第3話

「ねぇ、遊園地行こうよ、遊園地」

 ダンボール製のレンガタイルをさらに巨大なダンボールに一つ一つ貼り付けていた僕に、真帆は突然そう言った。

 今は十月である。

 具合が安定した真帆は、あれから一週間足らずで学校に来た。伊瀬の完璧なノートと、真帆の元来の出来の良さ、申し訳程度に僕の山勘が功を奏して、中間テストも難なく切り抜けた。あれだけ休んでいたのに、僕よりも順位が五番も上なのだから、それはそれで複雑な気分だ。

まあ、何はともあれ、真帆がここ最近は元気なのでとりあえずは安心である。

 それで、なんで僕らが放課後の教室でダンボール遊びをしているかというと、なんということは無い、文化祭の準備をしているのだ。

僕のクラスは喫茶店をやることになったのだが、それがどういうわけか、ウェイトレスのコスチュームはメイド服で、ウェイターはタキシードに蝶ネクタイだった。それでも、当初から比べれば、大分マシになった方だ。

 最初はとあるアホのクラスメイトの提案で『コスプレ喫茶』という何とも怪しい企画だったものを、親友の榊明さかきあきら町田光一郎まちだこういちろうらと僕で説得した所、女子の反対も味方してなんとか今の形に止まったのだ。

 それでも結局は、主に容姿で接客と裏方とが決まり、『美男美女で客を集めよう』という不純な方向性のまま決定に至ったのは、僕のクラスの容姿レベルが男女共に高いのが原因であろう。売り上げがそのまま個人の利益として分配される我が校の文化祭のシステムを考えると、誰も反対する理由がなかった。

 というわけで、真帆や伊瀬はもちろんのこと、町田や僕までもが接客係となってしまった。顔のよさで言えば、僕らより明なのだが、彼は思考、行動ともに予測不能な危険人物であるため、裏方となった。

彼をよく知る僕としては、明に飲食物を創らせる方が数倍危ないのだが、決まってしまったことはしょうがない。あとは、セルフディフェンスだ。まあ、真帆にはくれぐれも自分の店では飲食しないように注意しておかないといけない。

「ねぇ、遊園地。無性に行きたくなっちゃった」

 真帆がもう一度言う。

「いいけど、どこの?新しい所はメチャ混みだぞ?」

 最近できたテーマパークは、遊園地もあり水族館もあり、スパまで楽しめる癒しと遊び空間であるが、出来たばかりなので込んでいることは間違いない。そんなところに行くのはいくら何でも無謀である。某ネズミの園は常に込んでいるし、ネズミの領海も然り。

「う~ん……。あそこは?ほら、山の付近の遊園地。大きくはないけれど、あそこなら空いてない?」

 少し考えるそぶりはしたが、真帆は最初からそこをピックアップしていたようだった。

彼女が言っているのは、病院を通り越して更に六キロほど行ったところにある、小さな遊園地だ。山が近いので木々に満ち溢れた公園風の場所で、少し昔は結構良いデートスポットだったそうだ。確か、そこの売りは巨大な観覧車から見える街の夜景だとか。

「ああ、あそこか。いいかもしれない。この時期なら確実に空いてるな」

 多少さびれていても、人間渋滞が起こっている最新施設よりはずっと良い。人の多い所に行って、真帆の可愛さを見せびらかすのも優越感があって嫌いじゃないが、今回は二人でゆっくりとした時間が過ごせる場所がいいのだろう。となると、そこは打ってつけだといえる。

「でしょう。いつ行ける? 今度の日曜日?」

 何だか、瞳に星を一つ二つ輝かせて、いつになく早口で喋っている真帆は、なんだか子供みたいで可愛かった。

「いいよ。じゃ、明後日ってことだな」

 今日が金曜だから、日曜は明後日だ。僕の言葉に真帆は嬉しそうに頷く。

 何だろう、この中学生みたいな平和なやり取りは。この前伊瀬に言われた言葉が頭を過ぎる。

『微笑ましいお付き合い』

その通りだ。世間一般で言う、学生として望ましい男女交際とは、僕たちのことである。でも、他はどうあれ、これが僕たちの、僕たちらしい関係なのだからそれでいいのだ。

「はいはい、そこの平和ボケカップル!デートの約束は校外でやれ。そして、しっかり働け」

 余ったダンボールの切れ端で作ったメガホンを口に当てて町田が言った。

 僕も真帆も話してはいるものの、作業のペースは全く下がっていない。むしろ、監督気取りで指示をしている町田こそ働くべきなのではないかと思うが、彼は今回の文化祭実行委員様だ。同情の余地があるので仕方ない。

面倒くさいこの役目は、毎年必ず一人、誰かがやらなくてはならないのだが、今年の犠牲は町田光一郎と決まった。自分も多数決の際に、清き(自分以外の人なら誰でも良いとの願いを込めた)一票を入れた罪悪感から、このくらいの横暴には目を瞑る。

「はいよ、実行委員様」

 僕は肩をすくめて答えた。

「あんたも働きなさい。指示なんていらないでしょう?」

 伊瀬の明快な声と共に、同じくダンボールの切れ端で作ったブーメランが、町田の後頭部にヒットする。

「痛っ!……痛い、痛い!いや、マジで痛い。なんだ? 本当にダンボールか?」

 頭をさすりながら、少し驚いた様子で町田が伊瀬を見る。

「うん? ああ、ちょっとポスターカラーと木工用の仕上げニスを分厚く塗っただけの、列記としたスイカのダンボールよ」

 伊瀬、それはもうダンボールというレベルを遥かに越えた硬度を誇っているぞ。そう思ったのは、多分町田も同じだと思う。

 ちなみに、ブーメランは町田の後頭部にヒットした後、強引な軌道を描いて伊瀬の手に戻っていき、今は再び彼女が持っている。あれ?ブーメランって当たったら戻らないんじゃなかったっけ。

「薫ってブーメラン投げも上手なんだね。すごいなあ……今度教えてもらお」

 隣で何か、間違い&デンジャラスな発言をしているのは、至って真顔な真帆である。こういう天然に付いていけないようでは、真帆の相棒は務まらない。

「真帆、現代に置いてブーメランを上手く投げられるメリットは皆無だよ」

 そう言う僕に真帆は、「そうかなあ?」という顔で首を傾げる。これ以上詳しく説明するとややこしくなりそうなので、止めておいた。

「でも、よかったよ、元気になって。真帆はお祭り好きだから、文化祭楽しみにしていたでしょう? だから、それまでによくなればいいなって思ってたんだけど、さすがよね。ちゃんと間に合うものね」

 物騒な『く』の字型の凶器を手に近づいてきた伊瀬がそう言った。

「えへへ、当然よ。年に一回の文化祭を逃すわけにはいかないわよぅ」

「そうよね。真帆が居ないと、そこに居るイベント好きなはずの誰かさんまでやる気なくして、文化祭が盛り上がらないったらないわ」

 そう言って、伊瀬の嫌ぁな流し目が僕を見た。

「当たり前だろ。恋人同士なんだから」

 僕のこんなセリフは日常茶飯事なので、誰も気にしない。

「はいはい、ゴチソウサマ。お替りはいらないわよ」

「はぁい、お粗末さまでした」

 呆れる伊瀬に真帆がにこりと笑いながら返した。

「あと一週間と三日だぞ~! 急がないと間に合わないぞ~!」

 凝りもせず、何もしない実行委員様がハリボテメガホンで呼びかける。

 僕の生きている日常はこんなものだ。

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