第10話 対立する妖精たち
ふたりは森を引き返していった。ふと、ピサリーはミレイザのことを思い出して森のあちこちに目を向けた。すると遠くのほうにある木の陰から黒いものが見え隠れしている。それに気づき目を集中させると、ミレイザが木に隠れてこちらをじっと見ていた。
ピサリーはスタープリルが気づいていないか目をやった。彼女はミレイザに気づかずただ前を歩いていく。しばらく歩きミレイザの姿がはっきりしてくると、ピサリーは手を払って彼女をもっと森の奥へ行くように指示を出した。
ミレイザはこくりとうなずくとそこから森の奥へ入った。ガサガサという音が遠くなっていく。その音に気づきスタープリルは足を止め辺りを見まわした。
「どうした?」
ピサリーが声をかけると、スタープリルは森の中を眺めまわしながら答えた。
「音がしたわ。足音のような音が」
「気のせいだろ」
そう言いながら冷や汗を浮かべ、ミレイザが見えない場所にいるかを確認する。
スタープリルは獣を探るように目を走らせた。それからどんな小さな物音も逃さないように聞き耳を立てる。かすかな空気の音の中に聞こえてくる異音に気を集中させた。
すると後方から音が聞こえてふたりは振り返った。すばやくスタープリルは杖をそこへ向ける。そこには小さく耳の長い鳥獣がいてどこかへ走っていき森の奥へと消えていった。ふたりはそれを見届けて肩の力を落とした。
「鳥獣だったようだな」とピサリーはほっとしたように声を和らげる。
いぶかしい顔を見せてからスタープリルは息をついて「行くわよ」とふたたび歩き出した。
彼女の隙を見せない凛とした背中を見ながらピサリーは考えた。
もし、ミレイザがスタープリルに見つかったら速攻でやられるかもしれない。仮面やフードを被っているからといって、対面すれば疑い深く追及してくるかもしれない。あれこれと質問してきて、ミレイザにぼろを出させる可能性がある。
スタープリルは怪しいと思った人物を見逃さないやつだ。ここは一度ミレイザに注意しておくか。
「なあ」
ピサリーの声にスタープリルはイラつきを見せながら「なに」と返した。
「ちょっと用を足したいから、先に行っててよ」
彼女はなにも返さず疑い深そうに眉間にしわを寄せる。ピサリーはひとつ分高い声を出してつけ加えた。
「どっかへ行ったりしない。あとで追いつくし」
すると足を止めて、ほほえみを見せながらスタープリルは振り返った。
「……ふん、外でするのあなたにお似合いだわ。いいわ、我慢できないんでしょ。ただしもどってこなかったら、ローゼリス先生にあなたを破門させるように言っておくわ」
「好きにしろ」
それからスタープリルはまた前を向いて歩き出した。遠くまで行ったのを見届けてから、ピサリーは道をそれて木々の生い茂る中に入り声をかけた。
「おい、ミレイザ」
その呼びかけに反応して彼女は近寄ってきた。ミレイザはピサリーの目の前にあらわれてそのつづきの言葉を待った。
「これから、スタープリルのやつと一緒に依頼を解決しなきゃいけなくなったから、おまえはバレないようにあたしたちのあとについてこい」
ミレイザはこくりとうなずく。いつまでも目を合わせてくる彼女から顔をそらしてつづけた。
「あのスタープリルってやつにはとくに気をつけろ。あたしより強い魔法を使うしあたしより力がある。腕力とかのな。だからもし、あいつがおまえを見つけて仕留めにきても助けてやれない。いいか?」
ピサリーは横目で探るような視線をミレイザに向けた。彼女はうなずいて「大丈夫」と返した。
ミレイザには決心がついていた。ピサリーの言うことを聞いておけばおのずともとの姿にもどることも早くなるはずだ。と、だからできるかぎり従うようにした。それとピサリーの中に眠る優しさにふれた感覚が残っており、その温かさが彼女を信じてみようという気持ちにさせた。
授業でピサリーが魔物に襲われているとき、飛び出して助けに行こうとしたが、行かなかった。それは自分勝手な考えで彼女を助けたとしても、ほかの妖精たちに自分の姿が見られてしまう。そうなるといままで隠れたりともに戦ったりした彼女との信頼関係も崩してしまう。
彼女の願いを聞くことは自分への信頼を強めてくれる。そう思いミレイザは木の陰から飛び出したくても出なかったのだ。
「そうか、わかった」
納得してピサリーはその場から離れた。彼女の背中が遠ざかっていく。ミレイザはそれから離されないように隠れながらあとを追った。
ピサリーはスタープリルに追いつくと歩調を合わせる。彼女の後ろを歩き、その凛々しい背中から目をそらした。
森を抜けてしばらく歩くとサルビリアの町が見えてきた。門のところまで行くと男がひとり立っていた。門柱に背中をつけて寄りかかり腕を組んで下を向いている。ひょろりとした体に革の鎧を着て剣を腰に下げている。
「あなたが依頼人のポラソルさんですか?」とスタープリルは声をかけて彼の顔を上げさせた。
ポラソルは力なく疲れたような眼差しを彼女に向ける。それからその後ろにいるピサリーに気づいて眩しそうに視線を送った。太陽の光で辺りは白や黄色に光っている。
「ああそうだ。あんたらは?」
「申し遅れました。わたくしはスタープリル。彼女はピサリー。ローゼリス先生からあなたをクレマティウスの町までお送りするようにと仰せつかりましたので」
「えっ? ローゼリスじゃないの?」
「ええ、先生は急用ができましたのでわたくしたちがその代わりをいたします」
ポラソルは交互にふたりを眺めたあと、「証拠は?」と疑い深そうにスタープリルに聞いた。そう言われて彼女はポケットから依頼書を取り出して見せた。
ぼーっとその依頼書を見つめたあと、「なるほど」とつぶやき門柱から背中を離した。彼は背が高く彼女たちを見下ろす。
「あんたらが本物なのはわかった。だが、ちゃんと護衛できるのか? ローゼリスの教え子だろ?」
スタープリルはほほえんで答えた。
「ご心配なさらなくても大丈夫ですわ。わたくしたちにお任せくだされば」
「まあ、ただで護衛してくれるから文句は言わないが……森にいた魔物をやっつけてここに来てるんだろ?」
「ええ」
「じゃあ、行こうか」
3人はクレマティウスに向かうため、サルビリアの森へと歩き出した。
スタープリルが先頭でポラソル、ピサリーの順に並んで歩く。
茂みに隠れているミレイザに気づいて見つかるかもしれないと思いピサリーは苦い顔をする。そのことは彼女以外に気づかれずにみんなは森へと入っていった。
しばらく歩いていくと、進む方向から鉄の鎧を着て剣を腰に下げているふたりの男たちが走ってきた。ひとりはがっしりとした体型をしていて、もうひとりは小太りな体型をしている。彼らはなにかから逃げているような感じで鬼気迫った顔をしていた。
男たちはスタープリルたちを見つけるとあわてて声をかけてきた。
「おい! 助けてくれ」
小太りの男が声を荒げて言った。もうひとりはやってきた方向に目を血走らせながら見ている。スタープリルは彼らを落ち着かせるように冷静にたずねた。
「どうなさいました?」
「ま、魔物が、魔物が……この先にいるんだ」
「まもの?」
それを聞いたとたん、ポラソルは目を丸くして聞き返した。
「魔物だって? この森の魔物を退治したんじゃなかったのか? あんたら」
語気を強めて言い放つと、スタープリルとピサリーを疑うように見つめた。彼女たちは黙ってようすを探っている。
「なあ、あんたたち強そうだから、この先へ行って魔物をやっつけて来てくれないか」
がっしりした男が焦りながらまくし立てると、スタープリルは杖を出して答えた。
「わかりましたわ。わたくしたちがその魔物を退治してきます。それでひとつお聞きしたいことがあります。どんな魔物だったのでしょうか?」
「どんな?」
「ええ、事前情報を入れておけば有効に戦えますので」
「ああ、えっと……」
男は焦っているように汗をかきながら思い出していた。
「そ、そうだ。角を生やした生き物だ。四つ足の獣で岩のように大きな体をしている。爪は鋭くのびていて、牙をむき出しにしてこっちをにらんでいた」
彼はぶるぶると震えながら「たしかそんなやつだった」と言って息をのむ。
怯えているふたりの男を見ながら一度深呼吸をしてスタープリルはうなずいた。
「わかりました。わたくしが見てきます。あなた方はここに残っていてください。ピサリー、このお方がたをお守りして」
ピサリーはうなずくと杖を出した。それを確認してからスタープリルは歩き出す。
すると「ちょっとあんた」と言ってポラソルが彼女の足を止めた。スタープリルは黙って前を向きながら耳を傾ける。
「みんなでそこへ行ったほうが安全じゃないのか? あんたたちの力を信じてないわけじゃないが、魔物がいるんだ。どこからあらわれるかわからないから、一か所に集まって周囲に目をやっていたほうが対応しやすい。どうだ?」
「一か所に、ですか……」と言いならがスタープリルは考えを巡らせた。
木々の陰からその魔物が襲って来るかもしれない。ここが森じゃなく見晴らしのよい平原ならここに彼らを待たせてようすを見に行っても問題ない。
けど、ここは森の中。視界をさえぎるものが多い。だからひとつに固まって行動していくほうが安全なことは間違いない。ピサリーがいるし、ポラソルも依頼者とはいえ剣を備えてある。いざとなったらそれで戦ってくれるはず。どのくらい強い魔物がこの先にいるのかわからない。
もし今日の課外授業で出てきたような魔物だったらピサリーにとっては荷が重い。魔封じの魔法を使えないから依頼者たちを守れないことになる。ポラソルの言うとおりにすれば、わたくしがそれらから彼らを守ることもできる。
そう考え抜いて彼女はポラソルの案を受け入れることにした。
「いいわ、みなさんで一緒にこの森を抜けましょう。では、わたくしのあとについていらしてください」
「ちょっと待てよ」
ピサリーは彼女を呼び止めて、疑うような目つきをしながらやってきたふたり組を見ていた。
「なに、ピサリー」
スタープリルは不貞腐れたように聞いた。それを無視してピサリーは焦りを見せる男たちの顔に鋭い視線を向けながらたずねた。
「おまえら、あたしたちを騙したりしてないよな」
ピサリーの意見に対して男たちは顔を見合わせた。それからがっしりの男が不審に眉を寄せて聞き返す。
「だます? どうして俺たちが」
「前にもあったんだよ。冒険者から一緒に護衛をしてくれと頼まれてさ。受けたら、そいつらは急に襲ってきたんだよ。冒険者と依頼者が手を組んでいてな」
そう言って、目を見開きどうなんだという表情をつくる。するとポラソルが軽く笑いながら否定してきた。
「おいおい、俺も疑っているのか? 前にも言ったとおり、俺はこの森に魔物が出るからあんたらの先生に依頼をお願いしたんだ。それは事実だろ。魔物が実際にあらわれたのはさ。ちょっと考えればわかるはずだ。あんたらによっていつその魔物が退治されるかわからないのに、どうしてこの時間に俺たちがここをとおると思って彼らがやって来るんだ?」
「そんなの、待ち伏せをさせていたに決まっているだろ。この森で」
「ピサリー……」
スタープリルは話に割り込んできた。努めて冷静に、周囲が不愉快な気持ちにならないように言葉をつづけた。
「それが本当か嘘かなんて、わたくしにはわかりませんわ。わたくしたちは依頼人が依頼をして下さるから、その護衛をしているのよ。そして、その道中でたまたま助けを求められたのです。わたくしたちはそれをすなおに受け入れてその魔物を退治しに行けばよいだけですわ。ローゼリス先生がいつもおっしゃっているでしょう、困っている人がいたら迷わず手を差しのべなさいと」
ピサリーは、それを聞いてあきれたように息をひとつつき「おめでたい優等生だな」と返した。
スタープリルは「あ?」と声をもらして不快な表情をみせる。それから気を取り直して聞き返した。
「どういう意味よ」
「そのとおりのい……」
「まあまあ」と言いながらポラソルが両手で引き離すように割って入った。彼女たちは言葉は止めたがにらみ合っている。ため息をついてポラソルはつづけた。
「とにかく一緒にその魔物のところまで行ってみようじゃないか。本当にそこにいるのかどうかを確かめにさ。それからでも遅くはないだろう」
「そうそう」とがっしりの男がそれに乗ってきた。
「あんたたち妖精だろ。魔法が使えるんだよな。だったらそいつで魔物をやっつけることだってできるんだろ。俺たちよりたやすくさ」
スタープリルはピサリーから目をそらして依頼人とふたり組の男たちに目を向けた。
「大変お見苦しいところをお見せして誠にすみません。それではご一緒にまいりましょうか」
冷静になり和やかな笑み見せながら有無を言わさず歩き出した。4人はそのあとについていく。一番後ろにはピサリーがつき、男たちが不審な動きをしないかその隙を逃さないようにした。
しばらくしてポラソルがピサリーに話しかけた。
「ピサリーって言ったっけ……」
ちらりと振り向いて彼女を見てからまた前を向いた。
「あんた初対面の相手に対してずいぶんと口が悪いよな」
ムスッと目を座らせてピサリーはポラソルを見上げる。
「気を悪くしないでくれ、ただ、こういった仕事をするには相手への気配りが大事だと思うんだ。俺が言うのもなんだけど、もうちょっと言葉づかいを気にしたほうがいいぞ」
「よけいなお世話だ」
「はっはっは、なあ、あんたらの先生ってのはどんな教育をしているんだ? 目上に対しての礼儀ってもんは教えてないのかね」
スタープリルはすぐさま冷静な対応を努めた。
「うちのピサリーがご無礼な言い方をして申し訳ありませんわ。ローゼリス先生はそういったことにも厳しくご指導をしてくれます。悪いことをすれば必ずその生徒には罰を与えています。それでわたくしたちはひとつひとつちゃんとした大人に成長していけるのですわ。ですから教育が行き届いていないことはありません……」
それからピサリーのほうに目を向けた。「彼女はまだ勉強不足みたいですので、どうかお許しください」とつなげた。
ポラソルは興味なさそうに「ふうん、そうかい」と話を切って今度はふたりの男のほうに話しかけた。
「あんたたちはなにもんだ? 俺はポラソルっていうもんだが」
「俺はヒウガ」とがっしりした男が答え、「ミモジだ」と小太りの男が答えた。
沈黙に気づいてスタープリルは男たちに自己紹介した。
「わたくしはスタープリル。そっちはピサリー」
そう答えて彼女に目を送ったが、ピサリーは黙ってうなずきもせずにただ前を向いていた。
こうして5人は魔物があらわれたといわれる場所まで歩いていった。道中は何事も起きず男3人が話の輪をつくっていた。なにをしにクレマティウスまで行くのか、仕事はなにをしているのか、そういったたわいもない会話をしながら歩いていた。
これから魔物と戦うかもしれないのにずいぶんと呑気なやつらだ。とピサリーは思った。
本当はそんな魔物なんていないんじゃいのか、と疑いながら前を歩く男たちを見据える。一度騙された経験をすると、こういった場面になれば油断することができなくなる。男たちが嘘をついているのか、それとも本当に魔物がいるのか。
普通なら助けを求めてきたその相手を信じて行動を起こす。しかし、すべては信じられない体になっている。そのためどんな些細なことでもおかしいと思ってしまうのだ。
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