第11話 不安の芽
まだ手の震えが止まらない。痙攣というにはあまりにも力強く、医療ドラマなどで見ていた様な光景とは全く違った。
水分補給をしようとするも、震えからかうまく飲めず、飲み口からジュースが飛び出す始末である。そして、服にジュースが染み込み肌にへばりつく…。
震える手で必死に変えの服を探した。洗濯をしておらずストックしていた服に限りがあることに気づいた。
震える手を見つめ、ここでこうしていても何も変わらない、そう思い立ち、服を着替え、水道で衣類の洗濯をすることとした。
幸いなことに懐かしい回すタイプの蛇口を見て少し冷静になれた。蛇口をひねるたびに強まる水流は洗濯用に置かれていた桶をいっぱいにするのにはそう時間はかからなかった。
水の溜まった桶を見ているうちに手の震えは止まっていた。揺れる水面は心を落ち着ける効果でもあるのだろうか…そんないつも考えない様なことを柄にもなく考えた。
「手で洗濯なんて、本当に小学校の時の昔体験みたいなやつでやったきりだな…。」
懐かしさを感じながらも、配給の時に配られた洗剤を桶の水に溶かし、かき混ぜた。
よしと意気込み、先ほどジュースがこぼれた服を桶の水につけた時、表情を失った…。水がみるみるうちに赤く染まりだしたのだ…。
「うゎぁ!」
驚きの声が漏れた。すぐさま桶をひっくり返し赤く染まった水を流した。
どうやら押さえていた自衛官の血が付着していた様だ。なけなしの服であったが、流石に気味が悪くなりゴミ箱にその服を捨てることにした。
洗濯と意気込んだが、その様な光景をまた目の当たりしに、ゲンナリした。
服をゴミ箱に捨てにいくついでに、晩御飯の配給を受ける事にした。
正門での野次馬騒動はひと段落した様で、晩御飯の配給には3人の自衛官が対応していた。その配給に私は違和感を感じた。
樫木隊員と上官が邂逅した様に楽しそうに話しながら次々と人を捌いている。昨日まではピリピリとしていたのが嘘の様だ。
今日樫木隊員との話し合いでその話も出るだろうと、楽観的に考え晩御飯を受け取った。
晩御飯を食べて、程なくしたころ約束の時間も近くなり、いつもの場所に向かうこととした。
黄昏時は寂しくなる、そんな空の色を見上げながら校舎裏に向かった。
約束の時間から10分程度遅れて樫木隊員がやってきた。
「遅れて申し訳ない。」
樫木隊員の手には大きめのリュックサックが握られていた。
「中西殿これを」
手に握られていたリュックサックは私にとのことであった。リュックを受け取った時あまりもの重さに身体がぐらついた。
「重いですね。中身は…」
そう尋ねると間髪入れずに樫木隊員は答えた。
「今日保健室にいた隊員の装備です。装備と言っても災害対策用の備品みたいなものですから。」
「そんな大切なものをもらってもいいんですか?」
「はい、上官の許可は得ています。あなたの話をしたら、今日の出来事の借りを返すということで、それをあなたにとのことです。言いたいことはわかりますよね?」
真剣な眼差しで目を見て話された。これは、賄賂であり今日起こった出来事を他言するなよという脅しでもあるのであろう。私は静かに頷いた。
「では、本題に入りましょう。何か変わったことや疑問に思ったことがあればお答えします。」
樫木隊員はもう包み隠さずに腹を割って話すという姿勢である様だ。
「上官とは仲直りされたんですね。」
「…、はい。私は上官の考えに賛同した事になります。」
少しの沈黙の後、空を見上げてそう答えた。
「なぜですか?樫木さんはあんなにも否定していたではないですか。」
「ここから話すことを誰にも漏らさないと誓えますか?もし漏らした場合は…。」
いつにもなく真剣な表情で私に対して凄んだ。その質問に対して、大きく頷いた。どうせ誰も話す相手などいないのだから。
「暴徒により負傷した隊員は近々暴徒の仲間入りをします…。これは政府が隠していたことですが、暴徒に噛まれるなどの外傷を与えられると、理由はわかりませんが暴徒となってしまう様です。」
私の考えていた暴徒はゾンビじゃないかということを公式に発表され、震えが止まらなくなった。フィクションの世界の産物が現実に、しかも目の前に。
「隊員たちは私の家族です。家族を守るためならなんでもします…、佐々木さんは私のせいで…。」
そう発言している樫木隊員の目には涙が浮かんでいた。しかし、私は納得など到底できるはずもなかった。怒りからの震えなのか恐怖からの震えなのかわからなくなってしまった。
「納得できません。」
「あなたに納得してもらう必要はないのです。もう決めた事です、嫌なら暴徒がいる外に出ていきますか?」
他人の意見に左右されるならどんなに簡単だっただろうか。揺るぎないその発言に私はなすすべはなかった。
「では、私はここをいつか去ろうと思います。東京の知り合いも気になりますので!」
苛立ちから出ていくと宣言した。Kさんの事が気になっているというのも嘘ではない。
「わかりました。しかし、タダであなたを外に出させるわけにはいきません。」
そういうと、樫木隊員は大きく拳を振り上げた。殴られると思った私は咄嗟にガード姿勢をとった。
「その反応、いいですね。これから私はあなたが外でも生きていける様に徹底的に仕込みます。1ヶ月もあれば十分でしょう。」
私を試した様だ。
「明日から始めましょう。今日渡したリュックを必ず持参してください。」
そういうと樫木隊員はまた夜の見回りに戻ろうとした。
「ま、待ってください!もし暴徒に噛まれた場合はどれくらいで暴徒になるのでしょうか?」
真司も暴徒に噛まれており、その事がずっと喉に骨が刺さった様につっかえていた。
「専門家ではないので確かなことはわかりません。一つ言えるのは、確実にいつかは暴徒化するということです。」
その言葉を聞き私の中の不安の種が大きく芽吹いたのを感じた。瞼を閉じていないのにもかかわらず、視界が暗くなっていった。
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