第4話 避難所

仕事も終わり明日の仕事までのひと時の家での憩いの時間を遮るかの様にけたたましく鳴り響く携帯。その音に驚きぼーっと窓の外を眺めていた視線がテレビに移る。テレビから流れる異質な映像、国民の不安を静かに煽る様なその政府からの宣言に私は困惑した。


「何がどうしたんだ…」

昨日まで普通通り何の変わりもない日常を送っていたはずなのに突然の国家緊急事態宣言。はっきり言って、何が何だかわからない。


テレビ画面の淵は真っ赤になり、この国のトップが国民に向けたメッセージを読み上げている。どのチャンネルを選択しても同じ映像が流れており、より一層の不安を煽る。


「国民の皆様、この国、日本は未曾有の自体に陥っております…(中略)…。しかし皆様安心してください、こういう事態に対し我々は準備を重ねてきました。各地にて自衛隊員を配備した避難場所を準備しております。物資も潤沢にございますので、皆様近くの避難場所まで避難をお願いいたします。」

何度何度もおなじ映像がループで流れる。映像に映るこの国のトップは焦る様子もなく汗一つ書いておらず、淡々と内容を読み上げる姿に違和感を覚えた。


「避難所か…この近くだと…小学校か…」

避難場所を調べているうちに、流れ続ける映像が次なる映像に変わった。


「皆様、避難に関して、重要な情報です。この映像が流れる○月○日より○月○日の3日間以外は避難場は安全を担保するために封鎖されます。何があろうともその3日が過ぎた場合、避難所へは入れませんので注意してください。これは決定事項です、例外はございません。国民の皆様にはどうか理解を頂きたい。」

先程の映像と今回流れた映像が切り替わりでループし流れる様に変わった。新しい映像は急遽撮らられたのであろうか、微かに誰かの話し声が聞こえる。


「取り敢えず、避難場所に向かうか…。何を持っていけばいいんだろう。」

緊急事態など初めての経験、避難なども初めてなので、いざ行くぞとなると困るものだ。


「携帯、ライター…、食料は避難所で出るだろうしな…いらないか…。んー、わからん、Kさんなら何持ってくだろうか…。」

Kさんが話していたゾンビ映画の話を必死で思い出そうとした。しかし、銃刀法違反で捕まる様な物ばかりしか思い出せず、適当な物をリュックに詰め込んだ。


「ナイフ、ランプ、鞄に詰め込んでって歌があったが、サバイバル用のナイフとか詰め込んだら日本だと捕まっちゃうよな…。」

そんな訳のわからない独り言を呟き、家を後にした。


—— 避難場所指定の小学校


「結構、人集まっているな…。」

小学校の校庭には炊き出しや毛布などを配る自衛官の姿があった。そこにできる人の列に少しうんざりした。


「毛布と日用品もらっていない方はこちらで受け取ってください、数はありますので急がず焦らずで大丈夫です。体育館や教室に皆様の個人スペースを確保しておりますので、こちらで受け取りましたら別の者が皆様を案内します。」

若い自衛官が大きな声を張り上げ、混沌と化した列を必死で捌いている。


「おい、樫木!この一箱分配り終わったら、案内に回れ。」

「承知いたしました。」

上官であろう人物が先程声を張り上げていた自衛官に対して、少し高圧的な態度で命令を下している。


体育会系は苦手なんだよな…とそんなことを考えながら、私も列に並び支給品を受け取る事とした。


並んでいる間、暇だということもあり、自分の前にいた年寄り夫婦と軽い会話を交わした。

「いやー、なんか、よくわかりませんよね…、急なことで。」

会話の始まりが一番コミュニケーションには重要なのに、こんなに言葉がでないとは…。更に、老夫婦は自分に話しかけられているとは思っていなかった様で、目が合った時にあッと気付き返事してくれた。


「本当ですよね。私たちも何がなんだか…、よくわからずこちらに来ました。」

「私もなんですよ…、何持ってくればいいかも分からず旅行じゃないのに旅行セット持ってきてしまいました。」

そんな他愛もない会話を少し交わしながら情報の整理を行った。老夫婦から聞いた話だと、風呂は3日に一度、食料は朝昼晩の3食、部屋はプライベートを確保するための仕切りがあるとのことであった。


「こちらが毛布と日用品となります、皆さん同じ物を持っていらっしゃいますので、取り違えには注意してください。」

樫木と呼ばれていた自衛官が一人一人の目をしっかりと見て、手渡している。私もその説明を受け、支給品を受け取り、リュックに入る物はリュックに詰め込んだ。


「おい、樫木!このダンボールのやつ渡し終わったら案内に回れって言ったよな。何してんだ、早くいけよ!」

またあの上官が皆に聞こえる様に叫んでいる。そこまで大声を張り上げる必要は無いのに…、何故か樫木という隊員に対しては当たりが強い。樫木以外の隊員と話す時は、そんなに声を張り上げることもない様だ。


「皆様、お待たせいたしました、今から皆様を寝泊まりできる場所へ案内したいと思います。私に押さず焦らず走らずで着いてきてください。」

小学校の引率の先生の様な事を言う。避難場所が小学校ということもあり私は少しだけ懐かしい気持ちになった。


案内された一室は2年3組と書かれた部屋であった。小学生の時に見た部屋の広さと大人になって見た部屋の広さだと、全然違って見えた。

「思ってたより狭いな…。」

正直な感想が口から漏れた。別にこの小学校出身というわけでは無いのだが、小学生の時の部屋はかなり広く見えていたからだ。


仕切りでプライベートは確保されているとはいうものの隣人の声や行動音まで聞こえないわけでは無いので正直に言って無いよりマシ状態である。


「結構キツイな…。ここで何日待機すればいいんだ…。一生なんて事は…。」

終わりの見えない迷路に迷い込んだ様な感情に支配されそうになり、このままだとダメだと、小学校内を気分転換がてら散策する事とした。


「しかし、小学校か、何年ぶりだろ…。こう見ると、小学校ってどことも同じ様な作りだなぁ。」

そんな独り言を話しながら、ぶらぶらと散策する。


「小学生の時、屋上とか憧れたよなぁ…。校舎裏には不良がいるなんてよく噂されてたなぁ。」

そんなことを言っているうちに、懐かしさが勝ってか、足はいつのまにか校舎裏に向かっていた。


「暗いな…。」

そんなことをボソボソと言いながら校舎裏の前まできた。校舎の裏というだけあって、本当に何も見えない。誰ががタバコでも吸ってるだろうと思っていたが、そんなタバコの火の光すら見えなかった。


ちょっとこの暗闇の中で心を落ち着けるか…。そう思っていた矢先、人の気配を感じた。その時、何故か悪いことをしているわけでは無いのに、まるで小学生に戻ったかの様に隠れないとと思ってしまい茂みに身を隠した。ボソボソと始めは聞こえずらい話が聞こえて来たが、次第に声量が大きくなりはっきりと聞こえる様になった。


「樫〜木、お前な舐めてんのか。あいつらになんか丁寧に対応する必要なんてねぇんだよ。どうせ我々の支援なんか当たり前と思ってるんだからよ。助けてやってるのはこっちなのにな。」

あの上官が樫木隊員を呼び出しまた、威張っている様だ。


「あのな、ここの物資は我々が管理してるんだ、わかるだろ?我々の持ち物と言ってもいいんだ。それを善意で配ってやってるんだ。」

「しかし、上官…、それらは税金で備蓄を…」

樫木隊員の言動を遮る様に上官は拳を樫木隊員の腹に捩じ込んだ。


「何回言っても、本当にわからねぇ奴だな。これから1か月以上はここで生活しないとならねぇんだ。誰が上かしっかりと分からせないとな。」

苦しんでいる樫木隊員の耳を鷲掴みにし、ねっとりとした声で言い聞かせている。


私は咄嗟に声を出した。

「校舎裏にトイレがあるって聞いてきたのになぁ、どこにあるんだ?」

もっと気の利いたセリフを言えれば良かったが、考える暇もなく、咄嗟に迷い人を演じた。


「樫木隊員、見回りご苦労、このままこの辺りはしっかりと見守る様に!私は正門のあたりを再度点検してくる。」

上官は流石にこの光景を見られるとやばいと思ったのか、樫木隊員を放し、あたかも見回りをしていたかの様な装いを始めた。


あの嫌味な上官が去ったことを確認して、私は樫木隊員の元に駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

そんなありきたりな言葉で樫木隊員に全て見ていたよということを間接的に伝えた。


「かたじけない、ありがとうございます。」

樫木隊員もそのことに気付いたようで深々と頭を下げた。


「しかし、嫌味なやつですね…。あの話だと、この避難場所の王様にでもなったつもりなんですかね…。」

私は樫木隊員から見て上官がどの様な人なのかを知りたく、鎌を掛けてみた。少しの沈黙の後、樫木隊員は口を開いた。


「三日後には彼は独裁者となるでしょう…。避難場所が閉鎖され、この避難所にいる人にヒエラルキーをつける事を目論んでいます。」

武力と資源で人を支配しようと企んでいる、映画などでよく見る典型的な悪役の様だ。


「そんなこと許されるわけないでしょ、他の自衛官はどう思ってるんですか?」

「ヒエラルキーで上位だと約束されているのです…、あなたにもわかるでしょう…。」

その通りだ、自分の地位が約束されているのだ、誰も文句は言わないであろう。


「でも樫木さん、あなたは違うんでしょ?あの上官からの嫌がらせを受けてるんですから…。」

「…、そうありたいと思っております。」

樫木隊員の言葉には重みがあった。多分、このまま孤立してしまうと命の危険性もあり、どっちにつくべきなのかいまだに葛藤している様だ。


「何か私にもできる事はないでしょうか?」

はっきりいって立ち入りたくなかった。しかし、これからこの避難所で生活していくにあたり、最悪のケースだけは回避したい。そう、支配され、蹂躙される様な最悪のケースは。


「上官も元々はあの様な方ではなかったのです。何か裏があるには違いません。私は少しその理由を探ろうと思っております。」

樫木隊員は今の上官に少なからず違和感を感じている様だ。


「一般市民のあなたまで巻き込む事はできません。あなたが私を上手く活用して下さい。」

樫木隊員は私の提案は受け入れなかったが、自衛官としてのパイプを上手く活用し、情報を吸い上げ、伝えてくれると約束してくれた。


「えーと…、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「あ、お伝えするのを忘れてましたね中西です。」

「中西殿、ではまた明日のこの時間にここで…。」

樫木隊員はそう言うと、暗闇から校庭に向かい走って行った。


「厄介なことになりそうだな…。Kさんは大丈夫なんだろうか。」

Kさんのことがふと気になり、携帯でKさん宛に安否確認のメッセージを打っておいた。


「今日は特にする事がないな…、明日は自分なりに情報収集していくか…。しかし、この避難所本当に大丈夫なんだろうか…。」

ゾンビゲームだと平気で壁とかよじ登ってくるよなぁとふと思い出し身震いした。


「まぁ、もしもの時は自衛隊の皆様に頑張ってもらって…。考えても仕方ないな、今日は寝よう。」

そう自分に言い聞かせて、あの狭い2年3組の教室に戻った。


部屋の光は消灯時間なのか消されており、コソコソと話す人の声が四方八方から聞こえてきている。これは慣れるまで寝るのに苦労するなぁ…と思ったのも裏腹、疲れていたせいもあってか一瞬で眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る