第9話 寂しさと不安

 考えは定まらず、ただ時間は浪費される。


 自分だけではどうしようもないこの不安感を早く打ち明けて楽になりたい…。そんな事を考えていたが、今日に限って樫木隊員からの連絡が来ない…。ふと、付き合いたての初めての彼女から連絡が来なかったような哀愁が脳裏に焼きついた。


 「くそ、こんな時に限って…。」

焦りは増す一方である。こんな時地面を叩いたり、壁を殴ったりしたかったが、人目もあるのでグッと堪え拳を握るだけで踏みとどまった。


 そして、そんな焦りとは裏腹に今日携帯が鳴ることは無かった…。


 個人スペースに戻ったが、気持ちは晴れることはない。夜が深まるのと同じように、思考はどんどんと深みにはまっていく。


 それでも時は残酷に流れ、消灯時間となり、あたりは暗闇に包まれた。微かに聞こえていた話し声も夜が深まるにつれ、静寂へと移り変わっていく。


 いつまでも考えてはいられないと気持ちを切り替え、寝よう寝ようとするが…、寝方がわからない。いつも当たり前の様に何不自由なくやっていた事がここになってできない。

 「クソッ!」声が小さく漏れた。


 何かをしていないと落ち着かない、そんな気持ちがどんどん大きくなり、真っ暗な中、携帯をいじり始めた。


 これといってやる事も思い付かず、携帯アプリでゲームにログインした。ログインしたと言ってもゲームができるわけでもなく、時間など潰せるわけでもない、ただ誰が何をしているのかがわかるくらいだ。


 「Kさんやっぱり避難していないな…。」

ログインして真っ先にKさんがオンラインかつゲームをプレイしていると言う表示が出た。心のどこかではそうではないかと思っていたが、やはりという確信に変わった。


 Kさん、もしかして避難難民になってるのか?東京はこことは違って危ないと聞いた…、もしかすると外にも出れない状況なのかもしれない。避難所に入れる期日は今日までのはずだ…。

 そんな事を考えていると正門側で大きな物音がした。


 金属に何かがぶつかる様な異様な音がする。何度もガン、ガン、ガンと規則的な音である。


 何人かはその音に気が付き起きた様だが、窓から外を見てすぐに個人スペースに戻って行った。それもそのはずだ、外は真っ暗で何も見えない。しかも丑三つ時、皆眠いに決まっている。しかし、私は食い入る様に窓の外をずっと眺めていた。


 そこから程なくして、二つの光が正門側で揺れた。どうやらその違和感に自衛官も気付き、確認に来た様だ。


 初めはゆっくりと動いていたが、一つの光が次第に激しく揺れ始める。自衛官が何かを言っている様だが、こちらには全く聞こえない。


 次第に光の数が増えてきた。5つの光が正門に集まった頃、不快な金属音と何かがぶつかる音は鳴り止んだ。


 まるで行灯のようなゆらゆらとした光を見ているうちに少し落ち着きを取り戻したのか、急な眠気が襲ってきた。


 窓から外を見ていてもこれ以上変わり映えがしないと思い、眠気に負けて個室スペースに戻った。


 いつもと違う朝…、校内放送が鳴り響き、その校内放送の音で飛び上がる様に起きた。いつのまにか寝ていた様だ。


 「皆様、おはようございます。昨日の深夜、暴徒による襲撃がございました。そのため、皆様の安全を担保するためにも正門には近づかない様にお願いいたします。」

そんな校内放送が二、三度繰り返し流された。昨日見た光景は暴徒の襲撃だった様だ。


 これは人間の性であろう…、近づくなと言われたら、どうしても気になってしまう。身支度を整えて、正門へ向かう。


 皆考えることは一緒、正門には人だかりができており、様子を伺うことすら難しかった。隙間から少し見えた光景はビニールシートがあったということくらいしかわからなかった。


 自衛官の人たちが必死に野次馬たちを制止している声や姿にこれ以上は迷惑かけられないと思い私はその場を後にした。私一人がどこかに行ったところで人だかりは解消されるはずもなく、自衛官が制止している声が鳴り止むことはなかった。


 食事の配給に向かったところ、樫木隊員が一人でせっせと対応している姿があった。正門に3人、配給に1人、確か自衛官は5人いたはずだと思い、あとの一人はどこにいるのだろうとあたりを見回したが見当たらなかった。


 樫木隊員に軽く会釈をし、食事を受け取った。樫木隊員は少しばつの悪そうな顔をしていたのが印象に残った。


 この生活にも、多少慣れてきたと思ったが、昨日で完全に避難所は外界との接点が断たれたのだと思うと我が家が恋しくなる。そして無性に食べたくなるジャンクフードやお菓子。


 「そういえば、露天で売っていたような…。」

 昨日のこともあり、接客してくれていた若者のことも気になる。私の思い過ごしであれば良いなと思いつつ、露天へ向かった。


 いつも通り、その場所には露天が開かれていた。いつもより客が多い様な気もする。皆もやはり外の物が食べたいのであろう、お菓子や雑誌を購入している人が多い。


 「兄さん、いらっしゃい。」

そこには昨日と変わらない様子で接客の男がいた。腕の傷はあいも変わらず痛々しい。


 「今日も来ちゃったよ。ちょっとジャンクな物が食べたくなってね。」

 「やっぱり兄さんもそうか。今日は大繁盛でちょっと品物は少なくなってるけど見ててってね。」

露天を見渡すと生鮮食品類はほとんどなくなっていた。日持ちする様な品物が多く並んでおり、菓子類やパンなどはかろうじてある程度だ。


 「じゃぁ、このポテチと照り焼きバーガーをもらえるかな。」

 「オッケー。じゃあ二つで500円。」

いつもよりだいぶと安い。いつもの様に1000円ポッキリくらいかと思っていたので少し面食らった。


 「なになに、その顔はもっとぼったくると思ったんでしょ。」

にこにことしながら、私の思っていた事をグサッと聞いてきた。私はビクッとなったが取り繕った。


 「ははは…、ばれたか。」

 「気づいたんだよね。こんなふうに商売してて感謝されるってすごく気持ちいい事だって。昨日あたりから身体が少し辛かったんだけど、ありがとうって言われるとついつい嬉しくてその辛さも飛んでいくんだよね。」

 今まで疎まれ続けてきたのだろう。悪いとレッテルを貼られ社会から爪弾きにされてきたのだとわかる。この商売は彼らなりに精一杯の社会への献身なのであろう。


 「ぁ、そうだ、兄さん、ここだけの話だけどこの辺りはもう物資が無くなりそうだからちょっと遠出しようと思ってるんだ。今度は結構大きな店にいく予定だから、欲しい物あったら持ってくるよ。」

 「ありがとう…。そうだね…。」

 いざ欲しい物はと聞かれると何にも浮かんでこない。必死で必要そうなものを思い浮かべるが、ゲームしか浮かばなかった。しかし、ゲームとはいえないと別のものを思い捻り出した。


 「ちょっと、衣類が心許ないから…。」

 「あぁ、そういう事ね。パンツでしょ?わかるわぁ。」

考えながらの発言が功を奏したのか、深読みしてくれた様だ。


 「そうそう。そうなんだよ…、思ったより必要で…。」

 「だよね。表裏で2日とかできるかもしれないけど不衛生だよね。わかった、とりあえず衣類と適当に身につけるものとってくるよ。」

 男はそういうと露天をたたみ始めた。まだ、昼にもなっていない所だが、目的地が遠いという事でもう出発するそうだ。


 「兄さん、これ渡しとくね。」

そういうと名前と何かのIDが書かれたメモを渡された。


 「酒巻真司(サカマキシンジ)さんって言うんですね。」

 男は名前を呼ばれると少し小っ恥ずかしそうに微笑んだ。


 「真司でいいよ。もし、他に欲しい物あったらそこに連絡してね。」

 真司は他の2人を連れてどこかに向かって行った。今から戦地に向かうようなその後ろ姿に私は少しの寂しさを覚えた。

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