこちらに来られてるんですね。」
「ここら辺はベッドタウンですからねぇ。」
そんなたわいも無い会話を続けた。
真司たちは生まれも育ちもこの町で地元っ子と言う事らしい。真司たちの親はこの避難所にいるらしいのだが、悪ガキ三銃士と呼ばれているあたりあまり仲が良く無さそうだ…。特に、ナオキの親は医者らしく、かなり厳しかった様だ。
「ナオキは親が医者なんだね。ナオキも医者を目指してたのかい?」
「…。医者には絶対にならない…、急患や自分が抱えている患者さんが優先とか言ってアイツはなかなか家に帰ってこなかった。」
まずい事を聞いてしまった…と思ったがもう時すでに遅かった。ナオキがグレた理由はこれなんだろう…。
「そうだったんだね…。でも…。」
私に他人の家の事を何か言う資格はないと思い話し途中で発言をやめた。
「気にしないで、嫌な父親だったけどお金だけはしっかり稼いでくれていたから、この歳になってからは感謝しているよ。」
ナオキはそう言って私に気を遣わせない様に取り計らってくれた。
これ以上墓穴を掘るのも怖いので、別の話にすり替えようと、真司な前送って来た大きいベッドの話を持ち出し。
「しかし、前送って来たベッドの写真かなりいいベットだったんじゃ無い?」
「ちょっと遠出したんだけど、百貨店まで行ってきたんだ。ここの布団…布団とは言えないでしょ…もう寝た気がしなくてね。」
ここから百貨店までは歩けないことは無いが、結構な距離がある。暴徒に会うリスクはかなり高かったであろう。
「歩きだと厳しかったんじゃない?」
「もう二度と行きたく無いね…、お気に入りのスケボーも壊れちゃったし。でも、この辺りのコンビニとスーパーはもうダメそうだよ。食品の補給とかも止まっちゃってるし、冷蔵庫とかも電源落とされてるから匂いも出て来てるね…。それと、暴徒らしいのが結構来てるからね。」
この周辺徒歩圏内はもう物資が底を尽きかけている様だ…。田舎ならこんなもんだろう…、徒歩で15分くらいで行ける大きなスーパーとコンビニが数軒…、皆んな車で移動が当たり前だ。
「となると、食品類はもう手に入れにくいか…。」
「そうだね…、でも野菜とかは畑があるからそこから持って来れるんじゃ無いかな?ぁ、でも、車が無いと運ぶのは厳しいね。」
やはりこの車社会においては、人の手で何かできることには限界がある。唯一、この避難所にある車は、自衛官用の車両だけだ。
「やっぱり車かぁ…、軽トラックあたりあれば色々できそうだね…。」
「軽トラなら避難所の人に言えば貸してもらえるんじゃ無いかな?まぁ、ここから出ればの話になるけど…。」
「俺のじいちゃんとばあちゃんに言えば貸してくれると思う…。」
カズの家には軽トラがある様だ…、しかし大きな問題はここから出ると言うことだ…真司たちの使う抜け道を使えばそれはかなうんだろうが、リスクは取りたく無いと言うのが正直なところだ…。今日もあんな光景を見てしまったのだ…臆病にもなる。
「車を手に入れたとして、ゾン…、んん、暴徒をいかに避けるかだよなぁ。囲まれたらおしまいだよな。」
「あいつらは外見は全然人間と変わらないよ。声に反応もするし、匂いにも反応してるんじゃ無いかな?こっち見つけたから一目散に襲ってくるからな。ほら、カズあいつ。」
「あぁ、百貨店に行く時俺に襲って来たやつは、塀とかは登ってこれないみたいだった。猪突猛進で壁にぶつかり続けるとか、ちょっと馬鹿みたいで笑っちゃったよ。」
暴徒は五感はしっかりしているようだが、あくまで人間レベルといったところらしい。超人的な怪力とかジャンプ力とかないと言うところはホッとできる。
「でも真司が噛まれた時のあいつは人間とは違ったね…、致命傷だろという攻撃を加えてもずっと真司のところに来てたからな。」
「あぁ、気味が悪かったよ…。まぁ、最後はカズのフルスイングでやっと動かなくなったけどね…。あれ…殺人になるのか…。」
「正当防衛だ…。相手が急に噛み付いて来たんだぞ?俺がフルスイングしなかったら浦井さんの様になってたかもしれないんだ…。」
3人は自分の行いを振り返ってみると、警察沙汰になる様な行為だったのではと身震いしている。
「仕方なかったよな…。」
「「うん」」
「その場にいなかった私が言うのもなんだが…、それは正当防衛だし、警察もほら、動いていないってことで問題…ないよ。」
暴徒は人なのか?人でないなら攻撃を加えても問題はないはずだが、その答えは誰も持っていない。
「と言うか、警察は何してるんだ?」
「交番勤務のほら、あの人も避難してたよ。まぁ、避難所に来てるからもうオフなんでしょ。」
ごもっともだ…、普段は警察が悪い奴はいないかと監視し、秩序を守っていく。しかし、こんな世の中になってしまった場合は誰がその役割を担うのだ?自衛官か?。そんな答えのない迷宮に陥る。
私が最も頭の中で納得できた回答は国という受け皿がなくなり、もう我々は国民ではなく個の民、個人として、自分の決めたルールの中で動いていくしかないのであろうという結論であった。
善悪は個人の裁量に委ねられる世の中となった。私も真司たちが行っている物資の調達は元の世の中では悪と認識していたが、今となってはリスクをとって行動してくれいる善として認識している。
善悪など曖昧なのだ…、ルールのない世の中においては。
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