第7話 疑念
昨日の様子とは打って変わり、避難所は人々の社交場の様に見えた。
朝の炊き出しに並ぶ人々、談笑する者たち、校庭を走り回る子供達。実に平和的な光景である。この光景を目の当たりにすると、本当に暴徒は存在するのかとふと疑問に思うくらいだ。
「会社に行っていた時の癖は抜けないもんだなぁ…。」
アラームをかけずに寝たはずなのに、いつも通りの時間に起きてしまった自分に馬鹿らしくなった。
朝の炊き出しに並び食事を受け取り、タイヤが半分埋まった様な遊具に腰掛けた。
「平和だなぁ…。本当に避難の必要はあったのか?」
そんな事を思っていると一人の自衛隊員が駆け寄ってきた。
「中西殿、おはようございます。昨晩はよく寝られましたか?」
「あぁ、樫木さん。ははっ、疲れてたのか、この時間までぐっすりですよ。」
愛想笑いをしながら、他愛もない会話を続けた。一方で、樫木隊員は業務中と言うこともあり、常に何かを警戒する様な雰囲気を漂わせていた。
ひとしきりのご飯を食べ終わった時に小さな紙切れを渡された。
「では、中西殿、また。」
そんな言葉を残して、意味深に去っていった。
小さな紙切れにはメッセージ交換ツールのIDが示されていた。昨日の情報共有は校舎裏とは言ったものの、お互いの連絡先の交換を忘れていたのを思い出した。
早速、もらったID宛にメッセージを打っておいたが、返事はない。それもそうだ、炊き出しや警備といった自衛隊員としての仕事があるのだから。
「私もただ見てるだけって訳にもいかないからなぁ。色々見て回るかぁ。」
そんな事を考えながら、体育館や教室など様々な場所を見て回った。
ふれあいの森と呼ばれる校庭の隅にある緑地で森林浴をしていた時、若い集団に声をかけられた。
「兄さん、なんか買っててよ。」
一瞬、恐喝か?と身構えたが、ビニールシートを広げ、露天商の様な事をしている。
「酒、タバコ、おかし、雑誌。コンビニに置いてあるものなら大体あるよ。」
凄まじく胡散臭く、値段も通常より高い。需要と供給の関係だろう、山頂での自販機の値段が高いのと同じ原理だろう。
「ライターオイルとフリントはあるかな?」
オイルライターを持ってきていたものの、全然使っておらずライターのオイルコットンが乾燥しきっており、着かない事を思い出した。
「おーい、ライターオイルはあるか?」
接客をしていた男が他のメンバーに声をかけた。
「オイルあったよ。フリントなに?」
「あ、お兄さんフリントって?」
オイルを持ってきてくれた男と接客の男に、私はライターに付いている火打石だと説明をした。
「オイルの横に置いてあったあれかなぁ…。100円ライターしか使ったことなかったから、それが重要な物だとは知らなかったよ。」
「兄さん、また明日きてよ。仕入れとくから。オイルはそうだな、1000円でどう?」
久しく使っていなかったのでいくらか覚えていなかったが、多分ふっかけられているんだろうなぁと思いつつもお金を払った。
「兄さん、またきてね。」
「ありがとう、一つ尋ねて良いかい?」
普段ならあまり関わり合いになりたくない人たちだったが、この際そんなことも言ってられない。
「明日の何時くらいにくれば良い?」
いかにもなメンバー達に少し芋を引いてしまった。
「伝えるの忘れてたね。そうだね〜、この後、仕入れに行くつもりだから、明日の15時くらいまでに来てくれればここで店開いてると思うから。」
そう言って、笑顔で接客してくれた人が手を振ってくれた。
これ以上、この場で聞いてしまうと怪しまれそうだと思った私はありがとうと伝えてその場を去ることとした。
避難場所の出入り口には見張りが立っているよなぁ。見張りの人に言えば抜けさせてくれるのかな。そんな事を考えながら、自分の個人スペースに戻ったり。
やはりどこかに抜け道があるのではないか?それとも自衛官もグルなのではないか?そんな疑念が渦巻いた。
ポケットにしまっている携帯が震えた気がした。携帯を取り出すと樫木隊員からメッセージが届いていた。
”18時に”それだけの短い連絡であった。
あと、約2時間か…。ゲームもできないからどうしようかなぁ。
そんな事を思いながら、ふと気になり携帯のアプリでログインしてみた。
「Kさんまだゲームやってる…。」
アプリのフレンド確認のタブにKさんがオンラインである事が通知されていた。
「避難所が封鎖されるのはあと2日あるから…、ギリギリまでゲームしようって魂胆だな。さすがKさん…。」
感心はしたものの、少しの不安も覚えた。東京はどうなってるんだ?、そんな漠然とした不安が頭をよぎった。
ライターにライターオイルを注油したり、早めの夜食をとったり、携帯をいじっている内に程よい時間となったので、また校舎裏へ向かうこととした。
日が沈みかけ、薄暗くなる黄昏、校舎に影が落ち、校舎裏はアンダーグラウンドな雰囲気が漂う。
「中西殿、今朝は申し訳ない、メモだけ渡して…。連絡も遅くなりまして。」
「いえいえ、こちらこそ業務中にご連絡してしまいまして申し訳ない。」
そんな謝罪合戦が少しの間続いた後本題に入った。
「樫木さん、正門と裏門は以外で外と出入りできる場所ってありますか?」
若者達が露天で物資を販売していた事を話した。
「私の知る限りではないですね。塀やフェンスを登ろうと思えば登れるでしょうが…。」
そう言うと、塀の上を指差した。大人の背丈ほどある塀には侵入防止用の返しが付いていた。フェンスにも同じ様に侵入防止のため有刺鉄線がついているとのことで、それは厳しいのではないかと言う話となった。
「そうなると、何処か外と繋がる抜け道がある可能性が…。」
「その可能性は捨て切れないですね…。中西殿は明日も少しその件を探ってくれないでしょうか。」
樫木隊員は思い詰めた様な顔つきでこうも語った。
「もしかすると、我々自衛官との繋がりも考えないといけないですかね…。」
抜け道がない場合、正門と裏門の見張りに口聞きし、出ていっている可能性は否めないのであろう。
「わかりました。明日も会う予定ですので…。」
「何かお力になれることはありますか?」
私の若干の曇った表情を見て、何かを察した様だ。
「少し怖いなと思いまして…。多分、この辺りでやんちゃしている様な方々だったので…。」
その言葉を聞いて樫木隊員は少し笑みをこぼした。今まで常に真顔であったのに、ここに来てやっと職務から一歩出てくれた様に感じた。
「あぁ、そう言うことですか。では、今日ではないですが少し護身できる様にレクチャーしましょう。明日は仕方がないと思いますので、何かあればすぐに電話を。」
電話番号の書かれた紙を手渡された。
「ありがとうございます。で、樫木さんの方はいかがでしょうか。」
私がそう尋ねると、樫木隊員の顔はスッと職務をしている時の顔に戻った。
「まだ、なんとも…。動きさえ掴めてません。」
目を合わせることはせず、少し下を向きながら回答した。
「そうですか…。では、他の事を聞いても良いですか?」
「はい、私が答えられる範囲であれば…。」
私は複数の質問を投げかけた。
暴徒はこの町にはどれくらいいるのか?、避難場所にやってはインターネット環境を使ってゲームできるのか?、東京の様子は?
そんな質問に対し樫木隊員は知っている内容に関して答えてくれた。
「まず、この町の暴徒の数はおおよそ50以下と聞いております、一方でこの情報は古新聞の可能性もあり正確な数は分かりません。」「避難場所によってはネット環境はあるがゲーム利用は不可能ではないかと思います。」「東京は…正直分かりませんが、暴徒の数はやはり多い様です。避難所への襲撃も何軒かあった様です。」
質問内容に対し的確に回答をしてくれた。
やはり避難所での据え置き機でのオンラインゲームは不可能との事で、Kさんはまだ避難していないということがわかった。更に、東京はこことは違い、もしかすると避難できない避難難民が発生しておりKさんもその内の一人なんではないかと不安になった。
「樫木さん、ありがとうございます。」
「いえいえ。一般家庭のインフラ関係もいつまで持つかはわからないで、もし、避難されていない方がいれば気をつけた方が良いでしょう。」
不安を煽るかの様に太陽は沈みあたりは暗くなっていった。
「では、今日はこの辺りで…、明日も連絡します」
樫木隊員はそう言って、また持ち場に戻って行った。
教室の窓からさす蛍光灯の光に導かれる様に真っ暗な中、個人スペースに戻ることとした。
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