幕間

 人は幸せになる為に生まれた動物だと思う。

 植物が子孫を残す為に種を飛ばすのと同じように、カラスが明日を求めてゴミを漁るのと同じように。

 人間は本能によって幸福を求めている。

 だから、思わず目を覆うような非道も平気で行えるし、抱きしめたくなる程に慈しむことも出来る。

 その行動理念が善なのか悪なのか。

 そういう答えの出ない議論は頭の良い哲学者に任せるとして、結局のところ誰もが幸福を求めている。


 例えば、華の匂いが季節の訪れを予感させた。

 例えば、小鳥の囀りが心を穏やかにさせた。

 例えば、清流を泳ぐ魚の鱗が陽の光を反射した。

 例えば、無邪気に笑う友人の笑顔がそこにあった。

 多分全部同じなのだろう。


 だから私も、幸福に向かうものなのだと信じていた。

 将来隣に立っている人が誰であれ、どんな景色の中で日々暮らしていようとも。

 少なからず、私は幸福な人生を送るものなのだと、根拠もなく信じていた。


 彼女を裏切った自覚はないけど、きっと彼女がそう思うのなら、きっと私は彼女を裏切った。

 それがあの子の優しさだ。

 憎んだり、恨んだりすることで、私を忘れないように努めているあの子を見る度に、下手くそな生き方をしていると揶揄いたくなってしょうがない。


 もし、あの子が私と出逢ったら、きっと訊くのだろう。

 そして私はこう答えると思う。

 ——誰かの不幸の上に立ってまで、私は幸福になりたい訳じゃなかった、と。


 そうしたら、きっとあの子は何て言うのかな。

 まぁ、でも。

 きっともう言葉を交わすこともないだろう。

 それだけが悲しくて、ただ、それだけが望外の喜びでもあった。


 きっと次は上手く生きてみるよ。

 そういう願いだけを、私は墓碑に刻んでみる。

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