第10話 噂好き
露天で購入した品々を木漏れ日の中、地べたに座りながら頬張った。久々のジャンクな食べ物に何故か背徳感を覚えた。
ひと通り食べ終わり、また暇な時間がやってきてしまった。やることがないと、碌な事を考えない…。これからのこの避難所生活はどうすればいいのか…、そんなことばかり考えてしまう。
「仕事してた方が何も考えなくてよかったなぁ…。」
そんな言葉が出てくる始末である。仕事をしていた時はそんな言葉口が裂けても言わなかったであろう。
「情報収集でもするか…。」
思い立った様にまた人がある程度多い校庭へ向けて足を運んだ。
正門にはまだまだ人だかりができている。そんな光景を見ながら聞き耳を立てているとふと気になる事が聞こえてきた。
「隊員の一人が暴徒にやられて大怪我したらしいぞ。今保健室で安静にしてるようだ。」
「そうなのかい。しかし、相手は一人だったんだろ?」
「暴徒が何人居たかはわからないが、昨日起きてたやつが見た感じだと、一人だったと言ってたな。」
噂好きの野次馬たちが今ある情報を整理してくれていた。なんとも有難い事だ、昔でいう井戸端会議も捨てたもんじゃないなと、感心した。
「あの…。」
思い切って私もその輪の中に入ってみることにした。
「にいちゃんどうしたんだい?」
「さっきの話が気になって、自衛官の方大丈夫なんですかね?」
「詳細はわからないんだが、なんか噛みつかれて、そのまま、噛みちぎられたって聞いたよ。まぁ、命に関わる様な怪我ては無さそうだね。こわいこわい。」
暴徒はやはり噛みついてくるという事らしい。露天の店主も同じ様な事を言っていたので、ここにきて答え合わせができた様だ。
「噛んでくるんですか…。」
「そうらしいね。友達の友達が言ってたらしいんだけど、暴徒に馬乗りになられて噛みつかれてた人が突然起き上がり別の人を襲ったっていう話もあるらしいよ。」
胡散臭い、友達の友達からの情報。こう言った類の話は大抵盛られていて信憑性が低い。
「暴徒が暴徒を増やしてるって事ですかね。」
「友達の友達から聞いた話だから詳細わからんが…。佐々木さん、あんたんのとこほら、大阪にいる息子はなんて言ってたんだっけ?」
井戸端会議仲間のもう一人に話を振った。
「あれはゾンビだって、息子は言ってたね。まぁ、あいつはゲームのしすぎでいつもよくわからん事言ってるからね。」
「そうそう、ゾンビだ、ゾンビ。いやー、怖いねぇ。ゾンビって言えばあのほら、バイオなんたらってやつでしょ、映画見たわー。」
これ以上は特に良い情報は出てこなさそうだと思い、軽く会釈してその場を後にした。その後もその二人は永遠と雑談をしていたのは言うまでもないだろう。
考えたくはなかったが、状況証拠でいくと、暴徒はゾンビであると結論付けられそうだ…。心のどこかでゾンビではないと信じていたかったが、ここまでくると認めざるを得ない。
「大変なことになりそうだ…。」
この避難所には、二人のゾンビ予備軍がいるということになる。一人は店主の真司、もう一人は自衛官の一人…。
その暴徒に噛まれるとどれくらいの猶予を持って暴徒に豹変してしまうのだろうか。あまりにも情報がなさすぎる。ニュースではあくまで暴徒は暴徒としか説明されていなかった、意図的に政府が隠したのだろうか?そんな考えしか浮かばない。
そうこう考えているうちに携帯にメッセージが届いた。真司からのメッセージであった。
いい衣類と兄さんに似合いそうなニット帽をゲットしたよ!楽しみに待っててね!
そんなメッセージであった。見送った時は少し寂しく思っていたが、無事だということがわかったら少し安心できた。
ありがとう、楽しみにしてるよ。でも、気をつけてね、暴徒が結構いるらしいので。
そんな当たり障りのないメッセージを返した。
また、やることがなくなってしまった。ここには知り合いも居ないし、ゲームも持ってこなかったため本当にやることがない。避難所生活において一番の苦痛は暇ということかもしれない。
「暇だ…。さっき聞いた保健室でもちょっと覗いて見ようか…。」
自衛官の一人が運ばれたという保健室に向かうことにした。
小学校の時でも、保健室にはほとんど入ったことがない。怪我をしなかったというか、保健室自体そんなに利用してもいいものだとは思ってもいなかったからだ。
保健室のドアをノックし中に入ろうとした時に、あの樫木隊員にいつも嫌味を言っているあの上官に呼び止められた。
「どうされましたか?具合が悪いですか?」
「あ、いや…その。」
しごく普通のことを尋ねられて、言葉に詰まってしまった。
「いま、保健室は我々の隊員の一人が休んでまして…、大変申し訳ないのですが、もし急病などでなければご遠慮頂きたくおもっ…」
「ああああああ!」
上官が話している最中、保健室から大きな絶叫が聞こえた。
上官は保健室のドアをバンっと開け広げ、安静にしている隊員へ駆け寄った。
ベッドがガラガラと揺れる。地震かと見間違うくらいにベッドは軋んでいる。隊員が痙攣を起こして、身体が上下に大きく揺れている。
「あなた、抑えるのを手伝ってください!」
「は、はい!」
言われるがままに私は隊員に駆け寄り、全体重をかけて制止した。しかし、私の体重などものともせず大きく体は上下に痙攣している。
「至急、至急、保健室に。」
肩につけていたトランシーバーで増援を呼んだようだ。
増援がかけつけるまでの間必死で隊員を押さえつける。まるで、暴れ牛を素手で押さえつけているかのようである。
樫木隊員が小さなアタッシュケースに入った注射器の様なものを持って保健室にやってきた。
「樫木、助かった。あなたもご協力感謝します。」
そういうと樫木隊員から受け取った注射を隊員に打ち込んだ。すると、今までの痙攣が嘘の様にピタッと止まり、隊員は落ち着きを取り戻した。
私は必死すぎて何が何かわからない。放心状態でその場に座り込んだ。
「樫木、この方を個人スペースまで連れて言ってくれ。」
腰を抜かし、座り込んでいる私を見かねて樫木隊員にそう命令した。
「中西殿いきましょうか…。もし立てなさそうならおぶっていきますので。」
手をスッと差し出して、私が立つのをサポートしてくれた。
樫木隊員と上官は何かのアイコンタクトを交わしたのち、私を連れて保健室を後にした。
「中西殿、助かりました…。」
「あの隊員さんは大丈夫なんでしょうか?」
「わかりません…。昨日、暴徒に襲われてからというものの…。」
樫木隊員は悔しそうな顔をしていた。
「私の責任です…。私を助けてくれようとして、暴徒に噛まれたんです…。」
私は返す言葉が見つけられなかった。その後も樫木隊員は自責の念に囚われている様で自分を攻める様な発言を続けた。
「中西殿、すみませんこの様は話ばかりで…。今日の18時にまたいつもの場所で…。」
私を個人スペースに送り届け、そう言って保健室に戻って行った。
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