第2話

麻生真帆あそうまほ

彼女に出会ったのは一年と六ヶ月前、高校に入学した時だ。同じクラスになって、席も隣にだった。

僕が『安曇巧生あずみこうき』で、彼女が『麻生真帆』だから、出席番号が二人とも一番という事で、最初の週番と、おまけにクラス委員までやらされた。それがきっかけで、僕たちは始まったのだと思う。

正直に言うと、僕の方は一目惚れに近かった。「よろしくね」の言葉とともに掛けられた、見ているだけでその場が和みそうな人懐っこい笑顔に、僕は完全に参ってしまったのだ。

 真帆は外見こそ色白で儚げな美少女であるが、話してみると結構気さくで好奇心旺盛な普通の娘であった。

一ヶ月に一回くらいのペースで欠席はしていたものの、学校に居る時はとても元気で、クラスでも常に中心になる人物だ。

そう、とても不治の病を患っているとは思えない。

『親しい友達』の関係が約一年続いて、三学期の終了式の日、僕は思い切って告白した。

緊張でガチガチになって放った、暑苦しいほどの想いを乗せた言の葉に、彼女は顔を真っ赤にしてごく小さく頷いてくれた。

それから、もう半年になる。

体が弱いのは本人から聞いていたし、調子が悪くなると学校へ来られないのは当然知っていたが、今年の夏休みに入ると同時に入院すると聞いた時は、さすがに驚いた。

そこで、僕は初めて真帆の病気のことを正確に聞いた。

病名不明、原因不明、治療法不明。症状は、せきと呼吸不全、動悸を伴う発作。どうやら心臓に問題があるらしいが、移植や手術をしても治らないようだ。事実、彼女は過去二回心臓を取り替えているのだが、最初は治ったように見えても、すぐに同じ症状が出てしまう。まさに不治の病である。

当初一ヶ月弱と言っていた入院が、一週、二週と延長していき、二学期が始まって一週間経った今も、まだ真帆は病院にいる。

「どうぞ」

 ノックをすると、聞きなれた声が答えてくれた。

「おう、どうだ、調子は?」

 ドアを開けながら、いつものように僕は明るく笑んで言う。

 彼女の病室、五○三号室は、結構高級な個室である。大きな窓からは中庭が見えるので、景色が良く、日当たりも良い。ただ、少しばかり余計に思える広さが、彼女の寂しさを煽る気がして僕は気に入らない。

「うん、今日は調子がいいのよ。学校の方はどう?」

 見た所、本当に顔色が良いので、とりあえずは安心する。今日みたいな調子が続けば、すぐにでも退院できるのだが、少しでも無理をすれば発作がおきてしまうというのが現実だ。

「ああ、とりあえず授業初めだから、今週はダラダラと、って感じかな」

 部屋の隅に寄せてある椅子を引っ張ってきて、それに腰を下ろす。

「そっか。巧ちゃんはどう?」

 ふわふわっと微笑みながら、真帆が聞く。

付き合う前までは『安曇君』だったのだが、それじゃあ何かよそよそしいからと言って、真帆は僕を『巧ちゃん』と呼び始めた。『巧ちゃん』なんて、誰からも呼ばれたことが無かった僕は、始めのうちはとてもくすぐったい気分になったものだが、慣れてくると彼女の口から発せられるその音が何とも心地よく聞こえてきた。真帆ならではの独特な発音が僕は好きだった。

「俺?俺は、いつも通りだよ。そうだな……違うとすれば、この前来た時より真帆を好きになったことぐらいかな」

 さりげなく言う僕の言葉に、真帆はすぐに真っ赤になった。 

彼女は古典的なキザなセリフに弱い。言った本人でさえ歯が浮いてしまうような言葉でも、彼女はそれを嬉しそうに聞いている。単に、ベタ好きとか、異性慣れしていないとかいう話もあるが、恥ずかしいセリフでも、それで愛情が伝えられたり、相手が喜んでくれたりするならば、それが一番良いに決まっている。ちなみに、僕はその影響でどんどんキザなセリフを製造する羽目になっているのだが。

「もう、恥ずかしいなぁ……」

 言葉ではそう言いつつも、やっぱり嬉しそうだ。

 彼女を完全に客観的に見るなんて僕には不可能だけど、仮にできたとしたら、それでも真帆は可愛いと思う。道を歩いていたら、男なら誰でも振り返る美人、というニュアンスとは少し違うが、多分彼女を知ると、男なら誰でも仲良くしたいと思う。ふわふわしていて、なんだか気持ちを柔らかくしてくれる少女なのだ。

 そういう意味では、『人間の女性』としても魅力より、小動物の持つそれに似ているかもしれない。こんなことを言うと真帆は怒るけどね。

「ごめんね、何処にも行けなくて」

 暫く話していると、真帆が暗い顔で突然そう言った。

「夏休みも何処にも行けなかったし、何もできなかったでしょう……」

 彼女は僕のことを気遣っているのだった。確かに、真帆がずっと入院していたから僕はほとんど毎日見舞いに来た。そういえば今年の夏休みは、何かをした記憶が少ない。仲の良い友達二、三人と一回だけ海に行ったが、それ以外は何処にも行かなかった。けれど、それをどうこうなんて、これっぽっちも思っていない。真帆が元気ではないのと、真帆と一緒に遊びに行けなかったのは残念であるが、見舞いという名目で毎日彼女に会えたこの夏休みは、ある意味満ち足りた時間であった。

「バカ。そんなこと気にするなよ。確かに何処にも行かなかったけど、何もしなかったわけじゃないさ。毎日真帆に会えて、直接話ができた。普通に夏休みを送ってたら、こうはいかないだろ?」

「でも……」

「それに、行けなかったのは真帆も同じじゃん。一応さ、花火は見に行ったし、夕涼みしながら西瓜も食べたし、結構夏らしいことはしたと思うけど?」

 たまたま花火大会の場所が病院に近かったのと、その日は今日みたいに体調がよかったので外泊許可が出て、彼女と僕は花火を見に行ったのだ。この夏に二人で起こした唯一のアクションである。

 真帆はわざわざ浴衣に着替えて、とても嬉しそうにはしゃいでいた。花火を見終えると、僕らは真帆の家の縁側で西瓜を食べて、自分たちで花火もやった。だから、何もしてないというわけではない。実際、それだけでも僕は十分だった。欲をいえば、果てが無いのでここは納得すべき所だ。

「でもでも、本当の本当は、ちょっと不満でしょ?」

 真帆は、まだ聞いてくる。自分が迷惑を掛けていると強く思っているせいだろうか。

「不満?そうだなあ、不満があるとすれば、真帆の『おめかし』した姿が見られないことと、やっぱり、真帆の体調が良くないことかな。それ以外は、本当に無いよ。俺は、二人で過ごせればそれでいいんだ。場所はどこだってね」

 僕は優しく微笑んだ。

 彼女はそれに、クスッと笑ってはにかむように下を向いた。真帆がこういう表情をするときは、大抵喜んでいる時である。

「……ありがと」

 小さな声で、ゆっくりと、しみじみと呟く。真帆の目が、僕を通して何処か遠くを見つめる。

 穏やかな瞳。憂いと愛情を十分に含んだ汚れのない眼差し。儚げなのに、今にも消えてしまいそうな気さえするのに、そこからは誰よりも確かな強い意志を感じる。彼女はそういう少女だ。きっと、精神面で言えば、僕なんて真帆の足元にも及ばないに違いない。自分を不治の病と知っていても、学校にいる時のように、見る人を和ませる眩しい顔で笑える、そんな強さを僕は持っていない。

 彼女の笑う顔が、僕は何よりも好きだった。

 だから、僕は精一杯頑張るつもりである。彼女が笑っていられるように、元気付けて、寂しい時は必ず傍に居てやって……それが僕にできる、唯一のことなのだろうと思っている。

「ねぇ、巧ちゃん」

 ふと、真帆が上目遣いに熱っぽい視線をくれる。

 心臓が高鳴った。どちらかというと童顔な真帆だが、こういう風な仕草をするとグンと大人の色っぽさが増す。

「ん?なんだ?」

「だ、い、す、き」

 唇の形をオーバーに動かして、彼女は言った。

 くしゃっと、心の空気が抜けて、苦しいほどの嬉しさとむず痒さで、心臓がざわつく。

 当然、それは決して、嫌な感覚ではなくて。

 僕は何だか、照れてしまった。気持ちをストレートに表現するのは彼女の魅力の一つなのだが、ここまで正直かつ唐突だと、さすがに反応に戸惑う。

 僕は答える代わりに、頭を撫でてやった。彼女はこうされるのが、案外好きらしい。

「それじゃ、また来るからな」

 少ししか一緒に居ないのに、もう外は暗くなり始めている。

 僕は背中に背負い込んだ山ほどの未練を何とか降ろして、病室を後にした。

 最後に小さく手を振って、病室のドアを閉める。

 無機質な廊下が広がり、僅かな物音と、話し声と、足音が聞こえた。

 この病院の廊下も、大分歩き慣れたものだ。

前方から、何度か見かけたことのある女性の看護士が歩いてくる。僕はその人に「こんにちは」と共に軽く会釈をして通り過ぎた。さすがに二ヶ月もの間、頻繁に出入りしていれば主治医はもちろん、その他の医師やこの棟の看護士とも顔見知りになり、会えば挨拶の一言や二言を交わすようになる。

また、病院側の人間は僕が『熱心に見舞いに来ている友人』という以外にも、『麻生真帆』の友人(恋人なんだけど)ということで、無愛想にはできないのも事実かもしれない。

真帆の父、麻生卓磨あそうたくまは、日本でも有名な内科医であり、それ以外にも、複製臓器をはじめとする人体復元関連の生物学においての第一人者らしい。

その道ではかなりの権威者であり、有名人なのだが、話すと気さくなただのおじさんで、僕としては好きなタイプの人間だった。

真帆の話によると、心臓外科の専門医であるこの病院の院長と彼女の父は、医学生時代からの友人なのだそうだ。そのことから真帆は特別待遇で入院できている。主治医も当然院長が自ら担ったそうだ。つまり、大病院の精鋭陣が真帆の専属の医療チームということになる。それでも治療法が分からないというのは、ある種の絶望的な響きがある。

彼女は毎日、あの部屋で何を思って過ごしているのだろう。何度も繰り返し考えたテーマだが、それが分かったところで何の意味もない事に途中で気付き、いつも思考を止める。周りはもちろん誰も言わないけれど、僕には分かることがある。真帆の病状は、日々悪くなっていることだ。僕と居る時の彼女は、大抵は元気であり、そうじゃない時も元気を装っている。体調もよくなったり悪くなったりまちまちだが、僕は確信していた。

麻生真帆の命はそんなに長くない。

それは十年かもしれない。その半分か、もっと短いかも。もしかすると、一年かも知れない。医者でも超能力者でも霊能力者でもない僕だから、そんな細かいことは分からないけど、最近の真帆を見ていると確実に思う。命の炎が弱くなりつつあると。思いたくないし、考えたくも無い。けれど、なんとなく分かる。本能が好きな人の死期を感じ取っているかのように。

 少し前まで、僕は本当に平凡な十七歳だった。適当に楽しいことを探して、落とさない程度に勉強して。イベントが好きだから、学校祭や体育祭では積極的に参加して盛り上がる。本当に、なんの危機にも遭遇していなく、また、遭遇するとも思っていなかった。

しかし、真帆と出会い、付き合い始め、病気のことを聞いて色々なことを考えた期間約一年半。僕の人生観は大きく変動した。僕は多分、大きく成長したと思う。

それが、よく成長したのか、はたまた悪くそうなったのかは、分からない。でも、僕は『普通の高校生』とは、違った価値観を身につけたのは確かだ。

駅前のロータリーを行き交う学生の群れの中で、いったい何人の人が「死」というものに直面しているだろうか。そうそういるはずが無い。病気や事故で兄弟、両親を失った人なら話は別だが、僕たちの年齢で知りうる死は、祖父母の死がおそらく一番大きなものであろう。しかもこの核家族化が進む現代において、祖父母との密着も薄れてきている。そう考えると、僕たちの生活は深刻に突き刺さる「死」から極めて離れていることになる。

命に優劣は無い。でも、大抵の場合、祖父母の死と両親の死の衝撃は同じではありえない。それが赤の他人ならなおさらだ。事実僕も祖父が大好きで、その祖父を二年前になくした。とても悲しかったが、同じように父さんや母さんに当てはめて考えると、遥かにゾッとする。想像の段階でその悲しみや絶望は容易に祖父のそれを超える。

そして、また別の意味で同じような違いが、恋人にはある。それを認識したことがあるかないかで、人間の持つ価値観はぐんと変わる。

それは些細で、けど大きな違いなのだ。

「あれ?安曇じゃない、今帰り?」

 僕の通う高校を少し過ぎた辺りで、女の子の声に呼び止められた。

真帆の病院と僕の自宅は、丁度学校を挟んで反対方向に、互いに同じくらいの距離がある。よって、病院から帰る時は必然的に再度高校の前を通過することになるのだ。

「ああ、伊瀬か。うん、病院の帰り」

 僕を呼び止めたのは、クラスメイトの伊瀬(いせ)薫(かおる)だった。手には、カバン以外にラケットケースを持っている。

そういえば、彼女はテニス部だった。うちの学校は、持ち運びに手間のかかる道具以外、どの部活のどんなものでも部室に置くことが許可されてないため、ラケットやら、バットやら、竹刀やらを、登下校時に毎回持って歩く光景が自然である。

「あたし部活があるから、最近行けないんだけど、どうだった?」

 伸び始めてきているミディアムストレートを揺らして、真剣な顔で聞いてくる。

それもそのはず、伊瀬は中学時代からの真帆の親友なのだ。僕の他に真帆の病気を正確に知っているのは、全校でも彼女だけかも知れない。休み間も、病室で何度も顔を合わせた。その分、伊瀬も頻繁に見舞いに来ていたということである。

「今日は調子が良さそうだった。ここの所、大分いいみたいなんだけどな」

「そう、なら良かった。明後日部活がないから、行こうと思ってたんだ」

「結構退屈してそうだからな。暇つぶししてやると喜ぶよ」

 僕の言葉に、彼女は無言でニヤッとしている。

伊瀬薫にも非公認ファンクラブが存在する聞いたことがあるが、こうして見ると伊瀬もなかなかの美人だ。もちろん真帆のファンクラブも存在するが、僕と付き合い始めてからは目立った行動はしなくなったな。

「ふふふ。なんかすっごく彼氏っぽい」

 伊瀬はそう言って、冷やかすような笑いをした。

「え?な、なんだよ、それ」

「だって、なんか『二人はなにも言わなくてもわかり合えます』って感じなんだもん」

 今ひとつ、分からないことを言っているが、言葉の真意が分からなくても、何となく恥ずかしい気がする。

「だから、なんだよ、それ」

 僕はそうとしか返せない。

「うん、なんて言うのかな……安曇と真帆ってね、普通のカップルって感じがしないのよ。ああ、カップルに見えないとか、そういうんじゃないの。ただ……そうね、深ぁい絆があるっていうか、一途な純愛っていうか、ピュア過ぎるっていうか」

「それは、一応誉められているんだよな?」

 伊瀬は、『当然』といった感じで頷いた。

「微笑ましいお付き合いって、素敵だと思うな。見てるとね、関係ないこっちまで、幸せになる感じ」

 伊瀬は何処か遠くを見ながら清々しく言っているが、『微笑ましいお付き合い』というのは、なんだか微妙に引っかかるニュアンスだ。

「はいはい、どうせ俺たちは『清いお付き合い』ですよ」

 僕は少し卑屈に言った。確かに、僕達はまだ、キスだって一回しかしてないし、それ以上の領域になんてなんて髪の毛の先も入っていないけど、別にいいじゃないか。周りの友達からは、意気地なしとか、奥手すぎるとか、いろいろ言われているけど、多分そんなんじゃない。

 僕だって十七歳の健康な男子だから、『清くない』ことに興味が無いわけじゃない。増してや、大好きな真帆の……となっては、むしろ、興味しかない。

 腕を組んだ時に当たる感触に、いつも理性がコケそうになるし、この間の浴衣姿のときに見た白いうなじなんて、色っぽすぎてその場で抱きすくめて、口ではとてもいえないようなことをしたい衝動に駆られたりもした。それでも僕は、その衝動を一つも実行に移すことはなかった。

「あれ、今の言葉にトゲがあったのわかっちゃった?」

 何食わぬ顔で伊瀬が言う。僕と真帆が付き合い始めたときには、『真帆に変なことしたら許さない』とか言っていたくせに、普段は皆に混じってこんなこと言うのだ。でも、彼女も本心から真帆の事を想っている人間の一人なのは、僕もよく分かっている。僕たちをからかって遊んでいるだけで、実際僕が真帆を悲しませるようなことをしたら、真っ先にラケットに釘を生やして殴りこんでくるのは、この伊瀬薫だろうと思う。

「でも、本当にいいと思うよ。なんか、あんたたち見ていると、落ち着くし。ほら、うちの高校でもいるじゃない?見るからに汚らしいお付き合いしています、っていうような人たちがさ。あんた達のことだから、どうせキスだってまだ数えるほどしかしてないんでしょう?それも唇合わせるだけの超初心者向けのやつ」

「ほっとけよ。……まあ、そうだけど」

 僕は言った。伊瀬には、真帆のことで話せないことや、相談できないことはほとんど無い。彼女も一年の頃から同じクラスなので、真帆の親友であると同時に僕の数少ない親しい女友達の一人だった。

「正直なところさ、大切すぎて、触れるのでさえ戸惑うんだ。傷つけてしまったら、どうしようってね」

 本心だった。どんなにイヤラシイ妄想を描くことはできても、本物の真帆を見た途端、傷つけたくない気持ちと底知れぬ愛しさが、逆の狂おしいほどに真帆を欲する熱情と世界戦争を起こし、いつも結果として前者が勝つ。これははっきり言って心臓に良くない。恋は死に至る病というのは、なんとなく分かるところである。

「それに、あいつもそういうのに疎いから、特にかもしれない」

 もちろん、僕にだけ問題があるわけじゃない。伊瀬が、『真帆は男性の本能に対する免疫が皆無』と断言するだけあって、真帆は本当にウブな娘だった。最初に手を繋いだ時なんか、サッと反射的にかわされたほどだ。なんとか繋いだものの、今度は顔を真っ赤にして、握るような、握らないような微妙な力の込め方をしていて、それに気をとられているせいか、会話が全くかみ合わなかったのを覚えている。

「あはは。だから、お似合いの二人なのよ。まぁ、真帆が幸せなら、あたしはなんでもいんだけどね」

 今度は、恐らく彼女の本心からの言葉である。

「そのかわり、真帆泣かせたら許さないわよ」

 更に笑いながら釘を刺す。ホント、保護者だな。

 僕の友人は、比較的硬派で純情で、ウブなやつが多い。高校生ともなれば、彼氏、彼女をとっかえひっかえやっている人間さえいるというのに、何とも古風な集団だ。皆恋愛を難しく、固く考えすぎているだけなので、誉められたものではないのかもしれないが、僕としては、そういう純情な奴らを結構気に入っている。皆、性格は全然違うのに、精神論を重んじて、理想を掲げ、プラトニックな視点で恋愛をとらえることに美学のような、誇りのようなものを持っているところで一致する。類は友を呼ぶとは、まさにこの事だ。

 ちょっぴりアホの集団かも知れない。

「それじゃ、明日学校でね」

 学校から数えて、四つ目の十字路で伊瀬は手を振って曲がって行った。伊瀬と同じ並びに真帆の家もある。そういえば、伊瀬の家の場所を僕は知らない。知る必要もないといえば、そこまでであるが、親しくしているのに知らないとは自分でもちょっと意外だった。

 ポケットに手を入れたことで、電源を切っていたスマートフォンに気付く。病院内での電源オフは常識なので、最近は入り口で無意識に切ることができるようになった。その分、逆にスイッチの入れ忘れが多いのだ。

(そういえば、真帆も一緒に携帯を買ったのはいいけど、機械オンチだから覚えるまで大変だったっけなあ……)

 人通りが極端に少ない小道を、遠い目でぼうっと眺めた。夕日はほぼ完全に落ちて、薄暗さが漂っている。

 また一緒に、真帆とここで待ち合わせて学校へ向かう日はもう少し先になるだろうと、そんなことを考えながら歩き出した。

      

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