第6話 秘匿:another

何事もなかったかの様に次の日は訪れる。政府の発表を聞いてかこの避難所にもゾロゾロと途切れるまもなく人が訪れる。昨日の上官の突拍子のない話が忙しさで薄れてしまう勢いである。


避難してくる人、一同やはり不安な表情を浮かべている。それもそうだ、国家緊急事態宣言など私も今まで聴いた事がなかった。


「毛布と日用品を配っております、十分な和がありますので焦らずにお受け取り下さい。」

私がその様に避難者達を誘導していると、それをよく思わなかったのか上官が突っかかってきた。昨日の件もあるのであろう、少しピリピリしている様だ。


今までお世話になっていて上官の事は嫌なほどわかってる。お人よしの上官があんな突拍子もない事を言う理由が有るのだろうとは思っているものの、やはり真意がわからないので素直に首を縦に振る事はできない。


真意はわからないものの、長らく続くであろうこの避難所生活は避難者にとってはストレスであろう…。そう考えると、自衛官と避難者で力を合わせて乗り越えていくべきだと私は考えるが…。


「おい、案内に回れと言ったよな!」

上官がもたもたしていた私に見かねて怒鳴った。


ここであれよこれよと考えても仕方がない、様子を見ながら上官の真意を突き止めるしかないな…。今のところ、暴徒の影はない様だし…。


「皆様、お待たせいたしました、今から皆様を寝泊まりできる場所へ案内します。」

上官の真意は気になるものの目の前の仕事を片付けてしまおうと、避難者を連れて教室へ案内した。


避難者ももう来なくなり、日も落ちてきてひと段落といった時に先輩からの呼び出しがあった。


「すまん、呼び出して。樫木なぁ、昨日のこと考え直してくれへんか…。」

申し訳なさそうな顔をしながら、私の顔色を伺った。先輩はどことなく雰囲気が昨日と違い哀愁が漂っている。


「先輩、上官はどうしたんですか?明らかにいつもと違うように思うのですが…。」

そう質問すると、先輩は表情を曇らせた。何か言いたいことがある様だが、言えない、いや、言いたく無いようである。


「すまん、俺の口からは言うことはできん…。上官に直接聞いてくれ…。」

曇った表情のまま、何を聞いても上官から聞いてくれとのことで、一向に話は進まない。


「わかりました、もう一度だけ上官とお話してみます。」

私はそう言い、先輩に言伝を頼んだ。


夕刻までは、避難者対応で話は出来ないと思い、日が沈んだ後、校舎裏で話し合いをすることとした。それまではやれる事をやるしかないと思い、一心不乱に動いた。


日も落ち、校庭に出ている人も疎らになったところで上官に声をかけた。相変わらず上官の高圧的な態度は変わらず、校舎裏までの道すがらは重い空気であった。


「上官殿、お時間頂きありがとうございます。」

「要件は?」

何故か人に聞こえない様に、小さな声で上官は話した。


「昨日の件ですが、真意を確かめたく…。」

私は話を上官の顔色を見ながら話を蒸し返した。


「あぁ、俺たちはな…捨てられたんだ…。」

捨てられた?意味がよく理解できなかった。

「捨てられたとはどういう意味ですか?」

続け様に私は質問した。


上官は押し黙り、空を見上げた。

「なぁ、樫木、考えてみてくれ。この世の中でもし人を取り締まる奴がいなかったらどうなる?」

質問の意図はわからなかったが、質問に対して自分なりの考えを答えた。


「悪が蔓延る…ですかね。」

その回答に上官も納得の様だ。


「では上官はそう言った悪が蔓延らない様に取り締まりをしようとされてるんですね。」

そう言うと、上官は顔を曇らせた。


「生ぬるい…、そんなんで悪がなくなる訳ないだろ。支配するんだよ、絶対的に。」

支配という言葉に感情がこもっていた。


「なぜ、支配など、まるで悪の親玉じゃないですか。我々が守るべき国民でしょう。」

「樫木、お前はわかってねえな。あいつらはこれが当たり前だと思っていて、感謝もしない。逆に下手に出れば我々が良い様に使われるんだぞ!」

上官はヒートアップしてきた。


「我々が管理しなくて誰がするんだ?備蓄品も我々が管理しているんだぞ?」

上官はもう聞く耳を持たずといった振る舞いで次第に粗暴になっていった。


そして、私の反論は暴力によりねじ伏せられた。わかってほしいのにわかってくれないと言う感情がその拳から伝わってくる。


その時、誰かの声が聞こえた。その声に反応し、上官は身なりを整え、何事もなったかの様にこの場を後にした。後3日だけまつと耳打ちをして。


「大丈夫ですか?」

私の事を見ていたのであろうか、その様な声を掛けてきた。こんな時間にしかも校舎裏に来ている、この人物はかなり怪しい。


相手は全て聞いていたかの様な素振りで話しかけてきたので、私は声を掛けてきた人物に怪しまれない様に返答した。

「かたじけない、ありがとうございます。」

さっさとは怖いものだ、かたじけないなど絶対にいつも使わない様な言葉がポンと出てしまう。


私は苦し紛れに、上官とのやり取りの一部を再度話して相手の様子を伺うことにした。

「私にも何か手伝えることはないでしょうか?」

そんな回答が返ってきた。この人物は全てを聞いていたと確証を持った。


これ以上首を突っ込むなと言う警告をかなりオブラートに包み相手に伝えた。相手は中西というらしい。もしかすると、この辺りで悪さをしているやつかもしれない…、そんな疑念が頭の中に浮かんだ。


この中西という男は何をしでかすか分からないので、上手くコントロールしたいところだ。さっきの話を触れ回られでもしたら、厄介なことになる。

「明日この時間にまたここで…。」

下手に動くなよ忠告の意味も込めて、明日の予定を取り付けた。


上官の代わり様といい、中西という人物といい、考えたくないが考えざるえない案件が立ち所に増えて辟易とした。


取り敢えず、中西は一旦泳がせるとして、上官の真意はしっかりと突き止める。そう胸に誓い校庭へと足を進めた。

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