第7話 薄霧での襲撃

 街灯のある噴水広場に桃色のローブを羽織っている女性が立っていた。フードを被り、白く薄手の羽衣をローブからのぞかせている。


「あの、依頼人のリスミィさんですか? 俺はアデグという者ですが……」


 アデグが聞くとリスミィはこくりとうなずいた。彼はどこかほっとしたように肩の力を落とした。それから「そうですか」と返し、アデグはピサリーとミレイザの紹介もした。お互いによそよそしくあいさつを交わす。


 リスミィは恥ずかしそうに自分の手を組んで寒そうにさすった。その袖からひらりとのぞかせる手首は華奢な印象で、少しうつむきながら前屈みになっている。


「では、参りましょうか」


 こうして、アデグを先頭にリスミィ、ピサリー、ミレイザの並びで道を進んでいった。


 門を出るとアデグは指輪から灯し花を一凛取り出して空中に放った。とたんにその一帯は明るくなる。灯し花は使用した本人のあとについていき、一定時間過ぎるか異なる強い光りに一定時間照らされれば自然と消える。


 ダリティアを離れて広い平原に来た。辺りは薄い霧がかかり木がまばらに生えている。空に明かりはなく黒い雲が覆っていた。


 前を歩くアデグはあちこちと首を左右に動かして警戒している。ときどき狂獣の鳴き声やうなり声が聞こえてくると、背中に手をまわして大剣を取り出すような仕草を見せる。静か過ぎて張り詰める空気のなか、アデグはリスミィに声をかけた。


「リスミィさんはリンディの町になにをなさいにいくのですか?」


 急な質問にどう返答していいのかわからず、リスミィはもじもじと手をさする。それから小さな声で答えた。


「買い物を少々」

「へぇー買い物ですか、あの町は珍しい物が売っていますからね。出た目によって奇跡的なことが起こるとされる奇跡のサイコロ。声色を変えられるあめ玉。ふれるたびに服装が変わる銀のペンダントなど、リスミィさんはリンディの町にははじめていくのですか?」


「はい」と答えてリスミィは下を向いた。


 なにもない平原を進んでいくとせせらぎが聞こえてきた。暗闇の向こうにうっすらと川が見える。石造りの橋がかけられて、その下には広い川が流れている。暗闇のなかに浮かぶ漆黒のような川がアデグたちを出迎えた。


 すると突然リスミィが苦しみ出してうずくまった。「うう……」とうめきながら胸を両手で押さえている。アデグとピサリーは目を合わせた。ミレイザは彼女の背中を不安そうに見つめている。


「どうしました?」


 そう言いながらアデグはリスミィに近づいた。ピサリーとミレイザも彼女に近づく。アデグは屈みこんでリスミィの背中に手を乗せた。ピサリーもため息をついて屈んだ。それから彼女の顔をさぐるようにのぞき込む。その顔は目を閉じて歯を噛みしめていた。


「大丈夫か?」とピサリーも声をかけた。


「ええ」とリスミィは答えながら膝をつき片手を地面について、もう片方の手で自分の首を押さえはじめた。さらにううっとうめいて苦しみ出す。


「おい、なにか回復薬とか持ってないのか?」


 ピサリーはアデグに言った。彼は指輪に入っている道具リストを出し回復薬を吟味しはじめた。しばらくようすを見ていたが、待ちくたびれたピサリーは杖を出してリスミィに向けた。


「あたしが治してやるよ。おい女、腹を見せろ」


 リスミィはそれに応えず、ただうめきながら下を向いている。


「あった、これでいいんじゃないか」


 アデグが言うとピサリーは「治せそうなやつがあったのか?」と顔を上げた。


 その瞬間、リスミィはピサリーに飛びかかり両手で首を絞め上げた。とたんに息ができなくなり、ピサリーは目を見開きながら首を絞めつけている手を引き離そうと両手でそれをつかんだ。爪が食い込むほどに力を入れているが引き離せない。


 ピサリーが下になりリスミィが上に乗っかる体勢になっている。

 憎らしそうにピサリーはリスミィの顔を見た。


 逆光で顔半分は影になっている。もう片方の顔からは目を細めて三日月のように口のはしをつり上げながら、狂気に満ちた笑みを向けていた。


「ピサリー!」


 ミレイザはわけもわからずピサリーからリスミィを離そうと飛びつこうとした。するとアデグが前に割り込んできて、彼の背中にミレイザはぶつかりそのまま跳ね返った。その背中は肩を上下に動かして笑っている。それからゆっくりとミレイザのほうへ振り返った。


「悪いが、こっから先はいかせねぇ」


 アデグは大剣を取り出してミレイザに向けた。ミレイザはその圧力にあとずさりをする。


「どうしたの? なんでこんなことを」


 ふふふと笑ってアデグは答えた。


「なんで? 金だよ。大金を持っているレベルの低そうなガキがいるんだぜ。町でゾンビ退治をして、そのあと女王さまからもらったんだろ? だったら、そいつを狙わない手はない」


「そんな……じゃあ、わたしたちを最初からだますつもりで」


「そういうこと、そこにいる依頼人とはもとから手を組んでいたってわけさ。ゾンビ程度を倒して1万リボンは滅多にない。いや、そんなことは一度もなかったな。まあ、大魔王を葬って平和になった証拠だろう」


 ふふふとふたたび笑った。ミレイザは銀色に光る剣と彼の威圧に押されてゆっくりと後退する。するとなにかが足に当たり、見てみると木の枝が落ちていた。ミレイザはそれを拾い上げて両手で握った。


「本当はそこの妖精ちゃんだけをやる予定だったが、お友達連れだったとは知らなかった。あのときはしかたなく同行させてやったんだ。つまり、あんたに悪気はねぇが、ここで死んでもらう」


 じりじりとアデグが詰め寄ってくる。そのたびにミレイザは後退する。


 ピサリーは目だけを横に向けてミレイザのほうを見た。アデグの背中の先にミレイザが木の枝を持って身構えている姿が見え隠れしている。


 かかかと笑い、目を見開き欲望のうずまいたような顔をリスミィは向けている。


 首を絞める力が段々と強くなっているのに気がつき、このままでは絞殺されると思ったピサリーは片手を離しすばやく杖を出した。それからその杖先をリスミィの体に押し当てて火の玉を放った。


 リスミィはその熱さと圧力によって吹き飛んだ。

 ピサリーはがはっがはっと息をはき、片手で首をさすりながら立ち上がる。


 彼女たちの争いに反応してアデグは振り向いた。その瞬間を狙ってミレイザは木の枝をアデグの体に振り当てた。ように見えたが剣でそれを防いでいた。その剣は厚くところどころ鈍色を見せている。


 ふんっとアデグは剣をなぎ払った。ミレイザは吹き飛ばされて地面に尻もちをつく。それからすばやく立ち上がり木の枝を握り直した。


 リスミィは転がり体についた火を消したあと、立ち上がって燃えたローブを脱ぎ捨てた。


「なかなかやるじゃないか」


 リスミィはそう言って怪しく舌なめずりをしながら短剣を取り出した。

 ピサリーは杖を構えて憎たらしそうに言葉を返す。


「まさか、あんたらがだましてくるとは思わなかったよ。あたしの持っている金に目がくらんだ。そんなところだろ」

「おや、よくわかったねぇ、ほめてやるよ」

「盗賊野郎にほめられてもうれしくねぇんだよ。それより、それを見抜けなかったあたしが悪いんだ」

「悔しがるがいいさ、いまのうちにねぇ。どうせあんたたちはここで死ぬんだからさぁ」


 隙のないようにリスミィは身構えている。ピサリーが動けば相手もそれに合わせて動く。鏡のようにそこから移動させないようにしていた。


 ピサリーはちらりとアデグの持っている武器を見た。


 ゾンビの体とはいえあんな大剣で切られたらひとたまりもない。簡単に真っ二つになる。ミレイザは使い道があるからここで死なせるわけにはいかない。そのためにはまずこの目の前にいるやつを倒さないといけない。


 さっきの魔法をじかにくらっても平気でいるからな、一筋縄ではいかなそうだ。相手のレベルがどのくらいかわからないが、たぶんあたしより上だろう。とそんなことを考えながらピサリーは杖を強く握りしめる。


 ミレイザはどうやってこの場を切り抜けるか考えていた。目の前にはどうやったって勝てそうもない手練れの冒険者がいる。持っている棒っ切れで思いきり相手の体や顔を殴りつけたとしても、傷すらつかない。アデグの立っている先にピサリーとリスミィが向かい合っている。


 わたしは、このゾンビになった体を治してくれるゆいいつの存在、ピサリーを失うわけにはいかない。なんとか助けにいかないと。そのためにはこの目の前にいる男をどうにかしないといけない。そんなことを考えながら、ミレイザはなにか方法はないかと目をあちこちと動かす。


 どっと、足音を立てながらアデグは走ってきて剣を振り下ろしてきた。ミレイザは横に避けて木の枝を相手の足に叩きつける。アデグはなにも感じずそのまま剣を横へなぎ払う。ミレイザはとっさに後ろへ飛び退く。剣の切っ先が彼女の服を切り裂いた。


 どうにかしてピサリーに近寄って、ふたりで彼女をやったほうが倒せる可能性があるとミレイザは思った。アデグに注意しながらピサリーの姿を目で追う。


 ふっとリスミィは目の前から消えた。ピサリーは首をあちこち動かしてその鬼気迫った気配をさぐった。とたんにピサリーの顔辺りに膝を曲げたリスミィの両足があらわれて彼女の両肩を押し倒した。


 受け身を取ることができずに背中から倒れて一瞬息が止まる。リスミィはそのまま短剣を両手で握りしめて、ピサリーの脳天に突き刺そうと腕を高々と上げた。


 それを見て目を丸くしたミレイザは、アデグに木の枝を投げつけるとピサリーのもとへ走り出した。アデグの横を抜ける。その瞬間、腕に傷を負った。それを無視して飛びつくようにリスミィに体当たりをして彼女を吹き飛ばした。


「ミレイザ」


 ピサリーはそう言うとどこか痛そうに顔をゆがめた。


「立って」と言いながらミレイザは手をピサリーに差し出した。彼女はそれをつかみ立ち上がる。


 ふたりは背中合わせをして身構えた。ミレイザはピサリーの脈打つ速い鼓動が背中を通して体に伝わってくる。いっぽうピサリーはとても静かで鼓動が聞こえないミレイザの冷たい背中を感じた。

 

「おい」とピサリーは小声でミレイザに話しかけた。


「魔法であたしたちの体を透明にする。そのあと、おまえはここから離れていろ。いいな」


 それを聞いてミレイザは首を横に振った。しぶい表情をしてピサリーはつづける。


「おまえも戦うってのか?」


 ミレイザはこくりとうなずいた。


「なにをごちゃごちゃ言ってるんだ」


 相談を切り裂くようにアデグが剣を振り上げながら襲ってきた。さらにリスミィは起き上がりふたりに短剣を突き刺すように飛びかかってくる。


 ピサリーは透明の魔法をすばやくミレイザと自分にかけた。ふたりの体は透明になる。


「離れろ!」


 ピサリーのかけ声でふたりは離れた。


 アデグとリスミィの攻撃が空を切るとふたりはよろけて踏み留まり、それから辺りをきょろきょろと見まわした。


「どこ行きやがった」


 ぎらついた目を見せながら、アデグはあちこちとピサリーたちをさがす。


 ピサリーはどこにもいかず、アデグの顔面まじかに杖を向けていた。そしてそのまま火の玉を放つと彼の顔は燃え上がり吹き飛ばされた。アデグはぐうっとうめいて、自分の焼かれた顔を両手で押さえながらのたうちまわる。


 その光景にリスミィは怯んでいたが、すぐに気を取り直して辺りを警戒した。ピサリーたちが近くにいないか短剣を振りまわしている。その空を切る音だけが辺りに響いた。


 体は透明でも杖は透明でないため、ピサリーは魔法を使い終わるたびに杖を消していた。


 そうして、すばやくリスミィに近づき至近距離から背中に向けて火の玉を放とうとした。そのとき、アデグが威嚇めいたうめき声を上げ、赤く光っているところへ剣を振り上げながら襲ってきた。


 リスミィはそれに気がつくと振り返り「そこか!」と言いながら、短剣を振り下ろした。ピサリーは構わずに魔法を放つ。火の玉はリスミィの腹に当たったが、短剣はピサリーの肩をかすりそこから血をにじませた。


 それを見たミレイザは目を見開いてリスミィに体当たりをくらわした。彼女は声を出す間もなく吹き飛ばされて川に落ちていった。

 

 ミレイザは自分の中に不思議と力が湧いてくるのを感じていた。


 半分ゾンビ脳に支配されている脳が普通の脳と化学反応起こし、通常よりも力やすばやさが上がりはじめる。それはピサリーが危機的状況になっているのを目の当たりにしたときに、湧き出てくるものだった。


 アデグはリスミィが立っていた辺りに剣を振り下ろそうとしていた。


 ピサリーは氷のつぶてを放った。アデグの体に氷の破片が突き刺さり切り刻まれていく。それに身を怯ませて体をよろめかせた。その瞬間を狙ってミレイザは手のひらで彼の体を川のほうへ押した。が、彼女の予想とは違ってその体は吹き飛んでしまった。


 しばらくして川に叩きつけらる音が辺りをこだました。


 灯し花が消えてとたんにその場が暗くなる。ざわめいていた音が静かになり川の音がより大きく聴こえてくる。そんな闇に向かってピサリーは声を発した。


「おい、そこにいるか?」

「ええ」

「透明の魔法を解くからそこにいろ」


 ピサリーは杖を振ってふたりの体をもとにもどした。それから買い置きしておいた灯し花を取り出してその場を光らせた。


「ケガはしてないか?」


 そう言ってピサリーは杖を向けた。ミレイザは自分の体を見まわして「ええ」と答える。


 彼女の返答にうなずくと、ピサリーは肩の痛みに目を向けた。そこから血がどくどくと出ている。ぐっと八重歯を見せながら顔をゆがめた。それから回復魔法を使い肩の傷を治した。


「今日はもう遅いから、リンディの町へ行ってそこの宿に泊まるぞ」


 ピサリーは疲れたように言うと歩き出した。


 ミレイザはその去っていく背中に感謝の気持ちを伝えようとしたが黙ることにした。声が出ないわけではなく、恥ずかしさがそこに存在してその気持ちを止めていた。


 いつもそうやって黙ってしまう。自分の気持ちを押し殺してすなおになれない。彼女はそうやって幾度と自分のもとから去っていく友人や知人の背中を見てきた。


 ふと、ピサリーは振り返りミレイザがついてきていないのを見て声をかけた。


「どうした? 置いていくぞ」


 ミレイザはそれに応えるため歩き出す。


 橋を渡った近くにリンディの町がある。アーチ状の門があり周辺は塀で囲まれている。人々の姿は数えるほどで、街灯は霧で薄気味悪く静かに光っている。宿の看板を見つけて中に入ると橙の明かりが室内を灯していた。男の店番がカウンターにいて本を読み退屈そうにしている。


 ピサリーたちが入ってくると人が変わったように明るく対応してきた。


「いらっしゃいませ、おふたりさまでひと晩30リボンになります」と言いながら、ボタンを押して表を見せてきた。そこには開いている部屋番号が表示されている。ピサリーは適当な部屋を選び指でそこを押した。すると指輪から料金が抜き取られて宿に支払われた。


「毎度ありがとうございます。それではごゆっくりしていってください」


 彼の言葉をあとにしてピサリーたちは自分たちの部屋に向かった。


 部屋に入ったとたん「あたしからミユウあびさせてもらうぞ」とミレイザの返答も待たずにピサリーは浴室に入っていった。


 ミレイザはベッドがふたつある一方に座り部屋のようすを見まわした。タンスや机が置かれている。窓は真っ暗な色を見せていた。


 室内の明かりと温かさにほっとすると、さっきのことを思い返す。盗賊たちに襲われたこと。不思議な力が湧いてきて、アデグの巨体を吹き飛ばしたこと。そんなことがあったのにもかかわらず体は疲れていない。それに恐れていない。


 いつもだったら、こんな怖い目にあえばずっと体が震えていて、その場から動けなくなるのに、いまはとても落ち着いている。わたしの体の中でなにが起こっているの? と自分の手のひらを見ながらミレイザはごくりと唾を飲んだ。


 浴室が開いてピサリーが出てきた。備えつけのバスローブを着て手には制服を抱えるように乗せている。「入っていいぞ」そう言いながら制服をベッドの上に広げて杖を出した。それから杖を制服に向けてなでるように振っていく。すると制服の汚れが消えていった。


 ピサリーはあくびをしながらその作業をしていく。ミレイザがその行動を不思議そうに見ているのに気づき、彼女は自分の行動を説明した。


「浄化の魔法だ。服が汚れたんでな、こうやってきれいにしているんだ。ただ、切られたところは修復できないがな」


 それからピサリーはミレイザのほうを向いた。


「おまえのもあとでやっといてやる」


 ミレイザはピサリーの中にある優しさをちょっぴり感じて、ぼーっとその行動を眺めていた。


「どうした? ミユウをあびないのか……ああ、そういうことか。浄化で体もきれいにすればミユウをあびなくてもいいだろと思っているんだろ? 一応できなくもないが、魔法も無限じゃないんでな、いまのあたしの魔法は空に近いんだよ、いったん休まないと」

 

「だから入ってきな」とピサリーは眠そうに言う。


 ミレイザは浴室へ向かった。服を脱ぐと痛々しい体があらわになる。全身が血の気がないように薄青い、ところどころ青黒くなっていたり腫れたように赤くなっている。鏡に映る自分の全体像を見ると、化け物がそこに立っているように見える。自分だが他人の顔を被っているような錯覚さえ感じる。


 傷っぽいところにふれてみると痛みは感じない。それはまるで皮膚がそういった模様を体全体に施しているだけみたいな。見た目は痛々しく見えるが、体は正常というかそれ以上の体調のよさを感じている。


 腕のところに傷がある。アデグの大剣で切られた箇所。そこは多少の血が流れてそれが乾いたあとがある。切られたあとは残っているが傷はふさがっていた。ミレイザはこれがいまの自分なんだと納得して自分の体を確認するのをやめた。それからその汚れた体を洗い流そうとミユウをあびるのだった。


 ミユウをあびるための内装は人が3人ほどは入れるほどの正方形をしている。白い石で囲ったその部屋にはボタンがついており、それを押せば上から浄化の混じった水が雨のように降ってくる。


 ボタンはいくつかに分かれて冷たさ温かさ、水の勢いなどが設定できる仕組みになっている。


 体の汚れとにおいを消す浄化の水をあびたが、その皮膚についている色を消すことはできなかった。


 ふと、火の玉を背中に受けたことを思い出した。威力によって吹き飛ばされたが熱くはなかったのだ。鏡に背中を向ける。それが正常なのか火傷を負っているのかわからないが、青黒い皮膚がそこにあるだけだった。


 熱の痛みを感じないということは逆に冷たさも感じなのではと思い、ミレイザは自分の体で実験を試みた。


 ミユウを熱くしたり冷たくしたりして体の感覚を正確にさぐる。お湯の熱さとか水の冷たさは多少感じるが、極度に熱いものや氷のように冷たいものは感じないようにできている。半分正常である脳が肌に感じる熱という面影を残している。だから、夏の暑い時期でも春の陽気に感じ、冬の寒い時期も秋の涼しい感じにしかならないのでは。


 ミレイザはそんなことを考えながらミユウを止めた。


 浴室を出て脱いだものを拾い上げるとその服はきれいになっていた。ところどころ切れていたりしているが、土や血の汚れなどは消えていた。ミレイザがミユウをあびているときにピサリーが彼女の服をきれいにしていたのだ。


 ピサリー……。ゾンビになってからほほえむのをミレイザははじめて見せた。


 ベッドまでもどるとピサリーは寝ていた。あどけない少女の寝顔を見せている。


 ミレイザもベッドに横になった。目を閉じてみるけど眠くはない。このままずっと起きていれるほどの目のさえようだった。でも、むりやり眠ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る