第6話 冒険者からの誘い

 町は淡い橙色の光を放ち賑わっている。その光景を見てミレイザは顔を下に向けながら目をあちこちと忙しなく動かした。


 フードを被り仮面をしていたとしても、いつ自分の正体がほかに知れてしまうか落ち着かないでいた。みんな自分を見てくる。そんなありえないことを考えながらミレイザはピサリーのあとについていった。


 酒場に来て中に入り窓ぎわのテーブル席にふたりは座った。

 店では冒険者や旅人などがテーブルに備えてある椅子に座って酒を飲んだり食事をしている。そこから楽しそうな話し声が店内を行き交っていた。


 ピサリーはテーブルについてあるメニューのボタンを押した。するとさまざまな食べ物や飲み物などが載ったメニュー表が映し出される。ピサリーは適当にメニューを選ぶとミレイザにたずねた。


「おまえは水が飲みたいんだよな? ほかはいらないのか?」


「ええ」とミレイザは下を向いたまま返事をした。ピサリーは水を選び注文を終了させる。とたんに指輪から金が抜き取られて料理がテーブルの上にあらわれた。


 メイドの仕事は料理を持ってきたりするのではなく、初めて来客した人に対しての説明や客が帰ったあとの椅子やテーブルの清掃などをする。客は店に入り開いているテーブルにつけば、そこですべてのやり取りができる仕組みになっている。

 

 ピサリーの前にはケーキと紅茶。ミレイザの前には水の入ったコップが置いてある。ケーキはスポンジケーキにクリームをあしらっただけの粗末なものになっていた。


 それからふたりは食事をはじめる。ミレイザは水を飲み干して終わりとなった。「まあまあだな」と言いながらピサリーはケーキを頬張る。


 大魔王討伐後、6年ほどしかたっていなく全世界ではいまだに材料が乏しい状態がつづいている。ダリティア王国はほかの国からの輸入に頼っている部分がある。逆に自国では輸入された繊維を服などに変えて各国に輸出したりしている。


 以前は自動飛行船に輸出品を詰め込んで送っていたが、モンスターなどによってすべて破壊されてしまった。そのため再建中のあいだ、海の先にある国からは船に物を乗せて運んでいる。そのあと行商人が荷車を引いて届けるということをおこなっている。


 鳥獣自体が少ないため、その肉などは高級な食材となっている。また、枯れ果てている大地がところどころに存在しているため、植物から取れる植油も手に入りにくくなっている。それを使ってできるクリームなども高値になっているのだ。


 ミレイザはピサリーに小声で話しかけた。


「ピサリー」

「あ、なに?」


 ピサリーは食べて減っていくケーキに目を向けながら返した。


「あの、わたしの体を治す約束は? あなたの先生に治す相談をする……」

「ああ、それね。残念だけどさ、ローゼリスのやろう、おまえを見て嫌悪感を抱いていただろう。あたしがあそこでミレイザのゾンビ姿を治してほしいって言っても、きっと、焼き殺しますとか言ってくるに決まっているから、だからそうしなかったんだよ。とっさにね」


 小さな息をつくと会話が面倒に感じて、それを紛らわすためケーキにフォークを突き刺す。ミレイザはためらいがちにたずねた。


「でも、ちゃんと説明すれば」

「ダメだね、あの頭でっかちは一度そう思ったら変わらない。教科書に載っていることしか信じないんだよ。それとあたしのレベルじゃ治せないんだよ。いまは」

「いまは?」

「そう、あたしの魔法レベルが上がれば治せるようになるって話」

「それはいつに?」


「さあね」と返して残りのケーキを平らげた。それから紅茶に手をのばす。


 自分の体が治らないとミッドラビッドに帰っても追い返されてしまう。本当は生きているのに、生と死の狭間に立っているだけなのに、生きていると認めてもらえない。


 もとの姿にもどるにはピサリーの魔法レベルが上がるのを待つ以外に方法がないのか、もしかしたら彼女のいいようにもてあそばれているのか、という疑問がミレイザの心の中でふつふつと沸いてくるのを感じていた。


 ピサリーはそっぽを向きながら紅茶を飲んでいる。


 ミレイザはこぶしを握り力強くテーブルを叩いた。音が店内に響き渡りざわついていた音が静かになる。ピサリーは目を丸くしてミレイザを見つめた。仮面の奥からのぞく赤く燃えるような瞳が懐疑の念を抱いてくる。


 戸惑いつつピサリーは「どうした?」と聞いた。


「わたしをローゼリス先生に紹介してください!」


 ミレイザの大声に周囲は黙りなにごとかと彼女たちのほうを向いた。

 我を立てるミレイザの行為にピサリーは苦笑いを見せる。


「へ? ……なんで」

「わたしが直接お願いにあがります!」


 そう言い放ち勢いよく椅子から立ち上がった。ピサリーは周囲を焦ったように見ながら立ち上がり、彼女の震えている肩に手を乗せた。


「ま、待てよ。落ちつけ」


 それから周囲に言いわけをしながら謝った。


「あー演技の練習。熱が入っちゃってさ。すみません」


 それを聞くと周りの者はふたたび話や食事をしはじめる。しだいにざわついていた状態にもどるとピサリーはほっと息をついた。それから物憂げそうにミレイザを見つめた。


 キリっとした表情をミレイザは見せていた。自分の気持ちが相手に伝わるように念を込めている。その細い可能性が少しでも叶うなら、と思いながら。


「とりあえず座れ。ここでバレるとまずい」とピサリーは彼女を椅子に座らせた。


「わたしをローゼリス先生に紹介してください」


 背筋をのばしてピサリーの目を見つめている。その目は揺るがなく一点を見つめていた。ピサリーはそれから目をそらしてため息交じりにたずねた。


「どうしてそうなる?」

「そうすれば、わたしの辛さをわかってもらえて、理解してくれるかもしれません」

「理解ねぇ」


 ハーフゾンビであるミレイザがゾンビになっているから治してくれとローゼリスに言ったところで、ローゼリスは治すのだろうかとピサリーは思った。


 もし治してしまったらミレイザを使って金儲けやレベル上げができなくなってしまう。それはまずいと冷や汗をかくピサリーは適当な言い草を述べた。


「ミレイザ、気持ちはわかるが、もっと冷静になって考えてみてくれ。もし、ローゼリスのやつに自分はゾンビだからこの体を治してほしいって言ったところで、はいそうですかってすぐに治さないと思うぜ。逆になんかの魔法で攻撃をしかけてくるに決まっている。そうなったらもうあたしは止めようがなくなるからな。あたしのレベルでローゼリスの魔法は食い止められない。つまり、ミレイザもおまえを連れていったあたしも終わりになるってことだ」


「あたしは波紋だろうな……」と、ため息交じりに言ってピサリーは首を横に振った。ミレイザはそれを聞いてがっくりと頭を垂れた。


「……そうですよね」


 いまの段階でわたしを救ってくれる唯一の人物が目の前にいる妖精。その妖精はわたしの体の病というかおかしな状態を少なくとも治すという行動をしてくれている。それは信じざるおえない。


 どうしてこうなったのかを考える前に、誰かに助けを求めてしまった。それはその者が目の前にいたから。助けを求めた相手が妖精でまだ熟されていない未完成な魔法使い、ピサリー。


 たまたま泉で出会いたまたまゾンビになった原因を知っていた。たぶんそれは授業で学んだのだろう。無償で治してくれるとは言っていない。水が飲みたいと言ったらこうして酒場に来てどんな手を使ってでも水を飲ませてくれた。


 それは彼女にとってわたしが必要なんだと、ピサリーの周囲を見る目はそうわたしに訴えているように感じる。


 ミレイザはそんなことを思い彼女の沈んだ瞳を注意深く見つめていた。


 ピサリーは紅茶を飲みながら、不気味に変装したミレイザに目を向けた。目をそらしてまた彼女の顔を見ても、じっと自分の目を追ってくる。


 疑っているのか? あたしを……。


 赤く塗りつぶしたような瞳はなにを考えているのか、なにを感じているのかさえわからない。毒々しく痛々しい身なりに乗せてそうやって訴えてきても、あしらうだけ。いずれ治すかもしれないけど、そんなにやすやすと治さない。治すわけがない。


 これは千載一遇のできごとだ。


 使いようによっては毒にも薬にもなる。これを使わない手はない。うまく使えばあたしのレベルがすぐに優等生のやつらを超えるかもしれない。前やったようにローゼリスの前でこいつを立たせて、あたしがなんかの魔法を放って倒したふりをさせてやれば、また、魔法レベルを上げてくれるかも。


 だが、一度やったことを繰り返しても意味がない。やり方は変えていかないとな。ローゼリスもバカじゃない。ゾンビを倒してレベルを上げてくれるのは今回限りだろう。特別と言っていたからな。


 じゃあ、ゾンビより強いやつを連れていって、それをやっつければいいわけで。例えばこいつをもっと強そうに変装させるとか……。


 ピサリーはそこまで考えてミレイザの格好に目だけを向けた。


 フードからのぞく赤い傷と青黒い皮膚。ローブからのぞく切り刻まれた服装。どう見てもゾンビ以外に見えない。そう思いながら彼女は紅茶を飲み干した。


「あんた、さっきゾンビを倒した妖精だよな?」


 男が声をかけてきた。背中に大剣を背負い軽そうな銀色の鎧を装備した冒険者は、にこやかな笑みを見せて立っていた。茶色のいがぐり頭をさすりながら照れくさそうにピサリーを見下ろしている。


 にらみつけるようにピサリーはその男を見上げた。


「これから、依頼者をリンディの町まで護衛するんだが、あの一帯は狂獣があらわれるんだ。だから俺と一緒に行ってくれないか。報酬はあんたのほうが多くていい」


「どうだ?」と冒険者は言ってピサリーの顔をのぞき込んだ。


「どこの誰だか知らないが、あんたが依頼されたんだろ? 仲間を増やしていいのか?」


 興味なさそうにピサリーはたずねる。はははと冒険者は軽く笑いそれに答えた。


「そうなんだが、できるだけ安全に行きたいと依頼者は言っていた。俺も腕に自信がないわけではないが、こういった仕事は信頼が大事だからな」


 リンディに護衛ねぇ……。遠くはないな。ここから東に向かい川を渡ったところにある町だ。こちらの取り分が多いのか……。人助けに興味はないが、金には興味がある。


 そんなことを考えながらピサリーは窓の外をに目を向けた。軽く霞がかった夜は人通りも少なくなってきている。


 時間外だが、まあいいか。


 ピサリーはミレイザのほうを見て冒険者に合図をした。冒険者はミレイザを見て驚いたが、すぐに「ああ、彼女も当然、報酬を渡すよ」と言って不自然な笑みを見せる。


 それから冒険者はピサリーに向き直り頭を掻きながら言った。


「仲間になってくれと言っている身分で申しわけないんだが、その、取り分は働きによって異なる。もし狂獣が襲ってきて、そいつらをあんたたちが多くやっつけたら、その分の報酬は多くやろう。逆になにもしなかったら、それ相当の額になると思ってくれ」


「ふうん」


 つまらなそうにピサリーはうなった。ちらりと店内の壁を見てみるとゾンビ退治の広告が消えている。


「直接依頼されたのか?」


 頬杖をしながらピサリーはたずねた。

 冒険者は一瞬考えたあと、そうそうと言って「冒険者リストに俺の名前が登録されているからな」と返した。


 ああ、そうか。


 冒険者リストに名前を登録しておけば、依頼人がどこかへ向かうとき、腕に自信のない者や女、子どもなどはこれを利用することが多い。依頼者は直接酒場に来て予約を入れるかクロバーの指輪を使って予約をする方法がある。


 ピサリーはダリティア女王にもらった指輪を見つめた。


 この指輪は町で購入することができる物で特別に珍しいものでもない。値段は高くもないが安くもない。と、そんなことをローゼリスのやろうが言っていたな。あとなんだっけ? 報酬は冒険者によって異なるって話か。


 依頼料は基本的に依頼人を無事送り届けたあとで報酬のほうは支払われる仕組みになっている。短い距離なら安いが長い距離なら高くなるのは当然のことで、それが基準になる。道中での敵に遭遇した場合は、さらにそこで料金が加算される仕組みになっている。


 その敵が強いか弱いかでも上下する。冒険者がまだ未熟で弱い敵に悪戦苦闘してようやく倒したら料金の加算は高い。反対に手練れの者は弱い敵を倒しても料金の加算は低いことになる。


 つまり、冒険者の腕と距離とその道中で遭遇する敵によって最終的な依頼料は異なるわけだ。

 

 それは冒険者のレベルによっても異なる。冒険者自体のレベルが低ければ依頼しやすいがレベルが高ければ依頼しにくくなる。レベルの高さによって依頼料が異なるから。だから依頼者は冒険者のリスト表を見て吟味する必要があるわけだ。


 あたしも登録しておこうかな……妖精女学園を卒業しないと登録させてもらえないんだよな。うーん、まあいいや。とりあえずこいつの依頼を受けてやるか。


 そして、ピサリーは考えるのをやめて椅子から立ち上がった。それからその長身な男を見上げる。


「わかった。協力する」


 とたんに冒険者の顔が明るくなった。「そうか」と言って、はっはっはと笑うと彼は自己紹介をしてきた。


「俺はアデグというものだ。よろしく」

「ピサリーだ。あっちはミレイザ」

「よろしくミレイザ」


 アデグに言われてミレイザは「はい」と小さく返事をした。


「じゃあ、さっそく行こうか。依頼人が待っているはずだから」

「ああ」



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