第5話 女王の憂鬱

 城に近づくとその外壁が見えてきた。白い壁はモンスターとの戦いで崩れたり焼け焦げた場所などがある。雇われた修理屋がそこの補修工事をしていた。


 ピサリーはその再建中の城を冷ややかな目で見つめる。女王が城に居座り悠々自適に過ごしていると思うと自然といらだちが胸の奥で騒ぎ出す。その気持ちを抑えながら進んだ。


 長さ150メートル。幅9メートルほどある橋を渡りはじめた。もとは光沢のある白い石でつくられたアーチ状の橋だが、いまは黒いすすが被さり巨大な生物が食い荒らしたように半円状にえぐられていた。


 そこを直している修理屋をわき目に見ながら渡っていく。するとピサリーの目に光りが飛び込んできた。目を細めながらその崩れたところに目を向けると、堀には水が張られており夕日に照らされて黄金色の光が反射していた。


 城門前にくると鋼の鎧を着たふたりの衛兵が立っていた。ピサリーはわけを話すと衛兵のひとりが指輪にふれて彼女の素性を確認した。映されたピサリーの資料に目を通すと首を縦に振り、ふたりはわきにはけて彼女を通した。


 城の中には橙色の光を灯したシャンデリアが天井に飾られていて、敷かれた緋色とサーモンピンクの絨毯を映し出している。その絨毯はまんなかに居座る幅の広い階段上までつづいていた。


 ピサリーたちは階段を上がるときにも時間がかかった。ミレイザは階段に足が当たりそのまま足を上げて踏み出そうとするが、目を閉じているため間隔がわからずに2段飛ばしで上がろうとしてつまずいてしまったり、軽く目を開けて階段を上がろうとしても、体が透明だからまた同じように階段につまずいてしまう。さらに膝を曲げているため上がりづらいのだ。


 そのたびに「おい、毛が抜けるぞ」とピサリーはささやきながらミレイザの体を押し上げる。このようにしてようやく女王のいる謁見の間の扉までたどりついた。その扉は閉じられていて中から甲高い女性の声がかすかに聞こえてくる。が、その内容はわからない。


 ピサリーたちが聞き耳を立てていると足音が近づいてきた。彼女たちはあわてて扉のわきに移動した。その間もピサリーはミレイザの髪をつかんでいる。


 扉が内側に開かれて鋼鉄の鎧を着た大柄の男があらわれた。ピサリーはミレイザの顔を突きつけるようにして言った。


「ゾンビを討伐したから、その首を持ってきたんだけど」

「ゾンビ?」


 ブラウンの長い髪を後ろで無造作に縛ったその男はミレイザの顔を注意深く確認した。それからピサリーのほうに視線を向ける。「なるほど」と言って、そのまま女王のほうへ向き直り声をかけた。


「女王陛下」

「どうした? ゾルーツ」

「ゾンビを討伐した者がお見えになっておりますが」

「……そうか、通してよいぞ」

 

 謁見の間は絨毯をのぞいて、床や壁、柱などが白一色に統一してある。左右に両開きの扉があり、まんなか奥では、数段ある階段の上で女王が椅子に座っていた。その後ろには花と剣を合わせたデザインの旗が壁にかけられている。


 ピサリーはまぶしそうに天井を見上げた。そこには花を模したクリスタルのシャンデリアが白く光り、いくつも連なった小さな花がキラキラと揺れている。


 女王の側には護衛がふたり仕えていた。ひとりは鋼鉄の鎧を着て頭にサークレットをした髪の長い女性騎士。もうひとりは足まで垂れ下がったローブを着てフレームのない眼鏡をかけたパーマの女性魔導士。そのふたりは石像のように静かにたたずんでいた。


 ダリティア女王(42歳)は白いマントを羽織り、そこからのぞくドレスには白地できらびやかな装飾が施されていた。首筋まである銀の髪をオールバックにして、透きとおるような白い肌の丸顔には、白いアイシャドウと白いティアラが威厳をかもし出していた。ふてぶてしそうに豪華な椅子に座り、先を見通すような視線を向けている。


「よくぞ参った……」


 女王はそう言ってピサリーの持っているミレイザの首に目を細めた。それから指輪にふれてリスト表を出した。空間にはピサリーの素性や資料などが映し出されている。女王はその表と彼女を交互に見比べた。


「そなたはピサリーだな」

「はい」


 ピサリーは顔をうつむきかげんにしながら対応している。少しの緊張で下手な動きを見せないようにミレイザの顔を盾のように突き出す。


「よかろう、彼女に褒美を与えるのだ」


 女王が側近の者に言うと安堵したように笑みを見せる。声はやわらかくなっているが、その奥では疲れを押し殺したため息が混じっていた。


「はい、只今ご用意いたします」とローブを着た女性が言って、そこを離れた。


 女王はミレイザの顔をにらみつけるように見ている。それから悲しそうに視線をそらした。


「ピサリー、その首を下げてもよいぞ」


 ピサリーはミレイザの耳もとで「膝をつけ」とささやいた。ミレイザは音を立てないようにゆっくりと絨毯の上に膝をつける。そのとき、踵がピサリーの足に当たり彼女をよろけさせた。ピサリーはすばやく体勢を立て直して踏み留まる。


「しかしモンスターがあらわれるとはな。わたしの息子とその仲間が力を合わせて大魔王モーティアムを倒したはずなのだが、その残党がいまもはびこっているとは……」


 女王はうなだれたように頭を下げてつづけた。


「首を見せろと命じたのは、夫がモンスターにやられてな、モンスターどもが憎くて仕方ないのだ」


 国で一番偉い者に目をつけると手下を引きつれて大魔王はそこへ乗り込んでいった。女王がいなくなれば人間たちは統制が取れなくなる。ただそれだけのために出向いた。


 女王の夫は女王に変装して側近に使えていた者たちと一緒に大魔王たちと戦った。だが、あっさりと夫と側近の者たちはやられた。


 大魔王は身代わりになった夫をかき消してしまったため、その遺体を確認することはなかった。大事を取って地下に隠れていた女王は統制をはじめたが、一度統制が乱れてしまったら、すぐにはもとにもどらない。


 覚悟をしていたこととはいえ、夫のつけていた結婚指輪が転がっているのを目の当たりにしたら統制どころではなかった。一足遅く勇者一行はその場に駆けつけたが、そこでうずくまり泣いている母親の姿をリーブスは見ると、剣の柄を血が出るほど強く握りしめた。


「息子はいまカルネティーナ王の護衛をしている。モンスターが出なくなったとはいえ、王の首を狙う者があの国には多くいるのだ。カルネティーナ王はいつも命を狙われている。あの国では力のある者が上に立てるのだ。誰よりも力のある者がな。それは権力ではなく武力のほうでだ」


 国によって統制が違う。大魔王がいなくなり今度は人間が王の首を狙うようになった。単純に大魔王より弱いそいつを国王から引きずり下ろし、その首を取った者がその国を支配できることを国民のあいだでは許されていた。カルネティーナ王国ではそれが当たり前となっているのだ。


「でな、そなたがよければだが、わたしの護衛を任せたいのだ」

 

 ピサリーは驚きながら顔を上げた。女王と目が合い、すぐに目だけをそらした。


「いち早くモンスターを見つけ、ここに持ってきた。その手際のよさが気にいったのだ」


 そのとき、仕えの者がやってきて「お受け取りください」と1万リボンの入った黒い指輪を渡してきた。それからまた女王の隣についた。


『クロバーの指輪』はさまざまな品物をデータ化して入れることができる。武器、防具、道具、金品など。指輪にふれると空間に一覧表が出てくる。その一覧表に載っている文字を押すと、いつでもそこにある物を取り出せるようになっている。ほかにも冒険者リストや討伐依頼表なども見ることができる。


「どうだ? わたしの護衛をしてみないか?」


 女王はピサリーの顔をのぞきこむように見つめた。そんな重圧を押し返すようにピサリーはひとつ咳をしてから答えた。


「大変ありがたいお言葉ですが、わたくしは妖精の卵の身分です。ですから護衛は向かないかと思います。それにローゼリス先生の授業がありますので、今回のお話はお断りさせていただきたいのですが」


 それを聞き女王は何度かうなずいてから言葉を返した。


「わかった。もう下がってよいぞ。うーん、まあ息子も今日帰って来ると連絡があったからな。しばらくは息子が護衛をしてくれるだろう。気が変わったらまた寄れ。ピサリーの働きこれからも期待しているぞ」

「はい、ありがとうございます。では」


 城の外を出ると町は夜の風景に変わっていた。街灯には明かりが灯させていて、人々は昼間と変わらずに賑わっている。


 これでミレイザというゾンビはどの町に行ってもモンスター映像記憶装置に引っかかることはなくなった。彼女はハーフゾンビだがただのゾンビとして記憶される。


 討伐すればそのデータは討伐完了という印を押されてもうこの世にはいない扱いになる。同じ種類のモンスターでも一体一体違うという扱いだからな。そんなことを考えながらピサリーは笑みを浮かべた。

 

 女王の護衛か……。


 ピサリーは迷っていた。ダリティア女王の護衛をやるかローゼリスの授業を受けるか。


 女王の護衛をやってその依頼料をもらうか、それともローゼリスの授業を受けて新しい魔法を手に入れるか。金は欲しいが新たな魔法は覚えたい。ローゼリスのかったるい授業もつまらないが、退屈しのぎに女王の護衛をやって金儲けしても魔法を得られなければ意味がない。それよりも女王の護衛なんて面倒だ。とピサリーは思った。


 ……だが、このままだと食い物に困る。


 ローゼリスが料理の魔法を取り上げているからこのままだと餓死をしてしまう。命令どおりにメーティリアの泉の浄化をしないと返してもらえない。いつもならその辺の物を適当に料理してパクついたりするが、それがまた不味い。酒場でまともな料理を食べるために大道芸をやって金を稼ぐが、毎日やっても週一回程度の食事代くらいにしかならない。


 ピサリーは右手の人差し指にはめた指輪を見つめた。


 いまはこの金がある。なにを食おうかな。そんなことを考えていると、ぐう……と腹が鳴った。そのまま町の門を出てふたりは近くの茂みに身をひそめる。辺りに誰もいないことを確認してからピサリーは言った。


「いまから、おまえをもとにもどす」


 ピサリーは杖を出してミレイザに向けると色を塗るように振った。するとミレイザの透明だった体が色を取りもどして姿をあらわした。


 ミレイザは自分の両手を見て驚きの表情を見せる。


「これから酒場に行って食事をするが、おまえは顔を見せちゃいけないんだ。だから、あたしがちょっと町へ行って変装できるものを買ってくるからここで待ってろ」


 ピサリーはミレイザの意見を待たずに、そそくさと町へ行ってしまった。


 ひとりになったミレイザは森の奥にある闇を見つめた。静寂が返ってくるなか、門のところから人々の賑やかな声がかすかに聞こえてくる。そのほうを向いてまだかまだかと胸に手を当てて待った。


 賑やかな音に混じって人の声ではないなにかがミレイザの後方から聞こえてきた。


 ミレイザは不穏に思いゆっくりと振り返る。その闇を見つめながら耳に集中し、わずかな音でも聞き取ろうと息を殺した。


 グル……、グルル……。


 声のするほうへ目を向けると黄色に光る両目がいくつもあった。その目は不気味な殺気を放っていた。ミレイザを逃さないようにじっと見つめてくる。うなり声とともに草をゆっくりと踏みつける足音も聞こえてくる。不規則にその音がしだいに大きくなっていき彼女のほうに近づいてきた。


 黄色に光る目はミレイザの位置より下にある。それはなにかの獣と呼べるものに感じ取れた。ミレイザはその場からあとずさりをはじめる。息を殺して気づかれないようにその場を離れようとした。


 そのとき、一斉に獣がミレイザを襲ってきた。彼女は足を走らせて後退していく。とたんに茂みを抜け出して門の前に出てしまった。門からさし込む明かりにゾンビの体が照らし出される。森の奥の闇にまぎれて街灯のかすかな光りに映し出された姿は狂獣の群れだった。


 モンスター化されなかった鳥獣たちは、モンスターと戦って生き延びていた。大魔王討伐後、その鳥獣たちは生存に必死なため人々を襲うようになった。狂ったように人を襲う鳥獣を狂獣と呼ぶ。


「きゃー!」


 ミレイザは目を隠すように両手で顔を覆う。だが、石につまずいてそのまま尻もちをついてしまった。


 狂獣はミレイザに咬みつこうと茂みから飛び出してきた。すると青のフードつきローブを着た青年が彼女の前に立った。そして狂獣たちを剣で振り払っていく。


 狂獣のうなり声は断末魔の叫びになりその一帯に響いた。剣の風を切る音が次から次へとリズムよく聞こえてくる。しばらく攻防はつづきその群れは去っていった。


「大丈夫ですか?」


 青年はミレイザを見下ろして聞いた。そこには尻もちをついて両手の指の隙間からまぶしそうに目をのぞかせているミレイザの姿があった。金縛りにでもあったみたいに彼女は動かない。青年は首をかしげてから問いかけるような眼差しを見せる。それに答えるため、彼女は顔を手で覆ったまま返事をした。


「え、ええ」

「この辺は狂獣が出る。ひとり歩きは危険だ」


 青年は周囲を見まわして危険がないかを確認したあと、持っている剣をクロバーの指輪にしまった。


 ミレイザは指の隙間からその青年を見ながらたずねた。


「あ、あなたは?」


 彼は振り向き安心させるようにほほえんで答えた。


「ぼくはリーブス。きみは?」

「ミレイザといいますが……もしかして勇者さまで」

「うん、前はね。みんなには内緒だよ。立てる?」


 彼はミレイザに手を差し出した。リーブス(22歳)はカルネティーナ王の護衛にひと段落つき帰ってきていた。


 銀の無造作な髪。その頭には金のサークレットをつけて、青い旅人の服がローブの隙間越しに見え隠れしている。大魔王を倒し勇者御一行の帰還でそのおふれが全世界にまかれた。そこには彼と同じ服を着た人物が載っていた。


 つまりその勇者が目の前にいる。ミレイザはそう確信して片手で顔を隠しながらその手をつかんだ。そのままリーブスは彼女を引っ張り起こした。


「きみはこの町に用があるの? それともどこかへ行く途中?」

「あ、わたしは、その……」


 ミレイザは顔をそらした。ゾンビである自分をリーブスに知られてしまうと、この場で退治されてしまう。どうにかして離れなければと彼女は思った。


 リーブスがミレイザの顔をのぞき込もうするたびに彼女はあちこちと顔を動かしていく。同じ極の磁石みたいに顔が反発しあう。彼女が嫌がるのは顔に傷を負い見せたくないと感じているのではと思いリーブスは優しく声をかけることにした。


「顔、怪我でもしたの? ぼくが治してやろう。少しは回復魔法も使えるんだ。と言っても、身に着けている魔道具の力を借りてだけどね」


 リーブスは黒い腕輪をちらりと見せた。それからミレイザの顔に手のひらを向ける。すると、そこから白い光が流れはじめた。


「あ! あの、平気ですから」


 ミレイザはそのまま後ろに下がった。リーブスは回復魔法をやめて不思議そうに問いかける。


「へーき? うーん、おかしな人だな。痛くないの? あざになっているけど」

「はい」

「……まあ、本人が痛くないっていうならやめるけど」


 リーブスはこめかみを指で掻きながらつづけた。


「それで、どこへ行こうとしていたの? せっかくだらか送っていくよ」


 そこへピサリーが買い物を済ませてミレイザのもとに向かっていた。手には黒のフードつきローブと目もとを隠せる黒仮面を持っていた。門を出た先で、ミレイザとリーブスが一緒に立っているのを目の当たりにすると、ピサリーはすばやく門のわきに隠れてようすをうかがった。


 ミレイザの近くにいる男の顔は薄暗いため判別が難しかった。ピサリーは彼の頭に着けている金色に輝くサークレットを見て勇者リーブスに違いないと思った。以前ローゼリスの授業でむりやり読まされた本に、あんな姿の人物が載っていたことを思い出した。


 ピサリーは考えた。ミレイザの姿が勇者にバレるとすぐに退治されてしまう。ハーフゾンビという使い勝手のいいやつを手放すわけにはいかないと。


「なにをやっている」


 ピサリーはふたりの前におどり出た。挑みかからんばかりの疑惑の眼差しを彼女が見せると、リーブスは軽い笑みを見せながら答えた。


「ああ、彼女が狂獣どもに襲われそうになっていたから、そいつらを追い払っていたんだ」


 ピサリーは眉根を寄せてリーブスを怪しそうに見ながら、ふうんっとうなった。


「きみは?」

「あたしはこいつのダチだよ。あたしが買い物しているあいだ、ちょっとここで待ってもらっていたんだ。どこの誰だか知らないが、こいつを助けてもらってすまない」


 ピサリーの剣幕に押されてリーブスは息を呑む。それから自分が何者かを話し彼女の不信感を取り除こうとした。


「僕は……」とそこで言葉を切り名前を伏せることにした。それは、この先にある門をくぐって人々から勇者さまと騒がれたくないためだった。


 以前大魔王を討伐して帰ったとき物凄い歓声を受けた。それが嫌なわけではないが、町の人たちの生活リズムを崩してまでそういった歓迎は受けたくない。


「リーブス」と言った瞬間に彼女がそこの門をくぐって町のみんなに言いふらすのは困る。そんな考えがあり、リーブスは自分の名前を告げないように心掛けた。


 あなたは? とミレイザに聞かれてつい名前を口走ってしまったことを反省しつつわけを話した。


「そこの町へ行こうとしてとおりかかっただけだよ。お友達か、ならよかった。お友達が来たことだしぼくはこれで引き上げるとするよ」


 リーブスはほっと息をつくと、フードを被りその場を去ろうと踏み出した。するとなにかを思い出して彼女たちに振り向いた。


「あ、そうだ。この辺でゾンビを見なかったかな? 討伐依頼があると聞いたんだけど」


 それを聞いてふたりはお互いに顔を見合わせた。ミレイザは縮こまるようにますます両手で顔を隠す。肩を震わせて怯えている彼女から視線を遠ざけるため、ピサリーはミレイザを隠すように前へ出た。


 下手なことを言えばここにそのゾンビがいることが彼にわかってしまう。あの大魔王を倒した張本人が目の前にいる。あらゆる死闘をくぐり抜けているから洞察力に長けているはずだ。ここは素直に答えてみるか。そんなことを考え、ピサリーはため息をひとつついてから言った。


「それもう終わってるよ。あたしがやっつけたから」

「え? 本当?」


 するとリーブスは指輪にふれて空間に表を映し出した。それを見た彼は驚き一瞬目を丸くさせた。女ゾンビ討伐完了。討伐者ピサリーとなっている。


「ああ、本当だ。討伐されているね。きみがそのピサリー?」

「そうだ」


 へぇ……と言いながら表を消して感心したようにピサリーを見つめた。


「その制服ってことは、ローゼリスの教え子かな?」

「ああ」

「へぇー、以前お世話になったんだよ。モー……ンスターを倒すためにさ……彼女元気にしてるかな?」

「ああ、それより早く帰ったほうがいいんじゃないのか、城で勇者さまが帰ってくるのを、女王さまが首を長くして待っているみたいだからさ。あんた勇者リーブスだろ」


 そう言って、ピサリーは自分の額を軽く指で叩いた。

 リーブスはつけているサークレットに気づいてにんまりする。それから笑いながら返した。


「ははは、あーわかっちゃったか。元だよ、元勇者。いまはただの冒険者だよ。ぼくがここに帰って来たことは町の人たちには言わないでね……」


 それから、はあっと息をついて夜空を見上げた。その瞳には星が映し出されて輝いている。


「……母上に会うのは何年ぶりだろう」


 はははとリーブスはまた笑った。ピサリーは歯を噛みしめながらイラつきを見せる。


「いやぁ、長話をしてすまんすまん、昔を思い出しちゃったからさ。世界も平和といえば平和になったから、ローゼリスのところへは今度あいさつをしにいってみるよ」

 

「じゃあ、ふたりとも気をつけて」といい残してリーブスは門の奥へ消えていく。


 それを見届けたあと、ピサリーは買ってきたものをミレイザに差し出した。


「こいつを着ろ」


 言われるがままミレイザは仮面をつけて、ローブに袖を通す。袖口の広い滑らかな肌触りのするシルクのローブ。硬く軽い素材でできたチタン製の仮面。それらはミレイザの体にピタリと合った。


「よし、それでバレないだろう。いまから酒場に行くからついてこい」


 そうしてピサリーは門の奥に入っていく。ミレイザは遅れないようにあとをついていった。

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