第12話 テストの日

 ピサリーは学園に行くために杖を軽く振ってみる。「使えそうだな」とつぶやき、寝ているミレイザを起こして学園に向かった。そして、いつものようにミレイザを隠れさせてピサリーは授業に出る。


 適当な場所を見つけて座った早々、リタメリーがピサリーに突っかかってきた。


「ピサリー、昨日スタープリルさまにご迷惑をおかけしたんですって」


 リタメリーの後ろで不服そうに腕を組んで突っ立っているスタープリルは、昨日のことで大恥をかいたと感じ、いつもよりご機嫌斜めだった。


「かけてねーよ」

「嘘よ。謝りなさい。いますぐに」

「なんでだよ」

「もとはあなたがスタープリルさまを昨日の課外授業で困らせたんでしょ」

「そいつが魔物をわざと操って吹っかけてきたんだろ。あたしはその仕返しをしてやっただけだ」

「スタープリルさまは間違ったって言っていたじゃない」

「どうせ嘘だろ」

「嘘はあなたよ!」


 そう言いながらリタメリーはピサリーの腕をつかんだ。その手を振り払っても、羽交い絞めをかけられてむりやり立たされた。歯を喰いしばりながらピサリーは暴れるが振り払うことができない。


 スタープリルはゆっくりとピサリーの目の前に来て、黙って杖を出しそれを彼女の顔に向けた。杖の先に光りが集まっていく。ピサリーはそれを見て眩しそうに目を背けた。


「あなたはまだ自分の立場がわかっていないようね」


 やわらかい物言いをしながらスタープリルはつづける。


「わたくしに歯向かったらどうなるか、思い知らせてあげる」


 目を見開きながら彼女は杖に力を込めた。すると光が大きくなりはじめ輝きを増していく。ピサリーはふたたび体を押さえつけているリタメリーを振り払おうとしたが、ビクともしなかった。


 ピサリーは顔を背けて眩しさをこらえながら言った。


「優等生がそんなことをしていいと思ってんのかよ」

「いいえ、わたくしだから許されるの。この魔法、昨日見てたからわかるわよね。あなたをここから消してどこか遠いところへ送ってやるわ」


「なにをしているのです」


 ローゼリスの声が響いた。いぶかしい顔を見せ彼女たちを眺める。スタープリルは魔法をやめて振り返り笑顔を見せて答えた。


「あの、ピサリーの制服が汚れていましたので、浄化できれいにさせてあげたいと思いましたので、つい」


 ローゼリスはその後ろにいるピサリーたちに目をやった。リタメリーが「汚れているわよ」と言いながら彼女の背中をパタパタと軽く叩いた。


「いいですか、わたしの許可がないかぎりどんな理由でもこの学園では魔法は禁止です。わかりましたか」


 念を押すように注意するとスタープリルは悪びれるようすもなく、言葉だけを返した。

 

「はい、すみませんでした」

「授業をはじめますよ。席に着いてください」


 生徒たちはいつもと同じ場所に座りローゼリスを半円状に囲う。


 スタープリルは去り際に「命拾いしたわね」と言い残して、あはははと笑って指定席に向かった。ピサリーはその遠ざかる背中をにらみながらその場に座った。


「今日はテストをおこないます」


 ローゼリスがそう言ったとたんに生徒それぞれからうれしそうな声がもれた。が、ピサリーは苦い顔をして目をそらした。


「このテストでみなさんのレベルを1段上げてもらいます」


 レベル上げはその生徒に見合ったテストをおこなうことになっている。よりレベルが高い魔法を使えるようになるにはそれなりにテストは難しく高度になる。ローゼリスはテストをするとき、ひとりひとり条件にあったものを用意してそれの問題を解かせるようにしている。


「行きますよ」


 そう言ってローゼリスは杖を振った。するとその場から全員が姿を消した。ミレイザはそれに驚いて辺りを見まわしたが、丘にある草原が風になびいているだけだった。


「どこに行ったの?」


 テストをおこなうときはその場から消えてべつの場所に移動する。実際にはどこにも移動していなくて、ローゼリスとひとりの生徒だけになる。ほかもその状態になり個人授業のようにテストを受けるようになっている。


 ローゼリスはピサリーに近寄ってきた。ピサリーはため息をついてただ座っている。ひゅいっと杖を振って彼女を強制的に立たせた。


「それじゃあピサリー、テストをしに行きますよ」


 杖をふたたび振り場所を変えた。そこは色とりどりの花が咲いている花壇のある場所だった。


 その周りには平原以外になにもなく地平線が見える。ローゼリスはたくさん咲いている花のひとつに杖を向けた。


「ピサリー、この花の名前は?」


 ピサリーはその花に目をやった。それは赤く小さい鈴のような物がいくつも垂れ下がっているのを指していた。


「わかりません」

「ゾッカルティーです」


 それから杖を適当な花に向けながら「そこに咲いているのはザナブシウ、あそこに咲いているのはマレザミュルチ」と言ってからピサリーに向き直った。


 気分が悪そうにピサリーは顔を背ける。


「授業でやっていますよ、覚えておいてくださいね。これからピサリーにはレベル3の魔法を覚えるために、この中のどれかひとつの花を食べていただきます」


「食べる?」


「ええ、あなたは気がついていないかもしれませんが、ここにある花はみな毒を持っています。食べると呼吸困難や嘔吐などを引き起こし死を招きます」


「なんでそんなことを」


「レベル3の魔法は毒消しと噴水になります。以前にレベル1のテストをしたからわかっていると思いますが、わたしの指定したテストに合格すればもうひとつのほうは自動的に使えるようになります。それはどちらかといえば合格しがたいほうを選んでいるからです」


「うん、それで、食べたらどうするんだ」


「杖を自分に向けて浄化の魔法を使うのです。より強い浄化の魔法を放ちつづけるのです。苦しくてもその集中は切らさないように」


「浄化を使えばいいんだな」


「ええ、もし苦しくてむりだと思ったら手をあげてください。苦しすぎて声が出せなくなりますから。わたしも注意をして見守っていますので不安がらずにおこなってください」


「わかった」

「では、はじめてください」


 ローゼリスは花に手を向けてうながす。


 ピサリーはため息をついて目の前にある花を摘み取りそのまま口に入れた。苦い表情で口を動かし飲み込むと杖を出して自分の体に向ける。最初はなにごとも起きずにただ立っていた。浄化の魔法はまだ使っていない。


 あくびをしながら待ちつづけること数時間、ピサリーは腹痛を感じはじめた。それからしだいに大粒の汗を出してその場にうずくまり、片手を地面についてもがき苦しみだした。


 ピサリーは吐き気を感じ震える手で口を押えた。杖を握っているほうの手も震えながら動かして自分の体に当てる。それから集中して浄化をはじめた。だが、苦しみのあまり集中が途切れてしまう。心臓が激しく打ち、息苦しく呼吸困難になっていく。全身から冷たい汗が噴き出して、空気のとても薄い場所で息をしている感じに吸っても吸っても体に入ってこない。全身が熱をおびて痺れてきている。


 ローゼリスは杖を出してピサリーに向けた。注意深くその生死の狭間を見極めながらようすを見ている。


「ピサリー、集中するのです」


 ローゼリスが声をかけるが、ピサリーには水の中に頭を入れたみたいにぼんやりと聞こえて、耳がそれを聞こうとしていない。聞こえてきたのは、あはははというスタープリルの笑い声だった。


 ピサリーは歯を喰いしばり膝をつきながら体を起こすと、胃から胸にこみあげてくるものを抑えながら震える杖を自分に向けて集中した。


 目が座り一点を見ている。浄化がはじまり震えが収まっていく、体の痺れはなくなり気持ち悪さが消えていく。しだいに息が落ちつきはじめて腹痛が和らいでいき熱が下がった。


 軽くなった体には風が冷たく吹き抜ける。ピサリーはほっと息をつき口から多少あふれた唾液を手の甲で拭い立ち上がった。


「合格です」


 ローゼリスは杖をピサリーに向けて振り彼女をもとの場所にもどした。


 場所が変わるといつもの授業する場所に立っていて、そこにはすでにほかの生徒たちが集まっていた。ローゼリスもすでにいてピサリーを見ている。


「ピサリー、席に着いてください」


 疲れたようにピサリーは適当な場所に腰を下ろした。


「みなさんお疲れさまでした。全員が合格しましたので今日の授業はこれまでにします。解散」


 生徒たちは疲れよりもよろこびのほうが勝っていた。みなうれしそうにお互いを褒め称える。ピサリーはそんな光景を見ながら、うらやましく思うと同時に彼女たちに追いつけないという苛立たしさを感じた。


 そうして、それぞれがその場から帰っていった。


「ピサリー」


 ローゼリスが呼ぶとピサリーは眠そうな目を彼女に向けた。


「あなたはまだメーティリアの泉の浄化を終えていませんね。今日中にお願いしますよ。それを終えれば自動的に料理の魔法はもどるようにしてあります。わかりましたね」


 そう言い終えると、有無を言わさずにその場から姿を消した。残されたピサリーは深いため息をついてメーティリアの泉へと歩き出した。誰もいなくなったことを確認してミレイザはピサリーに駆け寄る。


 メーティリアの泉に着いてさっそくピサリーはその泉の浄化をはじめた。濁った水がしだいに透明になっていった。あくびをしながらその作業をおこなっているピサリーの姿を、ぼーっとミレイザは眺めていた。


 あらかた浄化し終わるとピサリーは屈んでその水を飲んでみた。「まあいいだろ」とつぶやいて立ち上がる。それからその辺に落ちているナツミルに杖を振ってみる。すると、ナツミルはパンケーキに姿を変えた。現物の量によって大きさが決まっているため、物が数個程度だと手のひらサイズくらいのものにしかならない。


 ピサリーはそのパンケーキを拾い上げた。


「ナツミル入りのパンケーキだ。食べるか?」


 ふわりとしたこげ茶色の物をミレイザに差し出すが彼女は首を横に振り断った。ピサリーはパンケーキを頬張りながら歩き出す。すると苦味がひどく彼女は苦い表情をした。


「あたし、テストで疲れたから今日はもう宿屋で寝る。おまえは……どうする?」


 ピサリーは振り向いてミレイザにうかがった。


「わたし?」

「ああ」


 ミレイザが意見を言わずに黙っていると、ピサリーはなにかを察してうなずいた。


「ああ、なるほど。ただ待っているのも退屈だって言いたいんだろ。いいよ、その指輪の金を使ってもさ」


 ピサリーは彼女の持っている指輪に視線を落とした。ミレイザも自分の手のひらにある指輪を眺めた。


「それで、うまいもの……そうか、食欲ってのがないんだっけ。うーん、服でも見てきたらどうだ。あたしは興味ないからそういった店に入ったことないけどさ」


 ミレイザは自分の着ている服を見まわした。切り刻まれている服が風に吹かれ力なく揺れている。


「とりあえず、宿屋に行くぞ」


 気だるそうに言うとピサリーは杖を振った。とたんにダリティア城下町にある宿屋の前に来た。人々の声があちこちから聞こえてくる。ふたりはいったん宿屋に入り用を済ませてから、ミレイザだけ宿屋の外に出た。


 町の人たちがとおり過ぎていく。どこかの店に入っていく者。会話をしながら歩いている婦人たち。衛兵の見回り。


 その往来を気にしながら、ピサリーから渡された指輪をはめてみる。


 指輪は伸縮自在の特殊な金属で出来ているため、どの指の太さでも違和感なくとおるようになっている。初めてはめるその指輪を不思議そうに眺めたりしながら、ミレイザは適当に町の中を歩いてみた。


 人々はとくにミレイザの格好を気にはしなかった。どこか遠くに出かけたりするときや身分を隠すために、仮面をつけたりしていることもあるため当たり前のものとなっている。


 こうして歩くのは久しぶりの感じがした。服を店の窓からのぞいたり本屋に行って本を眺めたり。お小遣いを持ちながらひとりで楽しんでいたときのことを思い出した。


 遠くを見れば再建中の建物があったり、新聞社などもあった。とおりには果物屋や雑貨店などが並んでいる。そこの店員はお客と楽しそうに会話をしていた。


 ミレイザは果物を売っている女性の店員を眺めた。その細身の女性の隣には目を座らせてムスッとしている女の子が立っていた。それはミレイザが幼いとき、母親と一緒に店の前に立ってその仕事を見せられているのと同じ光景だった。


 むりやり手伝わされていたのだ。将来なにになるかわからないから、いまのうちにこういったこともできるようにと店番のやり方を教わっていた。あんな風に立たされて「まずは見てなさい」と母親に言われて何時間もその場に立たされていた。足が痛くなり地面の出っ張りに座ったりすると「疲れても座っちゃダメ」と叱られる。


 そんな昔のことを思い出しながら町の中央にある噴水広場に来た。そこに秋風が吹いて落ち葉が軽やかに舞う。近くの長椅子に座りそこで楽しそうに遊んでいる子どもたちを眺めていると、「ちょっとあなた」と声をかけてきた人物がいた。

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