第14話 終わりの始まり

 ひとしきりの羞恥行為を乗り越えたところ、携帯にメッセージが届いている事に気がついた。


 メッセージをくれる人なんてもう一人しかいない。やはり、真司からのメッセージだった様だ。


 無事に帰ってきたいう事といつもの露天の場所で待っているという簡素なメッセージであった。


 しかし、この泥まみれの格好で行く事は気が引けたのでシャワーを浴びて行くこととした。


 朝イチのシャワールームには誰もおらず、スムーズに入ることができた。


 「こんなにシャワーが気持ち良かったなんて、今まで知らなかった…。」

汗と泥が綺麗に流されていく爽快感からそう感じた。


 「気持ちいい!」

誰もいないという事をいい事に私は声を張り上げた。


 バン!その時シャワー室の一番奥のシャワースペースから壁ドンされてしまった。シャワーの音がしていなかったから油断していた…、誰かがいた様だ…。


 「あ、すみません、大きな声を出して。」

 「あ…あ…。」

シャワーを出していないで奥に隠れているという事は色々訳ありな事をしているのかもしれないと思い、謝ってその場を立ち去った。


 秋口の風はまだ少し暖かいとはいえ、シャワーであったまった体の体温を奪っていくことがわかる。


 「これから冬だもんなぁ…。」

そんな事を考えつつもお天道様が燦々と輝く様子を見て朗らかな気持ちになった。朝から運動して汗をかくこんなに良い事だとは思わなかった。


 「さて、真司のところに行くかな…。」

吹き付ける風のあたる面積を最小限にする様に縮こまりそそくさと歩いた。


 「中西の兄さん、お疲れ様。朝イチからかなりの注目だったね。」

真司とその取り巻きの2人は満面の笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 「はい、これ!。あと、カズあれも出しておいて。」

サンタクロースの袋かと思う様にパンパンに詰まった袋を私に差し出して、取り巻きの一人であろうメンバーに何かをとりに行かせた。その袋はサイズの割には重くはなかったが、酷使した筋肉は悲鳴を上げた。


 「中西の兄さん、これ。」

カズと呼ばれた男は大きなボトルと十徳ナイフを私に手渡してきた。


 「いつも俺が使ってるプロテインと服のタグとか切る用に。」

カズはそのぶかぶかの服からは想像できなかったが、かなり鍛え込んでいる。日焼けサロンに通っているのかというくらいに焼けた肌にパーカーから見え隠れする編み込まれた髪の毛、この中でいちばんの強者という雰囲気を醸し出している。


 「ありがとう、早速使わしてもらうよ。」

 「兄さんこれからだよ、継続は力だ。」

カズは私の胸をポンポンと叩き、励ましてくれた。まぁ、そういう事だ…あの醜態の一部始終を見られていたのだろう…。


 「真司、体の調子はどう?」

 「もう本調子だよ、ぐっすりといいベットで寝れたからね。傷口もほら。」

傷口は瘡蓋になっており、前程の痛々しさは無くなっていた。しかし、傷云々というより私の中では別の不安がずっと付き纏っている。


 「傷口もだいぶ良さそうだね…。」

私は臆病者だ…、君は感染しているなんて口が裂けても言えない…。


 「外はどうだった?」

 「うーん、あんまり良くなさそう…かな。この学校の周辺にもチラホラと人影を見かける様になった…。」

 「暴徒なのかな…?」

 「わからないけど、避難所に入れてないって事は…たぶん。」

暴徒は少しづつ増えている様だ…、どこかから流れてくるのか?それとも感染して暴徒となったのか…。


 「真司はもしかすると放送聞こえてなかったかも知れないんだが、この避難所に暴徒が侵入したんだよ…。」

 「そんなことになってたのか…。」

暴徒侵入に関してを伝えた…、自衛官の一人が負傷した事を除いて…。いつもの露天の場所は人を避ける様に鎮座しているため、こういった情報が取りづらいのであろう。


 「その暴徒はどうなったの?自衛官の人が制圧したんだよね?」

 「その後はわからない…、ビニールシートが被されていたのでそのままどこかに埋められたのかな…。」

 「ちょっと見に行こうかな。」

妙にその話に興味を持った真司は埋められた場所を探しに行くと言い出した。更には、私にその場所を案内して欲しそうな顔でこちらを見てきた。


 「おおよその場所しかわからないよ…?」

 「ありがとう。でもまずは、兄さんの荷物を置きに行かないとね。カズ、ナオキも一緒に行こうか…。」

真司のそんな急な提案にもか変わらず二人は嫌な顔もせずに身支度をさっと終わらし、私の荷物まで持ってくれた。


 「悪いね…荷物まで持たせて。」

 「かまわないさ…、俺もこの二人も暇だったしね。」

いつもこんな感じなのだろう、カズとナオキはもう慣れた様子だ。ナオキはカズとは打って変わって落ち着いた雰囲気が漂っている。カズがゴリラするとナオキはフクロウといった雰囲気である。髪はちぢれ麺の様にボサボサだが、時折その間から覗く眼光は鋭い。それはまるで相手の急所を常に見定めている猛禽類のような目だ。


 「兄さんは体育館じゃなくて教室なんだね。俺らは体育館なんだけど…、ほんとにもう…。」

体育館は色々あるらしい…。荷物を置くまでの間、永遠と愚痴を聞かされた。他の二人も体育館らしく、本当にそれと言わんばかりに頷いている、


 「体育館にいるのが嫌で、この3人で外に言ってると言っても過言ではないんだよ…。」

 「そうなんだね…。集団生活は本当に辛いよね…、プライバシーもないしね…。」

そんな愚痴談義をしながら、ビニールシートが引かれていた場所にやってきた。


 ビニールシートが引かれていた場所には特に何もなかった。その周辺を散策すると、少し大きな石が置かれていた場所があった。


 「この石、お墓って感じがするね…。」

 「うーん、でも何か埋まってるって感じもないよね。引きずった様な跡はあるけど…。」

 「中西の兄さん、これ…。」

私と真司が話していると、カズが人一人包める様な大きな袋を持ってきた。


 「死体袋に見えるね…。」

その大きな袋を見て、ナオキがそう呟いた。


 「中身は…?」

死体袋との発言を受けて、私は咄嗟に言葉が出た…。


 「起き上がった…とか?」

 「おいおい、真司、流石にそれは。」

 「医学的にあり得ないでしょ。」

真司の発言に対して、二人はツッコミをいれた。そのツッコミで真司と二人は笑い合っていたが、私は額から汗が流れた。


 「真司、暴徒ってどんなだったんだっけ…。」

 「んー、暴徒は暴徒でしょ。俺たちとさして変わらん感じだったよ、ほんと暴力的な人。」

 「いや、そうじゃなくて…、確か…。」

 「あぁ、あいつら”あ”しか言わないよ。」

死体袋の中身がいない、今朝のシャワーでの出来事…私はその因果を繋げずにはいられなかった。


 「シャワー室までついて来てくれないか…。」

私のただならない様子に3人は身構えた…。


 朝7時になろうという時、シャワー室の方から一人の男が飛び出してきた。


 「小倉さん、やめてくれ、どうしたんだっていうんだ。」

シャワー室から出て来た男は酷く何かに怯えている様であった。


 もう一人シャワー室から人影が飛び出して来て、その男に覆い被さる様にマウンティングをとった。


 「小倉さん、小倉さん。」

男は必死で振り下ろされる拳を固めた腕でガードしている。


 その声を聞き何人かの人が様子を伺いに来た。しかし、誰一人としてその暴力的な行為を止めるものはおらず、静観している。


 「誰か…。」

 「喧嘩かよ、避難所でストレス溜まるのはわかるけどお年寄りをいじめるのはやめろよな…。」

助けを求めているが、野次馬は小言を一言二言いうと知らんぷりしてその場を立ち去る。またある者は、喧嘩の様子を楽しむ様に眺め観客者気取りである。


 「おい!何してるんだ!」

まず最初に真司が威嚇した。我々が到着した時には、その男は必死で暴力をガードしていたが限界がきたのであろうか、はたまた助かったと思ったのであろうかガードの手を緩めた。


 ガードの手が緩まったのを見計らってか、小倉と呼ばれていた男は男の首に喰らい付いた。断末魔にも似た悲鳴を上げる。


 「おい!やりすぎだぞ!」

真司は小倉という男を引き剥がそうとするがびくともしない…。


 「小倉さん悪いな…。」

真司は食らいついている頭を目掛け、サッカーボールを蹴るかのようにその小倉さんの頭を蹴り上げた。


 何かが引き裂ける様な音と共に小倉と呼ばれていた男は地面に臥した。小倉の口の周りは真っ赤なジュースが滴り落ち、その光景を見た野次馬たちは悲鳴を上げ蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。


 「浦井の爺さん、大丈夫か?」

 「喉が熱い…。しかし、悪ガキ三銃士に助けられるとは…わしも歳をとったな…。」

首から溢れ出る鮮血は浦井と呼ばれたお年寄りの服を染め上げていく。私はその光景を呆然と見つめている…。


 「カズ、小倉さんを押さえつけておいてくれ。ナオキ、首元を何かで抑えてくれ。爺さん大丈夫だからな!兄さんは自衛隊の人を!」

真司の指示は的確である、何度もこういった経験があるかの様に冷静である。


 「カズ、噛まれちゃダメだぞ。」

私はそう言い残し、朝の訓練で酷使した足で必死にグラウンドを横断する。足がもつれ何度も転びそうになるが、腹に力を入れて自衛官の詰め所であるテントへ駆け込んだ。


 「暴徒が…暴徒が…、怪我人が…。」

息が詰まり、説明できない…。更には起こった事象をどう伝えるべきかも整理できていない。それにもかかわらず、自衛官たちの動きは早かった…、まるでこの事象に備えていたかの様に。


 「場所は?」

 「シャワー室…前です。」

相村さんが先行にテントから出ていき、それを追う様にファーストエイドと書かれた箱と一つのリュックサックを背負い丸尾さんもテントを後にした。


 私も息を整えるまもなくテントを後にした。丸尾さんと相村さんはもう小さくなっていた。


 「道をあけてください!相村、あっちをこれでしばっておけ!」

結束バンドを手渡し、小倉と呼ばれていた男の腕と足を束ねるように指示した。小倉はそれに対抗する様に激しく動く、地面に体を擦り付けながら激しく激しく。


 「自衛隊の人、吉村さんは大丈夫だよな?な?」

 「あぁ、大丈夫…だ。」

真司の問いかけに優しい嘘をつく丸尾さん…。出血量もさることながら、暴徒に深く噛み込まれたという事実…。


 「このまま、怪我人は保健室に運び込むぞ。相村、伝えてくれ…厳戒態勢だ。」

相村さんは小さく頷き、トランシーバーで何かを伝えた。


 「皆さん、下がってください…下がってください。」

どんどん来る野次馬に対して丸尾さんは注意を促す。それに続く様に真司も野次馬を力任せにどかせる。


 「マズイ!相村、怪我人も拘束してくれ。」

体の中から何かが出てくるのかと思うほど大きく痙攣し出した。


 「大丈夫なんだよな!な!」

真司がそのあまりにもの奇妙な光景に叫ぶ。


 「こちらに任せて!道を開けてください!」

手足を拘束され、口を布で覆い隠されたその怪我人は丸尾さんの肩に担がれた。


 「どけっていってんだろ!」

真司が道を作る。なりふり構わずに。その作られた道を丸尾さんは全力疾走で駆け抜ける。人一人持ち上げて走るその姿の胸元には燻銀のダイヤモンドが輝いていた。


 「小倉さん、なんであんなことしたんだよ?小倉さんらしくないじゃないか。」

真司は相村さんが押さえつけている小倉さんに向かって問いかける。猿轡をされ拘束されている小倉さんはバタバタと地面に体を擦り付けるばかりである。


 「どうなってんだよ…。おかしいだろ…。」

真司は目の前で起こったことの整理がつかない様である。相村さんは困った様子で小倉さんをずっと押さえつけている。


 「ご協力感謝します…、この後のことはこちらにお任せください。」

必死で小倉さんを押さえつける相村さんを見て、真司ももやもやした感情はあるものの引き下がった。


 程なくして、樫木さんがやって来て、二人がかりで暴れ続ける小倉さんをどこかに連れて行った。


 「小倉さんは変人で有名だったけど、あんな暴力的ではなかったはずだ…。」

 「真司…、多分小倉さんはたぶんだが、あの暴徒だったのかもしれない…。」

真司も薄々は気付いている様だったが、知っている人間が暴徒になっているということは結構心にくるものがあったのだろう…。


 「中西の兄さん、暴徒ってなんなんだ?」

非常にシンプルかつ一番聞かれたくない質問であった。


 「暴徒…。」

私は固まった。ありのままを伝えても良いのだが、真司は噛まれている…。もし自分も暴徒化するということがわかったらどうなるか考えたくない。


 「暴徒は…、ある一種の病気でそれに罹ってしまうと、見境なく暴れてしまうんだ…。」

伝えたくない情報はうまく隠し、真司に伝えた。


 「病気か…。」

そうぼそっと呟いたのち、真司は周囲を見渡しこの避難所の違和感を口にした。


 「なぁ…、俺たちって隔離されてるのか?」

閉ざされた門、外との出入りができない状況。隔離といっても過言ではなかった。


 「隔離か…、考えてもみなかった…。」

避難所の真相を知ってしまっているが、明らかに異質であることは言うまでもない。


 「初めての避難所生活だからわからないが、普通外の出入りは自由だよね?」

 「私もわからない…。」

真司のその言葉で野次馬達も我に返った様に、おかしいんじゃないか?と呟き始めた。


 「本当だよな、暴徒がいるっていっても、自己責任で家に帰るくらい許されるんじゃないか?」

 「そうだよな。」

 「本当ね…、こんなに長くいるなんて思ってなかったから、一度家に帰りたいわ。」

 「避難所生活でストレス溜まる人が増えたら、さっきの人みたいな事がまた絶対おこるよ」

野次馬達が口々にこのおかしさに気づき、声を上げた。そして、ある人は正門を乗り越えて外に出ようとしている。


 正門には自衛官が一人立っていた。鈴木さんだ。この学校には正門以外の正規の出入り口はなく、暴徒からの防衛ラインも正門となるため確実に一人は張り付きで監視している。


 「皆さん、落ち着いてください。外には暴徒がいて危ないんですよ!」

 「俺は家に帰るぞ!」

 「私も!」

鈴木さんを押し退け、男女二人は正門を乗り越えようと門に手をかけた。


 「一歩でも出た場合、こちらには戻れませんよ?」

鈴木さんのその一言で、二人は踏みとどまった。しかし、二人の表情は納得していない様で、鈴木さんに詰め寄った。


 「あんたな、何様なんだよ?俺らの税金で生活してるくせに。」

そんな罵詈雑言に鈴木さんは顔色一つ変えなかった。ぎゅっと拳を握り耐え忍んでいる。


 「おい、あんた言い過ぎだぞ?」

 「…。」

真司が罵詈雑言を吐く男に声をかけ、カズが真司の後ろで威圧感を出す。男は萎縮し、悪態をついて去っていった。私はただただその光景を見ているしかできなかった。


 「荒れそうだな…、俺があんなこと言ったばかりに…。」

真司は自分の発言の重みに気付いた様だ…。皆抱えていた不安の種に肥料と水をやってしまったと後悔している。

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