第11話 奇妙な仕掛け

 しばらく歩いていきようやく森の出口が見えてきた。木々が途切れてその先には平原が広がっている。出口に差しかかったとき鳥獣の鳴き声が聴こえてきた。「チュンチュン」と鳥がせわしなく鳴いているような声が5人の耳に入った。


「鳥の鳴き声がするな……」


 そうつぶやいてポラソルは空を見上げた。青い空には鳥が飛んでおらず、どこからともなくその鳴き声が聴こえてくる。


 森を抜けて平原をすこし行くと、その鳴き声はしだいに大きくなっていった。歩くたびに段々とそれに近づいていく。5人はあちこちと見ながら声の主をさがしていった。鳴き声にまじりバサバサと翼を羽ばたかせる音もする。


 小さな丘を越えるとさらに音は大きくなった。


「おい、あれじゃないのか」


 ピサリーはそう言いながら指を向けた。丘の斜面に鉄の籠が落ちていてその中から鳴き声が聴こえてくる。

 

 5人はそれに近寄った。鉄柵の籠の中に1羽の小鳥がバタバタと翼を羽ばたかせて、そこから出たそうにしていた。30センチ四方の大きさの籠の中で、鳥が狭苦しく翼を休めては飛び休めては飛びを繰り返している。


「なんでこんなところに鳥が捕まっているんだ?」


 嫌な物でも見るようにポラソルは言った。


「助けてやろう」


 そう言いながらヒウガは前におどり出てその籠をつかんだ。しかし、それには鍵がついていて開けることができなかった。


「鍵がついているな……」とつぶやき、ほかになにかないかその籠を持ち上げて見まわした。が、それ以外はなにも見つからず、もとあった場所にもどして息をついた。


 するとミモジが言った。


「妖精の力でなんとか助けてやれないか?」


 そう振られてスタープリルとピサリーは顔を見合わせた。それからスタープリルは「いいわ」と言って杖を籠に向けた。


「ちょっと待て」


 ピサリーは彼女の行動を止めた。スタープリルは言うことを聞いている代わりに矢のような鋭い視線をピサリーに向ける。それに構わず話をつづけた。


「その鳥、誰かが食べるために捕まえているんじゃないのか?」


「たべる?」とミモジが驚き声を上げる。ポラソルとヒウガはお互いに顔を見合わせて目を丸くした。


「ああ、誰かが鳥を捕まえてその籠に入れておいたんだ。それか、鳥を捕まえるための罠をしかけたか」


 ピサリーは斜面に突き刺さるように置かれている籠に目を落とした。


「それが罠だって?」


 ヒウガは鼻で笑うとそのことを訂正しながら聞き返した。


「見たがぎりじゃ、鍵穴以外にはなにもなかった。上下には厚い鉄板がついているし、それを支えるようにして鉄の格子が四方を囲っている。ただそれだけだ……罠だとしてどうやってこの中に鳥が入るんだ」


「そうだよ」とミモジがつづいた。


「食べるためって言ったって、こんな小鳥を食うのか? それに……」


 彼は周囲を見まわして遠くに見える町に目を凝らした。


「クレマティウスの町はまだ遠くにあるし、ほかに家らしきものも見当たらない。食べるためにどこかから買って来たとしても、なんでここに置いておくんだ? まあ、大魔王の影響により鳥獣たちが少なくなって食べ物自体が高騰しているから、ここに隠して置くこともわからんでもないが」


 周囲にはところどころに立っている木々と茂みくらいしかない。クレマティウスの町は小さく映り空気の色に染まって薄く見えている。


「そうよピサリー、何者かが小鳥をこの籠の中に入れてここに置き去りにしたんだわ、きっと」


 スタープリルはふたたび籠に杖を向ける。ピサリーは声を出してまた止めに入った。


「そういえば魔物はどうした? どこにも見当たらないが」


 周囲を見まわしたあとヒウガとミモジに視線を送り目を細める。


 それに気がついてほかの者も周囲を見まわした。その目の先に見えるものはなにもなく風が音を立ててるだけだった。風はときどき強くなったり弱くなったりして、その空間を遊んでいる。


「確かにいないな」


 ポラソルはほっと息をついて空を眺めた。薄青い空にある太陽が傾き、橙をつくりはじめようとしていた。


「どっかに行ったのかなぁ」


 うれしそうにミモジがヒウガと顔を合わせる。

 ヒウガはもう一度周囲を確認してから「そうらしいな」とほほえんで返した。


 籠の中の鳥は疲れたのかさっきから静かにしている。ポラソルは屈みこんでその鳥に目をやった。それからスタープリルを見上げながら言った。


「なあ、とにかく助けてやろうぜ。もうすぐ日も暮れてくるころだ。まわりを見ても誰も来そうにないし、俺もそんなに暇じゃないんでな、早くクレマティウスまで行きたいんだが」

「そうね」


 ポラソルにうながされてスタープリルは籠に杖を向ける。するとミモジが不安そうにたずねた。


「どんな魔法なんだ?」


 スタープリルは相手を見ずに顔を軽く向けてその魔法の説明をした。


「この魔法はレベル8の物体を移動させる魔法よ。対象物を一度消してふたたび違うところに出すの。だから小鳥をこの籠から消してその地面に放つわ。それをおこなうには、いまのわたくしの力では少々お時間が必要になりますの。ですから、すこしお待ちください」


 それから杖の先端に光りをためはじめた。小さな光が吸い込まれるようにして集まっていく。


「時間? そうか」と息をのむようにミモジは返した。


「なあ、聞いていいか」


 ピサリーはヒウガとミモジを冷めた目で見つめる。ふたりはお互いに目配せをすると、ヒウガが答えた。


「なんだ?」

「おまえらが言っていた、その魔物ってどの辺りにいたんだ?」

「どのあたり?」


 ヒウガは首をそのほうへ動かしてそこに人差し指を向けた。


「……あの辺りだ」


 森の切れ間を指し示した。そこは5人が森から出てきた場所を指している。それを見てピサリーは声を低くして言った。


「ふうん、そうなんだ。そこにいるってわかっているのに、なんで剣を取り出して移動しなかったんだ?」


 ピサリーは男たちの腰についている剣に目をやった。男たちはあわてて自分の剣に目を向けた。それからさやに納まっている剣に手をかけて、はっはっはとふたりは笑った。


「いやー俺たち鳥の鳴き声に気を取られてたから忘れていたよ」


 ヒウガは頭の後ろを掻きながらそう答えた。


「そうそう、あまりにおかしなできごとだったから、俺も忘れていた。だって、鳥の声だけ辺りに響いているんだぜ、おかしいだろ」


 そう言ってミモジは鳥が入っている籠に目を向ける。


 ふたりは自分たちの気持ちの緩さにあきれて笑っていた。それに釣られてポラソルも申し訳なさそうな顔を見せながら言った。


「そういえば俺もだ。鳥の鳴き声がするから、ついそのことを忘れていたよ」


 それから「なさけない」とつけくわえて首を左右に振り、お手上げのように両手を開いた。


「あーそうなんだ。あたしはてっきりそこに魔物がいないとわかっていたから、剣を取り出さなかったんだと思ったんだけどな」


 ピサリーの指摘に対して、ヒウガは軽く笑って返した。


「そんなことあるわけないだろう」


 それに合わせてミモジもうんうんとうなずき返す。

 ふーんとピサリーは声だけを返してさらに突っ込んだ質問をした。


「なんであたしたちなんだ? そんなに危険な魔物だったら、一度町に行って冒険者を雇えばいいだろ。あたしたちより強い冒険者はいくらでもいるんだからさ」


「金がなかったんだよ」とミモジがイラついたように声を荒げながら言った。


「だから雇いたくても雇えないんだ。あの魔物から逃げて帰っている途中であんたらを見つけたから、助けてくれって……言わば、俺たちが教えてやったんじゃないか、この先には危険な魔物がいるって。そしたら一緒に行ってくれるって言ったから、その言葉に甘えたんだ。断ってきたら大人しく町に帰っていったさ」


 訴えるような身動きを見せて、その疑問を払いのけるようにまくし立てた。それから「なあ」と隣にいるヒウガを見た。ヒウガはうなずき返し「そうだ」と答えた。


 ミモジの訴えにピサリーはうるさそうに目をそらす。それから目を細めて鋭い視線をふたりに向けた。


「じゃあ……もうあたしたちには用はないだろう。ここにその魔物はいない、あんたたちが行こうとしているクレマティウスの町があそこに見える。だったら早く行けばいいじゃん、あたしたちを置いて。籠の中の鳥なんか無視してさ」


 唖然としたように半開きの口を開けたまま、ふたりは彼女の意見を聞いていた。


「……ひょっとして、あたしたちになにか用でもあるの?」


 そう言いながらピサリーは目を見開いてふたりを脅した。

 

 ひゅうっと冷たい風がとおり抜ける。背中を突くようなピサリーの言葉に対して、ヒウガとミモジは顔を見合わせた。数秒沈黙したあと、ふたりは小さくため息をつきそれから軽く笑った。


 口を結んで微動だにしないピサリーは笑う相手の顔を射るように見つめる。ヒウガは笑い終えると事を分けて話した。


「なあ、俺たちはべつにこのまま帰ってもいいが、なんかその鳥が気になるだろ。ちゃんとそこから助け出されて自由に飛んでいってくれるか。それにあんたらもクレマティウスの町まで行くんだろ? だったら一緒にそこまで行ったほうが安全じゃないか、旅は道連れっていうだろ」


 はあ……とため息をひとつつきつづけた。


「なんでそんなに俺たちを疑うんだ?」


 苦い顔を見せてピサリーの返答を待った。ミモジも固唾をのむように彼女の口元を見張る。


 ピサリーはそっぽをむいて「べつに」と返した。それを聞いてふたりは疲れたように肩の力を落とす。そのとき、スタープリルの杖から光が放たれてその光が鳥を覆った。次に瞬間、パッとその鳥が姿を消して籠の中は空になった。


「きえた!」とポラソルは驚いて目を丸くし辺りをせわしなく見まわす。


 スタープリルは杖を地面に向けて振った。すると、そこに鳥が出現してチュンチュンと鳴いている。それから鳥は翼を広げてそのまま空の彼方へと飛んでいった。


 みんなが鳥を見送ったあと、スタープリルは「行きましょ」と言って歩き出した。


 男たちはどこか安堵の表情を見せて彼女のあとについていった。ピサリーは男たちから目をそらさないようにじっと注意深く見つめていた。不審な行動をとればすぐさま魔法を放てるように杖を握りしめながら。


 男たちは男たちどうしで楽しそうに会話をしていた。魔物のことや鳥籠のことなどを話題にしている。


 こうして何事も起きずにクレマティウスの町まで来た。辺りは日が暮れてすっかり夜になっている。町の門のところで立ち止まると、町の中から人の行き交う音や話し声などの雑音が聞こえてきた。


「やっとついた」


 ほっと疲れたように息をついてポラソルが言うと、ヒウガもミモジも疲れたといった表情をする。


「じゃあ、俺たちはこれで」


 ヒウガはそう言ってミモジと一緒に門の中に入っていった。それを見届けたあとポラソルは妖精たちに礼を述べた。


「世話になったな。またなにかあったらよろしく頼むわ」


 そうして門に入っていき姿を消した。その姿が見えなくなったと同時に、スタープリルはピサリーに不満な顔を浮かべて言った。


「あなたね、お客様に対して失礼な言い方するのを直しなさい。恥をかくのはこっちなんだから。わたくしがどれだけ気を使ったかわかっているの。……まあ、わからないでしょうね、には」


 彼女の顔がしだいにうっすら赤く染まると、ピサリーは息を吸い込み目を丸くして怒声を上げた。


「そっちこそ、あいつらがおかしいと思わなかったのかよ。魔物なんていないし鳥を助け出せってしつこいくらいに言ってくるし。……ああ、そうか。あんたに感じるわけないか、おめでたいだからな」


「なんですって……」


 スタープリルはピサリーをにらみつける。「やんのか」とピサリーも彼女をにらみ返す。


 ふたりは杖を出してお互に向けあう。辺りの雑音が消えるほどのにらみ合いのあと、スタープリルは息を整えて言った。


「あなたとこれ以上いるとおバカになるわ。わたくしはこれで」


 彼女は杖を消して門の中に入っていった。ひとり残ったピサリーは杖を振ってその場から刹那をしようとした。しかし、封じられているため魔法は出なかった。


「まだ封じられているのか、たしか朝までだっけ」


 だからスタープリルのやつはこの町の中に入っていったんだな。とピサリーは思い、自分もこの町にある宿に泊まっていこうと門をくぐろうとした。すると、泊まる金がないことに気がついた。


「あっ」


 ピサリーはそこから振り返って暗闇に向かって声をかけた。


「おーいミレイザ」


 暗闇の向こうからミレイザが駆け寄って来た。ピサリーは左右に視線を向けて誰もいないことを確認する。それからそっと手のひらを差し出す。


「指輪持ってるか?」


 ミレイザはうなずいてその手のひらに指輪を乗せた。


「今日はここに泊まるぞ」


 ミレイザは町の外観を見上げた。アーチ状の門に家の2倍ほどある高さの塀がその町を囲っている。


 ピサリーは彼女がうなずいたのを見て言った。


「じゃあ、ついてきな」


 食事をしようということでいったん酒場に向かった。席に着いてピサリーは適当に注文をする。ミレイザは水でいいと言って注文を終了した。料理があらわれるとピサリーはそれを頬張る。ミレイザは水を飲み干して彼女が食べているのを黙って見ていた。


 鳥肉料理をフォークで突き刺しながら口に運んでいる。ピサリーはミレイザの視線に気がつくと顔をそらして口を動かした。


「どう思う」と唐突にピサリーは聞いた。ミレイザは首をかしげる。


「ずっと見てたんだろ。あたしたちが依頼人なんかを送り届けるところまで」

「ん? うん」

「あいつら、怪しいと思ったか?」


 ミレイザは斜め上を見ながらそのときのできごとを思い返した。うーん、とうなって「わからないわ」と答えた。


「……そうか」

「どうしてそう思うの?」

「いや、なんか怪しかったんだよ。くさいっていうかさ、雰囲気っていうかさ……まあいいや」


 ピサリーはため息交じりにその会話を切った。それから宿に泊まり次の朝を迎えた。

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