第11話

 結果からいうと、僕たちの共同計画は全部ひっくるめた一泊二日の温泉、海水浴ツアーとなった。理由は、伊瀬の親戚の旅館が海に近かったこと、宿泊費がほぼタダになったことなどである。

 僕としては、何がどうなってもたいして意見はない。

 みんなで何かやって、楽しめればそれでいいのだ。

 八月中旬。まさに夏。

 海には信じられないほどの人数がいて、見るだけでもウンザリしそうな光景だったけど、真帆の水着姿も見られたし、時間帯を少しはやめれば、多少はゆったりと遊ぶことができた。

 真帆の顔色も良いので心配もない。僕としては、真帆が『体調の悪化で緊急欠席』にならなくて本当に良かったと、小さな幸せを噛み締めている。

 大人数での海は久しぶりで、みんな目一杯はしゃいでいた。これからの受験勉強を振り払うためだろうか。それともいずれ来るそれぞれの別途を考えてだろうか。

 真帆と付き合い始めてからは、確かに男だけでつるむ機会は減った。それは真帆もそうだろう。それでも、僕たちの関係は変わらない。むしろこうなったことで、それまで同姓で固まりがちだった友情に幅ができた。

 僕たちは真帆を通して伊瀬たちと知り合い、逆に彼女たちは僕を通して町田たちを知った。これが例え僕たちでなくても同じことだろう。伊瀬と町田、あるいは佐々岡と明。組み合わせはどうであれ、想う相手が誰かと重ならない限りは今の状態があり得るのだ。

 こんなことを言うのは恥ずかしいが、皆本当に良い仲間だと思う。真帆が僕の宝物であると同じように、彼ら全員が僕の宝なのだ。そして向うもそう思ってくれれば幸いである。

「ふ~、気持ちいいな」

 日が落ち始めた空を見上げて、町田が言う。

 僕たちが今居るのは、露天風呂である。本来この時間は清掃や調整のために大浴場は使えないのだが、そこは伊瀬御一行の特権だ。空いている方が良いだろうと、伊瀬の叔母さんが特別に開放してくれたのだ。

 初めは、日に焼けた肌にラジウムの天然温泉が沁みてピリピリしたが、慣れてくると痛みもなくなり気持ちの良い温泉だ。露天風呂からは海も見えて、なかなか風情がある。

「たまにはいいな、こういうの」

 明も言う。

「伊瀬に感謝だな。普通じゃこうはいかないからなぁ」

 僕が言うと、二人は黙って頷いた。

「いやぁそれにしても、やっぱり二人ともスタイル良いよな」

 湯のせいで頬を上気させた町田が言った。

「ふむ。周りの目もあって、なんとなく優越感があったな」

 明もそんなことを言う。彼が言うと、どんなことも知的に聞こえてなんだか可笑しい。

「でもさ、実際どっちも恐ろしいほど可愛いよな?クラスメイトだし、よく知ってるから忘れがちだけど、これってものすごく貴重なんじゃないか?」

 汗を手ぬぐいで拭いて、折りたたんで頭に乗せた町田が、真面目な顔で言う。彼の古典的な行為は、露天風呂では必ず行うべき行動らしい。

「だろうね。佐々岡だってレベル高いから、類は友を呼ぶってのは本当なんだな」

 言いつつ、明も手ぬぐいを頭に乗せる。

「しかも、その一人と付き合ってるんだから、お前は凄いな」

「凄くはないよ。そもそも、凄いとかで表す問題なのか?それ」

 僕が町田に答えると、明が顎を掻きながら呟く。

「『類は友を呼ぶ』なら、俺たちにとっても不可能なことではないはずだが」

「だろう?だから別に凄くはないよ。ようは単純でさ、俺が好きになって、それがたまたま相手も俺を好きになってくれただけの話。努力でどうにかなる部分も確かにあるけど、恋愛って、相性という面もかなり大きいだろう。タイミングとか、運とか」

「ふふっ。巧生が言うと説得力があるね」

 明がやはり知的な笑みを浮かべて言った。

「まあ、お前は確かにいい男ではあるけどな」

「なんだよ、急に。町田、お前のぼせてんじゃないのか?」

 素直な誉め言葉に、思わずむず痒くなる。

「いや、最近の巧生は少しばかしカッコイイと思うときが在る。なんとなく、麻生がベタ惚れするの、分かる気がするよ」

 明もそんなことをのたまう。

「な、なんだよ気持ち悪いな。おだてても何も出ないぞ?」

「ははは。なんか昔のお前を思い出してな。最近のお前は、剣道やってたころに似てるんだよ。真剣で真っ直ぐで、苦悩して。それでいて、何にも負けない強さを持ってる。そう考えたら、たまには誉めるのもいいかと思ってな」

 僕には、がむしゃらに剣道をやっていた時期があった。確か小学校の高学年から中学の部活引退までだったと思う。大した成績は残せなかったが、一応部長を務め、それなりに強かった、はずだ。

 照れ隠しと四割ほどの感謝、二割の本心を込めて僕は言うことにした。

「ま、『類は友呼ぶ』だろ?俺がそうならお前たちも遠からず、だろう」

 男同士でお互いを称えて、気持ちが悪いったらないが、こういうのも極たまにならいいのだろう。こういうことを平気で言えるこの仲間が僕には誇りに思える。

 その時だ。どこからか、聞いたことのある声がする。

「うわぁ、いい景色。久しぶりだものね、ここに来るの」

「そうねぇ……小学校以来ね。改装もしたっていうから、綺麗になったわ。そう考えると、あたしたちの付き合いも長いわね」

 竹細工と天然石の壁の向こう側、恐らくは女風呂の露天であろう。

 柔らかくほわっとした声とよく通る高めの声。特別開放の時間なので、真帆と伊瀬以外である確率はゼロに近い。

「お、向うも来たか。ということは、今この竹垣を越えると伊瀬と麻生のヌードが……」

 そう言いつつ、すでに竹垣の方へ近付いて行こうとする町田の頭を、両げんこつの万力にかけて強制的に思いとどまらせる。

さっきまでの粋な男は変態へと早変わりしていた。

 僅かに漏れた町田の叫びにあちらも気付いたようだ。

「安曇たち、いるの?」

 伊瀬が声を上げる。

「おう、ちょっと前からいるぞ」

「そうさ、つまり現在この邪魔な竹を葬り去ることで俺たちは夢の小宇宙を目にうぐっ!」

 最後まで言わせず、僕は手ぬぐいを輪にして、町田の首に掛けて引っ張る。濡れているせいで、思ったよりも子気味よく締まる感じがする。町田はそのまま温泉の中に背面から倒れこんだ。

「あ、スマン。なんでもない」

 絶妙のタイミングで明が女性陣に聞こえるよう告げる。

「まさかとは思うけど、覗かないでよね」

「大丈夫だ。とりあえずは阻止に成功した」

 僕が答えると、今度は真帆の声で、

「巧ちゃんも見たいだろうけど、ここは我慢だよ」

 なぜに僕だけピンポイント指導なのだろう。そんな前科は無かったはずだが。

「げほっ。あのな、人は首を強く絞めると絶命することができるんだぞ!」

 復活した町田が首に絡まった手ぬぐいを外しながら、抗議してきた。

「自業自得だろう。真帆の裸を見ようとするからだ」

 僕が言うと、完全に傍観者になっている明がうんうんと頷く。

「じゃあね、ちょっとサービスしちゃおうか」

 こそこそと小声が聞こえて、伊瀬の声のトーンが少し変わる。こういう声は感じからして、悪巧みを考えた時の声だ。

「へえ、なるほどね。ええと、それでは実況解説をしたいと思います。麻生真帆さんの胸は、なかなか大きそうです。そうですね、女のあたしから見ても、芸術的な形をしているのは分かりますし、質感なんて……」

 その途端、それまで「ちょっとぉ」とか「なに言ってるの」とか言っていた真帆が急に声を上げた。

「ふわっ!やだあ、もう」

 真帆の聞いたこともない類の声に僕は、いや僕たちは固まってしまった。三人で目を見合わせてにやけるような、驚くような、微妙な顔になる。けどきっと、全員鼻の下を伸ばしてスケベな顔をしているのは間違いなさそうだ。

「ものすごく柔らかくて、触り心地は最高ですね。ほんとに、少し見ない間にこんなに綺麗になって。ちょっと前まではあたしよりも全然小さかったのに……」

 最後の方は本人のぼやきも混じりながら、伊瀬が実況する。その間も真帆は、「やん」とか、「だめ」とか何か悩ましげな声を漏らしている。

 僕たちは無言のまま聞き入っていた。こんな所が男の悲しい性である。ド変態的な表情をしているのだろう。あの冷静で、女に今ひとつ興味の無さそうな明でさえ、興味深げに耳を傾けていた。罪悪感を僅かに出しつつも顔はにんまりしている。

「もう、やめてよ、恥ずかしいなあ。私だけ触られるなんて不公平だわ。こうなったら……」

 そんな真帆の言葉の次に聞こえてきたのは、もちろん伊瀬の嬌声だった。

 竹垣の向うではいったい何が起こっているのだろう。はっきり言って、見たくて仕方ない。それは多分ここにいる全員だけではなく、全国の健全な男子は例外なく見たいに決まっている。そして、当然ながら下半身が危ない。

「な、なんか色々危ない……」

 ぽつりと、町田が呟く。

僕も明も同感である。

「おい、何やってるか知らないが、聞いていると心臓と理性に良くないぞ」

 僕は声を張った。

「鼻の毛細血管にもな」

 と、付け足す町田。

 そこで、向うからは二人のはしゃいだような笑い声が聞こえてきた。

「なぁに?この声聞いて、変な想像しちゃったんでしょう?」

 伊瀬が待っていましたとばかりに言う。

「あ~、いやらしいなあ~」

 真帆の声も聞こえる。

 僕はそこではっと気付くが、後の祭りだった。

思えば真帆と伊瀬のことだ。単なるサービスでこのような得をした覚えは過去に一度も無い。こういうことのある裏で、僕たちは何らかの形で遊ばれ、彼女たちを大いに楽しませているのは常である。詳細はよく分からんが、はめられたのだろう

「今のぜ~んぶ、声だけの演技でした。もう、本当に男ってスケベね」

「ホント、えっちだよね。でもなかなかの名演技でしょ、私たちも」

 ほらね。気付いたさ、三秒前に。

分かった時には、まあ手遅れってことはよくある話だ。いや、そもそも今回は僕たちに非はないはずだが、まあ無意味な抵抗だろうね。

でもいいじゃないか、今の声を聞いて妄想しないのは、きっとどこか患っている男子だ。実際真帆の色っぽい声を聞けたわけだし……得したと割り切ることにする。

 その後僕たちは女二人に適当にいじめられて、風呂を出る頃には丁度良い夕餉の時間になっていた。

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