第12話 支配と秩序と真実
樫木隊員と別れた後、私は動く気力が湧かず校舎裏の花壇に腰かけていた。日は落ち、あたりは暗闇に包まれており、思考をめぐらすにはよい環境である。
なぜなぜ問答…、会社で問題が起こった時によくやった手法だ、一つ一つ要因となりそうなことを列挙しその因果関係を整理していくといった問答だ。
暗がりで誰もいないことをよいことに私はぶつぶつとつぶやきながら事を整理した。この避難所には暴徒予備軍が2人いて、1人は自衛官…、そしてかくまわれている。自衛官たちはこの避難所を支配しようと考えている。樫木隊員は最後の希望だったがその希望もついえたようだ。樫木隊員は何を考えたのだろう…。
「状況としては芳しくないな…。」
希望であった樫木隊員も結局は向こう側であったのだ。自分の身は自分でこれからは守るしかない。ここから出ていくという決意をより一層心に刻んだ。
「しかし、このリュックサック何が入っているのだろう…。」
もらったリュックはずっしりと重く、暗がりでは何が入っているかの確認ができない。触った感じではビニール状の何かが詰まった袋とリュックの横についているシャベルのようなものがあるようである。
思考もいったん区切りがつき、自分の決意のおかげか気だるさはなくなっていた。月の光に照らされながら私は個人スペースに戻った。しかし、リュックサックが重い。
「いったい何が入っていたんだ…。」
蛍光灯の光の元、リュックサックの中身を検めた。
出てきたものは、土嚢だった…。何の嫌がらせかと思ってしまった…。シャベルと土嚢、塹壕でも作れということか?そんなことを考えた。
「なんだか今日はどっと疲れた…。」
考えてみれば、怒涛の一日であった。ゾンビという創作の産物が現実となり、そのゾンビである暴徒にかまれた自衛隊員を押さえつけるのを手伝い…。挙句の果てには、信じていた自衛隊員の一人にも裏切られる始末である。
ふぅ…っとため息をつき、毛布にうずくまり眠りについた。
目が覚めると正午を回っていた。携帯には2件のメッセージが届いていた。2件とも真司からであった。1件はメッセージ、2件目は画像が添付されていた。
”最高の布団で寝ました、明日には帰ります”そんな他愛のないメッセージとキングサイズのベットで大の字になって寝ている写真だ。いたって元気そうな姿に、噛まれたら本当に暴徒になるのか?というそんな疑問が浮かんだ。
遅い1日の始まり、しかし昨日の今日だ、なんとなくやる気が起きない…天気も曇りということでなおだ。昼食の配給が行われているようだが取りに行くのも億劫になっている。しかし、おなかは減っている…、ふと思い出し避難する時に持ってきた、キャラメル入りのチョコレートバーを探し、齧った。
乾燥した口の中に濃厚な甘みとナッツの香ばしさが広がるとともに、ナッツが喉に引っ掛かり咽た。咳が止まらず、これはやばいと感じ、水道まで早足で駆けていった。急いで蛇口をひねり、蛇口の口を上に向け流れ出る水で喉を潤す。水が飛び跳ね体中が水浸しになった。
避難してきてから風呂に入っておらず、汗拭きシートで体をふいていただけであったので、全身にかかる水が気持ちよく感じた。
「はぁ、この時間なら学校のシャワーつかえるかな…」
風呂の開放は3日に一度、もう逃している。一方で、学校のシャワーは常時開放しているという話をかすかに聞いた覚えがある。
個人スペースに閉じこもっていたときは、億劫だったが一度出てしまえば、手足は勝手に動くものだ。まずは始めることが重要と誰か偉い人が言っていたがこういうことなのであろう。
シャワーといえばプールの近くにあるだろうと予想して、プールのある場所に行っったがそこには長蛇の列ができていた。シャワーがあることには違いないが、この列の長さは1時間は待つだろうととげんなりした。しかし、シャワーを浴びたいという欲求には勝てず並ぶこととした。
シャワー室は簡素なもので5本のシャワーが壁を隔て設置されている。しかし、お湯が出ることに感動し、存分にシャワーを堪能した。持ってきたトラベルセットのソープで体と髪を洗い流したことですっきりし、気分が向上した。相変わらず単純な性格だなと思った。
「もう15時か…。」
正午まで寝ていたので、時間たつのが早い。避難所にきて友人も知人もいないので、時間をつぶす方法が、露店に行くか、携帯をいじるかの2択になっている。一方で、露店は真司が明日までは帰ってこないのでやっていない。
個人スペースに戻り、携帯をいじる。いつもはゲームに関しての情報などを調べる今日は、昨日の話もあり暴徒について調べることにした。
大手ニュースサイトでは暴徒による避難所が壊滅したといったような情報が出ているだけで、暴徒の素性や核心をついたような情報は全く出てこない。情報が統制されているようだ。そうなると、個人が自由に発言できるような掲示板やSNSサービスの方が情報が転がっている可能性が高い、一方で虚偽情報もあふれているので注意しないといけない。
SNSで気になる内容が見つかった。
”暴徒に噛まれた友達が襲い掛かってきた”そんな内容であった。その書き込み以降、内容の更新がない…。もしかするともう書き込んだ本人も…そんなことも考えた。時間はまだまだある、ほかの良い情報がないか確認を続けることとした。
”暴徒=ゾンビという件”という掲示板を見つけた。中を覗いてみると、すべての内容が削除されている。よほど見られたくない情報でもあったのか?そんな邪推をしてしまうほどである。
SNSも掲示板サイトも検閲が入っているのかというくらい、情報がない。あまりにもおかしい。日本語でだめなら英語でと英語で情報を調べることとした。
気になる記事を見つけた。”Bacteria are the savior of mankind.(菌は人類の救世主)”そんな見出しであった。学術系というよりかはオカルト系の記事だろうが、内容が現状と酷似している。
ある菌が人間に入り込むことで代謝機能を底上げし、動かなくなった手や足を動かすことができるというような内容だ。さらに、代謝が上がることにより高カロリーなものを摂取しないと菌自体が活性化できないので、その菌に脳まで浸食された場合、宿主はカロリーを求めさまようということらしい。言い換えれば不老不死ともとらえられ、時代によっては信仰の対象にもなっていたとのことだ。参考文献として、ゾンビパウダーなどのシャーマンが用いるような薬物やキョンシーなどの資料を引用している。
一般の人が見れば、陰謀論やオカルト的内容で決して受け付けられるような内容ではないのだが、昨日の話を聞いてしまって受け入れられている自分がいる。
内容をまじまじと読んでいた時に、樫木隊員からメッセージが届いた。
”またいつもの場所で18時に。昨日渡した鞄を忘れずにお持ちください”
そんなにこの土嚢を持って来させたいのか?と少し苛立ちを覚えたが、訳あってのことだろうと自分を宥めた。
18時まで後30分といった頃合い、土嚢が入ったリュックを背負い、夜食の配給を受けにいった。
配給に関わる自衛官ももう手慣れたもので、必要最低人数で対応している様だ。そして、受け取る側も要領を得ており、列がどんどん消化されていく。
「しっかし重いなぁ…。」
配給に並んでいる時もリュックの重みは肩にのしかかる。やっとのことで配給を受け取った時、自衛官がリュックに気付き少し笑った様な気がした。
「これは食べてる時間は無いな…。」
配給で貰った物資を土嚢の詰まったリュックに押し込み、汁物だけ飲んでいつもの場所に向かう事にした。
いつもの場所は相変わらず薄暗く、誰一人近づこうとしない。こんな場所誰でも来るだろうと思っていたが人っこ一人いない。そんな事を考えていると樫木隊員やってきた。その後ろにはもう一人の人影が見えた。
「君が中西君か…、先日は助かった。この場で感謝申し上げる。」
そのひとかけは樫木隊員達の上官のあの男だ。
私は嵌められたと感じた。重い土嚢を持たせる事で逃げづらくし、ここで消すつもなんでは無いかと…。
「おっと、私は丸尾と申します。ここの避難所での指揮をとっております。まぁ、ご存知でしょうが。」
「樫木隊員から聞いてますよ。指揮ではなく支配なのでしょ?」
私は食ってかかった。武力に物申されては太刀打ちできないのであれば、ここは口でなんとか切り抜けるしか無いと、そんな事を考えた。
私の言葉を聞いた丸尾上官はきょとんとした顔で私を見た後、小さくわらい始めた。
「ははは、樫木からもう聞いておりましたか。それは話が早いですね。」
「上官…、勘違いしていた方の話を…。」
上官の言葉と樫木隊員の言葉に私は身構えた。
「そう、身構えなくても大丈夫です。今から真意をお話ししますから。」
そういうと丸尾上官は樫木隊員に見張りをさせて、座り込んだ。
「立ち話にしては長くなりますので失礼。中西君もどうぞ。」
土嚢入りのリュックを見ながら、私に気を使う様に勧めた。
「さて、中西君…この避難所はどう思いますか?」
「避難所ですか…、こんな経験ないのでなんとも言えませんが…。」
丸尾上官の意図は全く読めないが、言葉のキャッチボールを続けていく。
「そうですが。答えを言ってしまうと、あまりにも自衛官の数が少ないとは思いませんか?暴徒に対応するためには…。」
言われてみればそうだ。この避難所には5人の自衛官しかいない。
「はぁ…、田舎なのでそんなものかと思ってました…。」
「そうだね…、一般の人ならそう言った結論になるか…。」
丸尾上官は妙に納得していた。
そして、ここからは長くなると念押ししてまた話を続けた。
「樫木からは支配という話を聞いたと思うが、その言葉は正しくもあり正しくない。少し例え話をするが、中西君、君は物を買う時何を使う?」
「お金ですかね。」
「そうだね、お金だね。では、お金の価値は誰が決める?」
「国ですかね…。」
その回答に丸尾上官はニコッとした。
「我々は国が決めたお金の価値で対価物の価値を相殺して入手していたんだよね。それはお金に支配されていると言っても過言ではないだろう。」
私は分かった様でわからない。お金に支配されているとは思った事もないからだ。
「では、お金に価値が無くなった場合はどうやって物を買う?」
「物々交換ですかね。」
「そうだね、多分そうなってくるだろうね。では、その物々交換の価値は誰が決める?」
「当人同士ですかね。」
またもや丸尾上官はニコッと微笑んだ。
「では、不当に物資が独占され価値を釣り上げた場合は?」
「手が出せなくなりますね…。」
「死活問題になるよね。でも悪いやつはそうするよね?」
私は言い換えせなかった。新作のゲームハードを買う時、よく転売を生業としている業者に散々辛酸を舐めさせられた。不当に独占し価値を上げる輩には虫唾が走る。
「中西君はもう分かったと思うけど。この話は近々起こり始めるだろう。」
「何故ですか?物資はあるのでしょう?」
丸尾上官は樫木隊員の方を確認し、樫木隊員もアイコンタクトをした。
「中西君、これを聞いたら君は引き返せない、それでもいいかな?」
「はい…。」
「ここの物資はあと1ヶ月と半月でなくなる。」
「ぇ?補給とかは?」
丸尾上官の顔色が険しくなった。
「ここの避難所、いや、この国は捨てられた…。」
「どう言う事ですか?何を言ってるんですか?」
頭がついていかない。捨てられた?なんのことなのかさっぱりわからない。
「我々自衛官の任務は捨てられたことを悟らせず国民に暴動を起こさせない。また、この国のお偉方が逃げる時間を稼ぐことだ…。その後の事は知らぬ存ぜぬだよ…。」
私は固まった。理解しようとしたが頭がその理解を拒否する。
「酷な事をいうが。我々は当て馬だ…。」
「自衛官の方々は何故その事実を知っていて、暴動を起こさないんですか?」
「暴動を起こしたところで揉み消される。家族を危険に晒す事にもなるからな。」
情報統制、先ほど見ていた掲示板もそうであったが、この手の情報は全てなくなっていた。
「回りくどくで申し訳ない。物資が枯渇する事になると、物資の探し出しや物資の自給自足をしないといけなくなる。そして、その物資の価値を不当に釣り上げさせないためにも、悪ではない誰かが価値を支配しないといけないんだよ。」
話の筋は通っているが、私は納得はできなかった。
「しかし…。あなた方が不当に価値を上げるという事も考えられるでしょう。」
丸尾上官は何も言い返して来なかった。
「その通り…。」
「では…、考え直しましょうよ。」
「中西君、では誰がやってくれるのだ?物資を管理する者はそれ相応の危険性に晒される。例えば、中西君が物資を管理していたとして、それを奪いにきた悪漢がいたとすると守り切れるかな?」
「いいえ…。」
もっとな話だ、警備がいない銀行に誰が金を預けるのかという話だ。抑止力となるものがないとそれはただそこに置いてあるだけなのだから。
「わかりました…。では、ヒエラルキーをつけるという話は?」
「あぁ、樫木から聞いていたんですね。お年寄り、大人から子供、妊婦などそれぞれ区別しないといけないからね…。妊婦さんは栄養がたくさんいるだろうし、一方でお年寄りは食も細くなっているかたがいるからね。」
ヒエラルキーは悪い意味で使われていたのでなかった様だ…。樫木隊員の方をチラッと見たが目を合わそうとしなかった。
「では、樫木隊員に言っていた、この避難所の人々を見下す様な発言は何だったのですか?」
「あぁ、あれを聞かれていたのか…恥ずかしいことだね…。」
少し間を空けて、丸尾上官は真意を語り出した。
「樫木は優しすぎるんだ…。自己犠牲、自衛官としての当たり前を当たり前にできてしまう。そんな優しい樫木を利用しようとする悪いやつらは必ず出てくる。樫木の意識を少しでも変えたかったのさ…、ちとやりすぎた部分もあった様な気もするが…。まぁ、悪い奴らは弱みや甘さを見せるとつけ込んでくる…、その甘さを見せないためにも常に周囲を威嚇しておく必要があるという事だ。」
私はこの人を全く理解できていなかった。悪役の親玉であると断定してしまい、その考えで今まで動いていた。固定概念というものは本当に怖い。
「わかりました…。」
「中西君分かってくれたか…。秩序を作るためにも我々自衛官がこの避難所を支配する。悪いようにはしないと約束する。なので、ここで聞いた事や以前樫木から聞いた事は言いふらしたりしないでほしい…。」
丸尾上官の真意を理解できた私は頷いた。
「ありがとう。あと、樫木から聞いているよ、我々に鍛えて欲しいんだってね。」
「ぇ?」
私は樫木隊員の方を向いてキョトンとしてしまった。またもや樫木隊員は目を合わせない。
「早速、その鞄を使ってくれている様で何よりだ。」
「あの…、このリュックは…?」
「樫木から聞いていないのか?足腰の鍛錬のためのリュックだ。明日の朝からそれを背負って我々と朝の鍛錬をしよう!」
土嚢は単なる重しであった。スコップと一緒にあったから勘違いをしていた様だ…。しかし、樫木隊員の説明不足と勘違いには少し呆れた。
「朝の5時グラウンドに集合だ!」
大きく笑い丸尾上官は立ち上がった。
「さて、まだ気になる事はあるだろうが、私も見回りがあるので、ま、他の機会に聞いてくれる…。その、リュックの元の持ち主の話とかね…。」
丸尾上官は樫木隊員と共にこの場を去った。
「支配と秩序か…。」
この捨てられた国においてそれは本当に保てるのであろうか…。
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