第5話 派遣:another
無機質な部屋に大勢の自衛官が集められている。集まっている自衛官たちの表情は凛々しく勇ましい。部屋の空気も張り詰めており、いつでも戦えるとった様な面持ちで皆一同誰かを待っている。
ある一人の男性が整列している自衛官の前までゆっくりと威厳がある立ち振る舞いで歩いてきた。胸には多くの勲章が燦々と輝き、そのものの位の高さを誇示している。
「諸君、この国の現状はもう存じ上げているものとして発言させてもらう。大阪での暴徒の鎮圧に失敗し、未曾有の危機に瀕していることは言うまでもない。そして、政府から明日緊急事態宣言が出る手筈となっております。そのため、次なる我々へのタスクは拠点での防衛になる。」
その男は大阪での暴徒の一件に関して、政府からお役目を受けたと言うことを高々と伝えた。
「諸君には、グループに別れてもらい各避難場所での防衛に当たってもらいたい。君たちの各上官たちにはことの経緯は全て伝えてある。上官の命令に従い行動したまえ。これは訓練ではないと言うことを肝に命じておく様に。」
そう言うと男たちは各上官を呼びつけ、後のことは任せたぞと一人一人上官の肩を叩き、自身はヘリコプターに乗り込み飛び立った。
肩を叩かれた直属の上官は緊張のせいなのかわからないが、顔の血色が悪い様に見えた。そんな違和感を感じながらも私は上官の元に歩み寄った。
「皆…ご苦労であった。これから我々は茨城の避難場所の一つである○○小学校で支援活動を行う。皆…本当にすまない…。」
上官はそれ以外にも何かを言いたそうにしていたが、謝るばかりであった。他のチームの方を見てみると皆一同不安な空気が漂っており。あるチームでは上官が男涙を流している所もあった。
「この先、お前たちには2つの道が見えてくる。この世界を生き抜くためにもその選択を誤らないで欲しい、私にはお前たちしかもういないのだから。」
上官は我々に真摯に向き合い、訳のわからない話を永遠と繰り返した。2つの道とはなんなのかわからなかったが、場の雰囲気もあり何故か納得してしまった。
「顔色が優れない様ですが大丈夫でしょうか。」
私はやはり上官の顔色が気になり質問してしまった。貧血で倒れた隊員が過去にいたがその時の顔色より悪く見えた。
「あぁ、樫木…ありがとな。ちょっと緊張してしまった様だ…。ダメだな…もっと頑張らないとな。」
やはりおかしい、いつもどんな場所、どんな人と対峙した時でも顔色一つ変えない肝の据わった人なのに。
「しかし…」
「樫木、大丈夫だ。もうこの話はやめよう。」
上官は悲しい笑顔を私に向け、皆を引き連れて軍用トラックに乗り込んだ。
上官はドンドンと気合を入れる様に自身の胸を叩いた。肋の骨が軋むくらいに強い拳であったように思える。
「これからは、心を鬼にしろ。何があってもだ…生き残れ。」
「上官、拠点防衛とのことですがどの様な装備が支給されるのでしょうか?敵はあの大阪での暴徒でしょうか?」
隊員の一人がそう聞くと、上官は少し黙った後に口を開いた。
「災害救助用の支給物のみだ…。交戦は許されていない…。」
「どうやって暴徒から国民を守れと言うのですか…。」
上官は自分の唇から血が滲むほど噛み締めた。
「すまん…。暴徒の勢いは増すばかり…、一方で我々はそれに抗うすべがない…。バリケードを作って侵入を防ぐ程度のことしかできん…。」
隊員たちは唖然とした表情で上官を見つめた。しかし、上官にもどうしようもできない現状だと皆わかっており、それ以上口を開く事はなかった。
2時間程度車に揺られ、沈黙が続いた頃目的地である○◯小学校が見えてきた。幸いなことにこの近辺では暴徒に出会うこともなく、平和なものであった。
「よし、明日緊急事態宣言が出される手筈となっている。そのため、今日中に必要な準備はしておくぞ。」
上官の掛け声と共に、私たちは拠点防衛に向けた拠点作りを始めた。
「樫木、ここの拠点はあたりだぞ。見てみろよ、野外入浴セットがあるぞ。」
そこには災害時でもお風呂に入れる設備が搬入されていた。
「私初めて見ましたよ。しかし、何故こんなつくばの小学校にこんな設備貸してくれたんでしょうかね。」
純粋な疑問であった。東京での防衛拠点なら梅雨知らず、こんな場所に設置されるとは思ってもいなかったのだから。
「それは本当にわからんな…。まぁ、考えても仕方ない、その他のものの準備もしようか。」
「はい。私は支給物の積荷を下ろしてきますね。」
トラックの荷台に積んであった、ダンボールを次々におろし校庭に積み上げて行った。
「樫木、この食料の入ったダンボールは鍵のかかる部屋に入れておいてくれ。」
上官から鍵を手渡されその指示に従い先輩方とダンボールを運んだ。
「これだけあればまぁ、2ヶ月は待つだろうな。しかし、こんな長い間ここに避難の必要があるのかな。」
大量に積み上げられたダンボールを見て、ふと呟いてしまった。
「樫木、たくさんあるって事はいい事じゃないか。もうホームシックになったか?」
お調子ものの先輩がいつもの様に周囲を和ませてくれた。
「さぁ、終わったししっかりと鍵を掛けて上官のところに向かおう。この小学校は幸いなことに塀も高いし門さえ閉めてしまえば侵入もできないだろう。」
一通り作業が終わった安堵感もあり、少し気が抜けた。
「上官、こちら終わりました。」
「皆、ご苦労だったな。結局こんな時間までかかってしまったなぁ。」
太陽が沈みかけ、あたり一面が闇に支配されていく様な不吉な雰囲気が漂う。夜はやはり怖い…どこから敵が来るかもわからず、太陽が出ている時に比べて危険度は高くなる。そんなことを私は考えていた。自衛官になり、訓練に明け暮れていたが実戦というのは初めてだからだ。いざと言うときに動けるのか、本当に戦えるのか、そんなことが堂々巡りしていた。
「今日はもうやる事はないだろう、明日に向けて英気を養おう。」
そう言うと上官は懐からウィスキーを取り出した。
「今からいう事はお前たちを守るためのものでもある。こんな選択をさせたくはないが、私の家族はもうお前たちしかいない。」
酒を持っているものの、いつにもなく真剣な顔つきで話を始めたので、チーム全体が仕事モードに戻ってしまった。
「これはお前たちには話すべきでは無いと思っているが…。」
上官はそう言う前振りをした後しばし沈黙した…。
「いや、やはりよそう。皆疲れているだろうからな。それより今からいう事は上官命令だと思ってくれ。」
そう言うとウィスキーをコップ4つに注ぎメンバーに渡した。
「これから私はこの避難所の支配者になろうと思っている。お前たちもついて来てくれ。これはその盃だ。」
面食らった様な顔で皆一同上官を見つめた。
「上官、どう言う事ですか?支配者ってなんですか?」
私は訪ねてしまった。支配者との響きが暴徒よりも悪く聞こえてしまったためだ。
「樫木、何も聞かずに頼む、ついてきてくれ…。」
上官は何かを訴えかける様な眼差しでこちらを見つめる。
「上官の命令でもそれはできません。」
上官の真意が読み取れず、私はその席をたち誰もいない校舎へ向かった。
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