第3話 変わりゆく日常
今日もまた何の変哲もない1日が始まろうとしている。
携帯のアラームで朝起きて、顔を洗い、歯を磨き、仕事に行くために着替える、朝のルーティンだ…。何ら真新しさもなく規定行動をインプットされたロボットと言われても否定できない。
「今日も世界は変わらないな」
昨日のKさんとのゲーム影響だろうか、変わり映えのしない日常にすこし飽きている。
平和に支配された人間は刺激を求める様になると言うがその通りだとおもう。私はその刺激をゲームに求めているのだ。
「さて、いくか…。昨日は楽しかったな…。」
アパートの玄関から遠隔で車のエンジンをかける。アイドリングしておかないと寒い時期はエンジンの調子が悪い、一方で燃費も悪い。しかし、この燃費の悪いスポーツカーを購入したのはゲームで乗っていたからという理由だったが、今では大切な相棒といっても良いだろう。
通勤における車での20分間は仕事モードへの切り替えには重要だ。いつも混む道、いつもの景色、今から仕事だなと思えてくる。更に、更衣室で仕事着に着替えると身も心も仕事人間となる。
毎日毎日同じ様な仕事内容、実験、データの整理、資料作成、開発責任者への説明…。そして、帰宅。
この変わり映えしないルーティンを抜け出させて、私を別世界に連れて行ってくれるのがゲームだ。
「さて、約束の時間だな、Kさんと終末世界を旅するとしよう。」
仕事、Kさんとゲーム、仕事、Kさんとゲーム…、この平和な日常を私は少なくとも謳歌していた。
そして、そんな平和な日常がずっと続くものだと思っていた。
何の変哲もない日常、いつも通りの朝のルーティンを行い仕事に向かう。一つ違ったのは、いつも混雑しているはずの道が混雑していない。
仕事着に着替え、デスクに着いた時、室長から開発室メンバー全体に招集がかかった。
「皆さん、今朝方のニュースで関西での暴動映像を見た方もいると思いますが、東京の本社よりその件に関して通達がありました。」
室長の話に皆一同、不安を隠せない様である。この様に集められて話をされるという事に良かった話は一切ないからだ。
「東京の本社では自宅待機命令が出されたそうです。一方でこちらの茨城の研究所はまだ、判断を決めあぐねているとのことだそうです。二、三日もすれば方針は定まると思うので、それまでは通常勤務でお願いします。」
私はすこし肩を落とした。東京が自宅待機命令とのことでこちらもその方針で同じ様に自宅待機命令が出ると思ったからである。
「休みにはならなかったなぁ…。」
ぼそりと呟いた。
「中西さん、あの暴動少し違和感を感じなかったですか?」
そう話しかけてきたのは同じグループの後輩であった。
「私見てないんだよ…、どんな感じだった?」
朝のルーティンにテレビをつけるを入れていないため、朝のニュースは頭に入ってこない。
「携帯の持ち込みは禁止なので、昼休憩の時動画お見せしますね。中西さんなら、何か気づくんじゃないかと思って。」
「ん?あぁ、ありがとう。」
私なら気づくと言う言葉尻に少し引っかかったが、各々の仕事に戻り、昼休憩時に再度落ち合うこととした。
—— 昼休憩
「中西さん、すみません遅れまして」
「良いよ良いよ、飯でも食いに行こうか」
そう言うと二人で私の愛車にのって飯屋に向かった。
「中西さん、動画の件なんですか。」
運転中なので気の利いた返事はせず、相手の話しに耳を傾けた。
「中西さん、ゾンビ好きですよね?」
唐突な質問に少し困惑した。
「いつも作業着の下からleft4zombieのロゴがプリントされたシャツ来てるんですぐわかりますよ。」
わかる人にはわかるもんなんだなと少し感心した一方で、恥ずかしさもあった。地面から手が出ている様なロゴなので一見でゾンビ物だとはわからないと思っていた。
「話を戻しますが、後で見てもらう動画多分ゾンビだと思うんですよ。」
「ゾンビなんて空想の産物だろ。」
私はそう言いながらも内心では興奮していた。
「よし、飯屋に着いたぞ。中華でいいよな?」
「ありがとうございます。」
車を止めて降りようとした時、けたたましいプロペラ音が轟いた。
軍のヘリだろうか、そのあたりは私は全然詳しくないので何とも言えなかったが、複数台のヘリが東京の方へ向かっていった。
「ますます、怪しいですね…。」
「ただの暴動の鎮圧だろ、まぁ、それにしては少し物騒だったな。」
そう言いつつ、店の暖簾をくぐった。
店は町中華屋という何相応しい佇まいで、床も例の如く油でよく滑る。テレビは大音量で垂れ流されており、飯を食べながらぼーっと眺めている客も多い。
「好きなの食べな。私はエビチリ定食で。」
「チャーハンとラーメンの大セットでお願いします。」
後輩の注文を聞き、若い時はそれくらい食えたなぁと思いすこし切なくなった。
「中西さん、これが例の動画なんですが」
後輩から見せられた動画には、人らしき大群が見境なく通行人に襲いかかっている映像であった。
「手ブレが酷過ぎてわからんなぁ…。」
撮影者は走りながら撮影したのだろうか、映像が上下左右に激しく揺れておりはっきり言ってマフィア同士の抗争のようにも見えた。
「ちょっと待ってくださいね、このシーンです、このシーン。」
そう言って動画を途中で止め、拡大してそのシーンを見せてきた。
「うーん、噛まれてるけど…。これだけでは…。」
そう私が少し渋っていると、後輩は拡大した部分の映像を流し始めた。
「おいおい、エビチリ食えなくなるよ…。」
そこには人が噛みつかれ、噛みちぎられ、貪られる様が鮮明に映し出されていた。どうやらこの映像はモザイク処理されていない源の動画だった様だ。
「わかった。仮にそいつがゾンビだだったとして、どうしたいんだ?」
後輩に尋ねると、
「特に…。」
と少し目を泳がせながら答えた。
「英雄になんてなれないぞ。日本でゾンビまみれになったら、一般人は戦う術を持たないからな。」
私は後輩の考えを読んで発言した。
「いや…、海外に今のうちから逃げようと思って…。なんかすみません、かっこいいこと言えなくて…。」
後輩は全く違ったことを考えていた様だ。キメ顔で話した内容を思い出し、顔が熱くなった。
「食え食え」
その恥ずかしさから咄嗟に出てきた言葉はこれだった…。
「なんか、すみません…。」
後輩に気を遣わせてしまったようだ。
「まぁ、二、三日すればわかるだろう、その時に考えれば良いよ。ゾンビなんて空想の産物だろうしね。」
後輩は納得した顔はしなかったが、大盛りのチャーハンとラーメンを食べた後はそんなこと考えられる余裕も無くなった様だった。
「さぁ、午後もひと頑張りだな。」
「はい、ごちそうさまでした。」
二人分の食事代を払い、お釣りが来るのを待ってた時ふとテレビに映し出された映像が目に止まった。
「おい、あれ…料理番組でチリソース特集をしている訳じゃないよな…。」
テレビに映し出されていたのは、モザイクによりキラキラと赤く輝く町並みであった。
「中西さん!これでもゾンビじゃないと言えますか?」
銃乱射事件など起こり得ない日本において屍山血河が見られる事といえば通魔が辻斬りがバッタバッタと通行人を斬り倒したって事も考えられるぞと言いたかったが、事前に見せられた映像から考えるとそれこそ無いと反論されることは目に見えている。
私は頑なにゾンビと今回の騒動を結びつけたくない様だ。ゾンビというものはあくまで私にとっては娯楽の一部で命を脅かす様な脅威の対象ではあってはならなという気持ちがあったのであろう。それが現実に現れた場合、私はゲームでゾンビとどう向き合えば良いのかわからなくなりそうで、そうなると、楽しんでいたはずのゲームは自身がどう生き残るかをシュミレートする設備としか見れなくなりそうだからだ。
「…。」
私は沈黙した。肯定とも否定とも取れるような行動に後輩は生唾を飲み決意した。
「おれ、会社行きません…、中西さんも…」
心配そうな顔をしながら決意を言葉にした。私もと提案してくれようとした後輩の優しさを痛いほど感じた。
「なりふり構わず生きることだけ考えろ。他人の心配をするんじゃない。」
私は後輩の優しさを受け取ったことをしっかりと示し、後輩を家まで送り届け、仕事に戻ることにした。
「中西さん、また…。」
またの後の発言はうまく聞き取れなかったが、車の窓越しに私は絶対に死なないよと伝えた。
「これはゲームは少しの間できないな…。」
ゾンビだと頭の片隅にこびりついてしまった疑念は晴れる事なく、ゲームから少し離れることにした。
「Kさんには家に帰ったら、少しの間ゲームから離れるとメッセージ入れておこう…。」
そんな独り言を言いながら職場へ車を走らせた。
職場に戻った後、後輩の件を適当な嘘で固めてグループ長に伝え、有給で全て賄える様にした。まだゾンビだと確証を得られたわけではないので後輩が帰ってきた時に嫌な思いをしない様に…。
それから1週間たったが、会社としては未だ通常運行であり、たびたび流れてくる同じニュースで感覚が麻痺し、不安感が薄らいできた頃合いを見計らったかの様に…、突然政府から緊急事態宣言が出された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます