第4話 賞金首

 木々や茂みを両脇に見ながらその道をまっすぐ進むと遠くに門が見えてきた。そのまましばらく歩くとダリティア城に着いた。家の3倍以上はある城壁がその町を囲っている。


 ピサリーは町に入る前にいったん中のようすを見るため、町から離れた森にミレイザを隠した。それから巨大な門の前に来て、そーっと顔をのぞかせた。


 人々が行き交っている。露店に出ている品物を物色したり、道端で話し合っている婦人たちの姿。鎧を着て町の安全を守っている衛兵。広場で遊んでいる子どもたち。そんな声が聞こえてくる。それは活気と同時に日常を取りもどそうという必死の叫びも混じっていた。


 モンスターの影響で倒壊している壁や建物なども残されており、再建中の場所も存在していた。


 レンガ風の建物が並ぶ町には街灯なども点々としている。オーラ粒をためることのできる『白い石』と呼ばれるものを砕いてレンガなどに練り込む。そうすると風や人が歩く摩擦だけで蓄積する仕組みになっており、それが明かりや暖などに使われている。


 そんな町を見ていると、剣や鎧などを装備した者たちが何人も門に向かって歩いてきていた。ピサリーはのぞくのをやめて近くの茂みに隠れながらそのようすをうかがった。


 彼らが門から出てくると周囲を確認しながら歩いていく。それはにらみを利かせたような、恨んでいるような感じに目をあちこちに向けていた。我先にといったようにそれぞれが違うほうへと散らばっていく。


「なんだ、あいつら……」


 その一行がとおり過ぎるのを見届けてピサリーはつぶやいた。それから辺りを見まわして誰もいないことを確認しながらミレイザのところへもどり彼女に言った。


「あたしが町の中のようすを見てくるからここで待ってな」

「え?」


 ミレイザは顔を強張らせてそわそわとしだした。ピサリーは落ち着かせるように彼女の肩に手をのせる。


「わかるだろ、おまえを連れて町に入ったんじゃ、ゾンビが来たって町のやつらが騒ぐだろ。だからあたしが一回町の中を見てくるから、ここで待ってろ」


 返答も待たずにピサリーは門へ駆けていった。門をくぐるといつもどおりの町のようすにほっと息をついて歩き出す。


「さてと、酒場に行くか」 


 ここへ来る前にミレイザをどう利用するか考えていたが、結局なにも思いつかずに、とりあえず腹ごしらえをして考えるか。ということになった。


 舌なめずりをしながらピサリーは行く先々の店の看板を眺めていった。お金は少ししか持っていないので、透明な魔法を使い自分の体を消して食べ物を盗んでやろうと考えていた。


 いつもは大道芸のように道端で魔法を使って見世物をやり小金を稼いでいたが。べつに珍しくもないことをやっているので一般人からはお金を投げる者は少なかった。


 新しい魔法を覚えたからそれでいつもの大道芸をやって稼ごうと最初は考えていたが、面倒だ。ということでやめることにした。


 武器屋、防具屋、道具屋などの店がある。モンスターがいなくなってもその商売はつづいている。大魔王がいなくなりその配下にいるモンスターもいなくなった。しかし、人々のなかではその不安は完全に消えていない。いつも怯えている。一度でもその恐怖が根付いてしまったらもうもとにはもどれず、ずっとそれを引きずっていかなければならない。


 どこでなにに襲われるかわからないから、町の外を歩くときは武器や防具を身に着けて出かけるのだ。もちろん護衛を雇うのは当たり前となっている。


 ピサリーは酒場の看板を見つけると人目のつかないところで透明の魔法を使い、自分の体を透明にして店内に入った。


 店の中にはテーブルや椅子がいくつもあった。人々が会話をしながら食事をしたり酒を飲んだりしている。


 酒場の奥には厨房がありそこで料理人が料理をつくっては特殊な転送装置に次々と入れていく。その空間では物が腐らずにずっと置いておくことができる。そこから客のいるテーブルへと自動転送する仕組みになっている。


 テーブルの上にはメニューを表示させるボタンなどがついていて、そのメニューを選べば料金と引き換えにテーブルから注文した料理などが出現するようになっている。ほかにも冒険者リストを表示させてその場で雇うこともできる。


 店のカウンターには男の店主がいて、そこでも冒険者を雇ったり冒険者として登録したりすることもできる。


 さてと、厨房はどこかな。と思いつつピサリーは店の内観を見ていく。すると壁に貼られているものに目が留まった。そこに貼られていたのは賞金首の貼り紙だった。『女ゾンビ討伐依頼』と文字がでかでかと書かれている。そこにはミレイザの姿があった。


 あいつ、もう賞金首になっているのか……ああそういうことか、町周辺の地面に埋められている『モンスター映像記憶装置』に引っかかったんだな。いまだに機能しているのか……。


 モンスターがそこを通過すれば、身に着けているアクセサリーからアラームが鳴り人に知らせる。その装置の機能は町全体まで広がっている。


 ピサリーは自分の機転にニヤリとした。


 たしかミッドラビッドって言ったっけ。ハーブゾンビだからモンスターとして記憶されているかわからなかったが。あいつを遠くに置いてきて正解だった。もし近くに来ていたらこの町のやつらに気づかれていただろうな。


 ピサリーはそのまま目を細めて注意深くその映像を見つめた。それはなにかを必死で訴えているような表情を見せている。さらにその下の文字に目が釘付けになった。1万リボンという懸賞金の文字だった。


「い、1万リボン……」


 つい声が出て辺りを見まわした。酒場にいる人たちの会話などでピサリーの声は誰にも気づかれなかった。高額の貼り紙に目をうばわれながら歩み寄る。その金額はこの町で安い家なら一軒買えるくらいの額だった。


 マジか。こいつは利用するしかねーなぁ。とピサリーは顔にたくらみを含めた笑みを浮かべた。


 それからいったん透明を解こうと急いで店の外に出た。入口で店に入ってきた何人かとぶつかったが、それを無視して誰も見ていないところまで移動し体をもとの姿にもどすと、ふたたび酒場に入っていった。そのままカウンターに行き店主に話を聞こうとしたが、冒険者の登録をしに来た者と陽気に話し合っていたため貼り紙を見ながら待つことにした。


 そして、店主の手が空き近くにあった新聞に手をのばそうとしたところで、ピサリーはすばやく近づき彼に声をかけた。


「なあ、おっさん。あそこに貼ってあるやつって、本当か?」


 ピサリーはその壁にほうへ指を向ける。店主は不機嫌な顔をするが気を取り直してちらりとそこに貼られているものを見てうなずいた。


「……はい、本当です。じつはさっきその依頼が届いたばかりなんですよ。ミッドラビッドの町長からの連絡でここの城にいる女王さまにその話が届きまして、モンスターが生き残っているのは息子である勇者リーブスの油断が招いたものだとして、女王さまからああいった金額もかねた依頼があったのです。もしかしてお客さん、ご依頼をお引き受けになる?」


 店主は疑うようにピサリーの顔をのぞきこんだ。彼女はふんっと鼻を鳴らして言った。


「ああ、そうだ」

「そうでしたか、この依頼は人気でしてね。店に貼った瞬間に何十人もの冒険者や腕に自信のある者たちがお引き受けになっているので、見つけて討伐するのは早い者勝ちとなりますが、それでもお引き受けに?」


 なるほど、だからさっきのやつらは武装してどこかに出かけていったんだな。とピサリーは門のところから冒険者たちがとおっていったのを思い出した。


 ピサリーはよろこびを抑えて目の笑ってない笑みを見せる。それは誰よりも早くそのモンスターを討伐できる位置にいるため、周囲に目立つ行動はなるべく控えるようにした。


「ああ」

「そうでしたか。ではこれにサインをお願いします」


 店主は透明な紙をテーブルの上に広げた。その紙は誰がその依頼を受けて誰が討伐したのかを討伐依頼者が確認するためのもの。ふれるだけで名前や職業、顔などが記憶できるようになっている。ピサリーがそれに指をふれると小さな音が鳴り彼女の素性が登録された。


「ありがとうございます。ではよろしくお願いします」


 ピサリーは店をあとにし、すばやく門を出てミレイザのところにもどった。


 あわてながら走ってきたピサリーを見てミレイザは目をぱちくりさせた。膝に手を置いて息を切らしている。彼女の息が整うまで憂わしげな表情をしながら待ち、それからたずねた。


「どうだったの?」


 ピサリーは顔を上げるとわざと血相を変えて言った。


「お、おまえに賞金首がかけられているぞ!」

「えっ!?」


 ミレイザは目を丸くして驚き、口元を手で隠した。


 賞金首? 最初はなんのことだかわからずに彼女は自分の耳を疑った。知らない言葉ではないが、それが自分自身に向けられていると思うと否定が口をついて出る。


「どうして、わたしが?」


 なんとなく理由は想像できるが、それでも聞き間違いであってほしいと思いその理由をたずねた。ピサリーは周囲を見ながら声をひそめる。


「わかるだろ、おまえがゾンビだからだ。女ゾンビ討伐依頼って貼り紙がしてあったんだよ」


 それを聞いてミレイザも同じように声をひそめた。


「それ、わたしだったの?」

「ああ、おまえの姿が映っていたからな。だから見つかったらヤバい」


 それ聞くと、とたんに気持ちがあせり出してせわしなく首を動かした。小さな音に聞き耳を立てるようにして辺りを見まわす。それから辺りに誰もいないことを確認すると、心の乱れを落ち着かせるために二度三度と大きく呼吸をした。


「そうね、ではどうするの? お食事は」

「簡単だ。あたしがおまえを捕まえたってことで堂々と門の中に入っていくんだ」

「えっ? それだとわたしが……」

「大丈夫、あたしに任せなって」


 ピサリーの自信満々な態度に対してミレイザは疑わし気に首をかしげる。どこか慎重さの足らない彼女を見て本当に大丈夫なのか? と疑問を抱いてしまう。


「とにかく、あたしのあとについてくればいいからさ」

「え、でも……」

「水を飲みたいんだろ?」

「ええ」

「だったらついてきなよ」


 ピサリーはミレイザの手をつかむと杖を振り刹那の魔法を使った。すると門の目の前にふたりはあらわれた。ミレイザはピサリーに手を引かれて門をとおり抜けた。とたんに町の人たちが騒ぎ出す。剣を構える者や弓で矢を引く者がおどり出る。


 ピサリーがその騒ぎをしずめるようにわけを話した。


「ああ、大丈夫大丈夫。あたしがこらしめたからもうなにもしないよ」


 そのまま酒場にまっすぐ向かい中に入るとその場にいる全員の注目を集めた。メイドは「きゃー」と悲鳴を上げ、ほかはただざわざわと騒ぎミレイザを恨むような目つきをしながら見ていた。


 ミレイザはうつむきながら、止まっては引っ張られ止まっては引っ張られを繰り返しながら歩いている。ピサリーはミレイザの手を引っ張って、彼女が立ち止まったらまた引っ張ってを繰り返した。それでようやく酒場の店主の前までたどり着いた。


「あ、あんた」


 店主はミレイザを見て驚いた声を出した。ピサリーはにんまりと顔をゆがめて言った。


「捕まえて来たよ。こいつでしょ」

「ああ、そうだが」


 店主はピサリーの後ろで隠れるようにしているミレイザを注意深く見つめた。さらに貼り紙と照らし合わせるように何度も交互に見ている。


「ああ間違いない。だが、生きているのか?」

「あ?」

「そこにいるやつが静かだとはいえゾンビだ。そいつを倒さないと賞金は出ませんよ」

「……ふうん、そうなんだ」


 ピサリーはニヤリとしながらミレイザを見た。ミレイザは黙って小刻みに首を横に振りピサリーを止めようとするが、彼女はそれを無視して話をつづけた。


「わかったよ。店先でこいつを倒すから見ててよ」


 こうして店先には人だかりができて店主もそこで見ることになった。人々はピサリーとミレイザを囲うようにして物珍しそうに賑わっている。日が傾きはじめて黄金色が町を覆うなか、ふたりは離れてお互いに見合っていた。


 ピサリーは杖を構えてミレイザのほうに向ける。ミレイザはどうしていいのかわからずにあたふたとあちこちを見ていた。


 そして、ピサリーは杖を振り火の玉をミレイザに向けて放った。ミレイザはまた前みたいに背中を向けて逃げようとしたが、そのオレンジ色の光る球体が背中に当たりその勢いで彼女は地面に倒れてしまった。


 辺りは静まり、モンスターである者が起き上がらないとわかると拍手や歓声が人々から上がった。


 ピサリーは片手を上げてそれに応えながらミレイザのもとまで近寄った。彼女の側に来るとそのまま屈んで体にふれながら小声で言った。


「あたしがいいって言うまで、そのまま寝ててよ」


 その言葉に反応してミレイザは体を動かそうとした。すると「大丈夫、これでうまくいっているから」と彼女はつけくわえる。


 ミレイザはそれ以上動かなくなった。ピサリーは立ち上がりうれしそうに大声で言った。


「大丈夫、完全に死んでいるよ」


 それを聞いた周りの者は一段と大きな歓声を上げた。ミレイザに近寄ってようすを見る者。そのまま解散する者。首を振って帰っていく者がいた。そうしてその場にいるのは店主とピサリーとミレイザだけになった。


「いや、素晴らしい」


 店主はそう言ってうれしそうに彼女の雄姿を見た。ピサリーは杖を消すと腰に手を当てて威厳な態度をとる。


「そうでしょ」

「あ、では、その首を女王さまのところまで持っていってください」

「え?」

「ええ、ですから、賞金首を倒した首を切り落として女王さまのところへ持っていくんです。そうすれば褒美はもらえますので」

「首を持っていかなきゃならないの?」

「はい、そういう条件ですので」


 それを聞いてミレイザはあせりを見せた。冷や汗がとたんに流れ出る。ピサリーがわたしの首を? それが切られたことを想像すると目に映るものは赤い色だけだった。

 

 体を動かしてはいけないため委縮するように目と口だけを強く閉じる。そんな彼女をピサリーは物憂げそうに見つめた。そこには風で服だけが揺れている身動きをしないミレイザの姿があった。


「なんなら、わたしがやりましょうか? 首を切るのを……」店主は酒場のほうを向いた。「いま、斧を持ってきますから」と言ってその場から離れようとすると、ピサリーはとっさに彼を呼び止めた。


「ちょっと待って!」


 店主は振り向き不思議そうな顔を見せる。んんっと喉を鳴らしてピサリーは言った。


「あたしがやる。だからあんたはやんなくていい」

「……ああそうですか。では、わたしはこれで」


 店主はどこか納得できないようすで頭を掻きながら酒場にもどっていった。


 町はいつものように生活をはじめている。人々が行き交ったり買い物をしたり、ときどきミレイザをちらりと見ながらとおり過ぎていく者などもいる。


 ため息をひとつついてピサリーはミレイザに近寄った。それから屈み込んで彼女の耳にささやきかける。


「このまま聞け、おまえは死んでいることになっているから絶対に動くな」


 周囲に目を向けながらピサリーは杖を出して「首だけを持ってこいだと、とんだ悪趣味なクソ女王だな」とつぶやいた。それからその杖をミレイザの体に押し当てる。


「賞金をもらうには、おまえを首だけの状態にして女王のところまで持っていかなきゃならないから、目を閉じて絶対に開けるなよ。いいか」


 ミレイザは返事も首を動かすこともできないのでパチパチと瞬きをした。その小さな動きが誰にも気づかれていないかピサリーは周囲を見まわす。


「よし、あたしが魔法でおまえを首だけにして、それでおまえの髪の毛をつかんで持っていっているように見せるから、あたしと一緒に歩いているようにしろ」


 ミレイザは瞬きをして返答した。それに対してピサリーは周囲を確認する。人々はただちらりと見てはとおり過ぎていく。


「じゃあ、目を閉じろ」


 ミレイザは目を閉じた。真っ暗になると脇腹に杖が押しつけられている感触だけが際立つ。


「あたしがいいって言うまで目を絶対に開けるな」


 ピサリーは脅すように念を押す。それから透明の魔法を放った。


 最初ミレイザの体は消えるが、しばらくするとまたもとにもどってしまう。ピサリーは何回かそれを繰り返した。そのたびに周囲で誰も見ていないことを確認しながらその作業を進めていった。体全体は消せやすいが、首だけを残して体を消すのに手間取っている。加減をしないとできない。何十回目かの調整でようやくミレイザを首だけにすることができた。


「よし、できた」


 ピサリーは疲れたように立ち上がり袖で額の汗を拭った。周囲を見ると不思議そうに彼女たちを眺めている者たちがいた。ピサリーは疑われないようにそこに声をかける。


「あ、首を持っていかないと賞金がもらえないっていうからさ、さっき切り落として首だけにしたんだけど、ほら、体だけここに残していたんじゃ気味悪いし処分するのも嫌だろ。だからあたしが魔法で燃やしたんだよ」


 そうして、やじ馬を追っ払おうとするように杖を指揮棒のように振った。


 やじ馬は彼女の足元に転がっているミレイザの首を見ると苦笑を浮かべた。「ご苦労」とそのなかのひとりがピサリーに声をかける。それから、その場に集まっていた者たちはそれぞれに散っていった。


「これで邪魔者はいなくなったな」


 ピサリーはふたたび屈みこんでミレイザに小声で言った。


「いまから、おまえの髪の毛をつかんだ状態で城にいる女王のところまで持っていく。だから勝手に動くなよ。目も開けるな。いいな」


 ミレイザは黙って目を閉じている。ピサリーは彼女の髪の毛を鷲づかみにして持ち上げるようにしながら「立て」とささやいた。ミレイザは彼女に合わせるように立ち上がる。「歩け」と言われてミレイザは歩き出す。それに合わせてピサリーも歩く。


「すこし屈め」


 ピサリーはミレイザよりも背が低いため、髪の毛を引っ張るのに腕をのばさなければならない。それだと不自然に見えてしまうためそううながした。ミレイザは言われたとおり膝をすこし曲げて歩き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る