9/15 ※ネタバレ注意 伊坂幸太郎『マリアビートル』
盛岡へ向かう東北新幹線に乗り込んだのは、優等生な外面の中に悪魔のような本性を隠す中学生の王子、その王子に息子を突き落とされた復讐を目論む元殺し屋の木村、裏社会の大物の息子を護送する殺し屋コンビの蜜柑と檸檬。トランクを盗むという簡単な仕事を任された不運な殺し屋の七尾。それぞれの思惑と共に、新幹線〈はやて〉と物語は加速する!
伊坂さんの『グラスホッパー』に続く殺し屋シリーズの二作目。単行本は二〇一〇年、文庫本は二〇一三年にそれぞれ刊行。ちなみに、文庫版には、七尾が主人公のショートショート「ついていないから笑う」が収録。二〇一八年には日本で舞台化、二〇二二年にはハリウッドでブラッド・ピットが主演の映画版が公開された。
こちらは再読。単行本が刊行されたころに読んだ後、ハリウッド映画化されたころ、映画版特別カバーの文庫版を購入した。映画を見る前後に読もうと思っていたが、タイミングを逃して、でも映画は見て、どうしようかなぁと思っていた時に、今年、仙台に旅行しよう、その時に東北新幹線の中で読もう、と思い立った。以上が、非常に個人的な話。
原作の舞台になった場所でその本を読む、というのは初めての経験。東京駅から仙台までの約二時間、じっと読書に集中した。時々、窓の外を見て、ああ、この景色を登場人物たちは見ていたのかなぁと思ったり、結構空いていて、静かなので、人の出入りもよく分かるだろうなぁとか思っていた。作中では、非常に重要な場所のトイレにも行ってみたりして。移動販売は、勇気が出なくて頼めなかったのがちょっとした後悔。
あと、モデルになった新幹線の「はやて」はすでに走っていなくて、「こまち」の方に乗った。だから、連結した車両には行けないという、幼稚園児でも知っているような真莉亜の失態もよく分かる。他に、車内の公衆電話と電光掲示板が見れなかった。それも残念。
いや、その前に、小説に集中していたので、あまり車内も見て回っていなかった。せめて、荷物置きのところくらいは……なんか、思い出していたら、色んな反省が出てきたぞ。また乗りたいかも。
えー、本当に個人的な話はここまでにして。再読なので、「ああ、ここが伏線だな」というのがよく分かった。大人を、特に年寄りを馬鹿にしていた王子にそれが帰ってくるところ、檸檬に「寝起きの悪い業者」の話をされたときに、木村が「誰だって寝起きは悪いもの」と返した由来、車内に潜入していたスズメバチの動き、などなど。特に、木村夫妻が新幹線に乗る準備をしているシーンはぞくぞくした。日常と暴力が地続きになっているところが。
それから七尾の動き。彼が最終的に生き残るってわかっているけれど、戦闘とピンチの時以外は、すごく鈍感で頼りなく見えてしまう。檸檬と蜜柑も気付いた、王子の本性に、彼だけ最後まで気付かなかったし。でも、ひとたびバトルになったら、まるで別人のような強さを発揮する。VSスズメバチは、シリーズ屈指のベストバウトじゃないだろうか?
ちなみに、私の作中の推しは、蜜柑。というか、シリーズの中で一番好き。……死んじゃうけどね、うん。怒りが頂点に達した時に、文学の引用をつらつら並べる癖を、蜜柑の死体を見つけた後にしているところとかたまらない。檸檬とヴァージニア・ウルフの『灯台へ』の一文「スプーンでスズメバチを殺した」について話しているシーンと、峰岸の息子から名前を聞かれたときに「芥川龍之介と梶井基次郎」と答えているシーンも好き。映画では、文学好きの設定が無くなっていて、どちらも削られているけれど……。
徹頭徹尾、エンタメに振りきった長編小説だが、王子が語っていた「正しいと言われたものを人は信じる」という話が示唆的で恐ろしい。解説でも述べられていたが、原発事故があったので、なおさら。新幹線に乗る時も、綺麗に並ぶというシステムに慣れ切った私達だからこそ、そこから自由に躍動する殺し屋たちに、恐ろしさと羨望を抱くのかもしれない。
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