第8話 不安の種

 避難所生活3日目の朝、今日も今日とて何もわらない。避難所での生活も板についてきた。


 顔を洗い、歯を磨き、朝食の配給に並ぶ。自衛官の方々も特に変わった様子はなく、黙々と職務を遂行している。


 今日もいい天気だなぁとそんな事を考えながら朝食を食べる。


 そんな時、自衛官の隊長が拡声器で私たちに何かを伝えている様だ。校舎の中も放送が流れている様だ。


「皆様、本日を過ぎますと避難所は完全に封鎖されます。そのため、もし知り合いで避難をされていない方などありましたらご連絡をお願いします。本日の17時をもって完全に閉じさせていただきます。」

テレビで言っていた様に避難期間を過ぎた場合は入ることはできないという最後通告であった。


「もし、なんらかの都合で救助難民となっている知り合いがおられましたら、我々自衛官にご一報下さい。避難者の方々を外にお出しするわけにはいきませんので我々にお任せください。」

避難最終期日なだけあり、自衛官達もすこしピリピリしている様だ。


樫木隊員から聞いた様な自衛官達の企みは微塵も感じられない。むしろ、率先して避難者の救助に向かうという心意気まで見える。


 今まで聞いていた話と今の自衛官達の話を聞いて、わからなくなってしまった。どちらが本当の姿なのか、そんな小さな不安、疑問が駆け巡る。


「樫木隊員に聞くしかないか…。さて、今日もあんまり気乗りしないが、露天を見に行くか。」

朝日を浴びながら気持ちは清々しくあったが、足取りは正直で、重い。今まで、ああいったようなヤンチャ系とは距離を置いてきたため、どう接するのが正解なのかわからない。


 どうすればうまく情報を引き出せるか…、そんな事を考えている内に露天の近くまで来てしまった。


 「ええい、こうなったらやぶれかぶれでもやるしかない!」

自分を鼓舞した。


露天には昨日とは違った品物も多くあり、本当に仕入れに行っているだなと感心した。


「あ、兄さん。昨日いってたやつこれかな?2つで、1000円でいいよ。」

私に気付くとそう声をかけて、フリントを見せてくれた。私は商品ではなく昨日にはなかった腕にある傷に目がいった。


「…。あぁ、ありがとうそれだね。しかし、腕大丈夫?昨日はなかったけど。」

1000円を財布から取り出しながら、うまく会話しようとした。


「ありがとね。昨日コンビニに行った時に暴徒に出くわしちゃってね…、そんでコレやられちゃったの。」

傷跡を見せてくれた。噛まれた様な跡、打撲痕のような腫れで見るからに痛々しい。


「消毒とかした?結構痛そうだね…、放っておくと悪くなりそうだから。その暴徒はどうしたの?」

「相手は1人だったからね、とりあえず他の3人と協力して…、まぁアレだよ…。」

他のメンバーと少し顔を合わせて話をはぐらかされた。


「なんにしても、気をつけてね。そうだ、明日でここの門閉じられるみたいだけど大丈夫?」

「大丈夫だよ。仕入れはいつでもいけるからね。」

自分たちの仕入れには、かなりの自信を持っている様だ。この話でわかったのは、門ではない出入り口が存在すると言うことだ。


「もしよかったら、その出入り口私も使わせてもらえないか?ちょっと、家に取りに帰りたいものがあって。」

我ながら嘘くさい話をしてしまったと思った。


「んーー、そうだなぁ。これからも贔屓してくれそうだし、1万でどう?」

ここぞとばかりに、ふっかけてきた。しかし、私としては一万円でもこの情報が手に入るのであれば安いものだ思った。


「よし、払おう!」

「兄さん太っ腹だね!」

財布からスッと一万円を取り出しドヤ顔で渡した。相手も即決で出てくるとは思わなかったのであろう、驚いたのちに笑顔を返してくれた。


「兄さん、気に入ったよ!他にも教えてほしい事あったらいってね!」

「じゃぁ、武勇伝聞かせてくれるかな、暴徒との。」

少しピリッとした空気が流れたが、次第に笑顔になり話してくれた。


 内緒だよと前置きをしつつ話してくれた。

「いつもの様にコンビニで…、まぁ…仕入れをしようと思ってたらさ、先約がいたんだよ。言っちゃなんだけど、みんな避難してる中そんなことしてるなんて絡でもない奴じゃん。同じ穴のムジナって事で声をかけたんだよ…、そしたらコレ。急に襲いかかってきて、咄嗟に手を出したらガブリだよ。”あ”しか言わないし、気味が悪いし…、痛いしで、頭にきちゃってね。あとはもうあそこの奴が持ってるバット見て貰えばわかると思うけど…。」

暴徒に話しかけたら有無も言わさず急に噛みつかれ逆上し、バットがひしゃげるまで殴ったと言う事だろう。あんなひしゃげたバット漫画でしか見た事ないぞ…、と思ってしまった自分がいた。


「信じられないと思うかもしれないけど、手とか足とか明後日の方向を向いてだんだけどそんなことお構いなしでこっちに向かって来たもんだから、怖くなっちゃって最後は頭に…。まぁ、ここまで言うとわかるよね…。」

この話を聞いて私の中に不安が広がった。話を聞く限り暴徒はゾンビだとしか言いようがない…。しかも、そのゾンビに噛まれている人間がこの場にいる…。


「大変だったね…。熱とか、身体が変な感じとかしない?」

映画やゲームの知識から咄嗟に変な質問をしてしまった。


「兄さん優しいんだね。ちょっと熱っぽかったから、この風邪薬のんだんだ。それからは元気だね。」

鎮痛剤入りの風邪薬を見せてくれた。痛々しい腕もその効果で痛くないのだろう。私は顔から血の気が引いた。


「顔色悪いね。ごめんね、武勇伝おしえてって言われて、結構赤裸々に話しちゃったら気分悪くなったよね。そうだ、これもあげるよ。」

そう言って、胃薬と風邪薬をなぜか渡してくれた。そして、校内地図の様な物も手渡された。


「この小学校は俺らの母校なんだ。見ての通り、悪ガキだった俺たちはよく学校を抜け出したんだ。その時に使ってた出入り口の場所を書いてるから、無くさないでね。」

男達に笑顔で見送られて私はその場を去った、止まらない汗を拭いながら…。


「いや、違う。ゾンビなんていないだろ…、たまたま暴徒が噛みついて…。」

頭で整理がつかない、パニック状態に陥っていた。


 ヤンチャ系とは住む世界が違うと思っていたが話してみるといい奴であった。しかし、そのいい奴がゾンビらしきものに噛みつかれている。映画だとこの状況は詰んでいるパターンだ、確実に彼はゾンビになるであろう。そして校内はパニックに…。しかし、どうしようもできない。逃げるべきか?自衛官に相談すべきか?思考が定まらない。


 彼らに伝えるべきか否か、しかし、考えすぎの可能性もある。

 

 そんな事を考えているうちに、不安の種は私の身体にしっかりと根を下ろした。

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