9/11 川上弘美『猫を拾いに』


 場所や時代を問わず、老若男女が日々過ぎていく日常の中で不意に訪れる、自分にとって大切な「何か」に気付く瞬間を、時にユーモラスに、時に切なく描いた二十一編の短編集。

 これより前の年に発刊された『ざらざら』『パスタマシーンの幽霊』と同じく、雑誌『クウネル』の連載作品をひとまとめにした単行本。二〇一三年刊行。


 以前に、川上さんの短編集『ぼくの死体をよろしく頼む』の感想を書いたときのように、今回も気に入った話をかい摘まんで紹介しよう。




・「はにわ」

 初老の女性、「私」には、時々ふとした瞬間に悔恨が蘇ることがある。その中で最も深い悔恨は、息子の修二に関することで……。

 もしも我が子が、セクシュアルマイノリティだったら、というような内容。互いに互いのことを思いやっているはずなのに、どうしても溝が出来てしまっているような関係性がリアル。川上さんの作品は、ありえない展開の話も多いので、その分これが逆に身に迫って切なかった。その分、彼女が自分の半生を肯定するのと、ラストのくすっと来る展開が胸に染みた。




・「誕生日の夜」

 毎年、友達のナナと望と互いの誕生日を祝い合っている「わたし」だったが、その前の週にショッキングな出来事があった三十一歳の誕生日の夜、友達の提案でたくさんの人を招待して祝うことになった。

 なんか本作は、真面目なお話が多いなぁと思っていたら、急にギャグ漫画みたいな展開になって、大爆笑した。一番普通の人っぽい相手が、最もぶっとんでいるのが分かるのも好き。




・「正月の客」

 十九歳の「あたし」は、ホワイトという役職名で、五人一組のサクラのバイトをしている。彼女は元旦に、五人で会社の部下として自宅に来てほしいという依頼を受ける。

 こちらも、すごくシュールなコメディ作品。コントの脚本なんじゃないかってくらいに、ハチャメチャな展開に滅茶苦茶笑った。でも、「誰も自分の正体なんてわかりはしない」という終わり方をした後に、「あれ? 『あたし』の本名って、出てきていなくない?」と気付いて、ちょっとゾッとする、奇妙な読後感だった。




・「クリスマス・コンサート」

 保育園の頃からサンタクロースを信じていなかった「あたし」は、そのまま夢を持たない大学生になった。趣味のヴァイオリンを通して、カルテットの仲間として出会ったチェリストの青年・伊吹は、「あたし」とは正反対に夢をたくさん持った青年だった。

 大体中盤くらいに入っていたお話で、どストレートな恋のお話が出てきたので、すごくびっくりした。コミカルだけど、非常に真摯で、胸がきゅんとする。ラストなんて、泣きそうになったほどだった。




・「旅は無料」

 「わたし」が大学のオーケストラサークルで出会った坂上は、しゃれっけがないのに妙に可愛くて、男性から好かれるタイプだった。自分とは正反対な彼女を、「わたし」のこれまでの彼氏は惹かれていってしまう。

 これの前に掲載されていた「クリスマス・コンサート」の別視点の話。「クリスマス・コンサート」で「あたし」の親友の子が、こんなことを考えていたのかと、ちょっと驚いた内容。でも、ドロドロした感じは全くなく、最終的に、恋愛と友情の素晴らしさをしみじみ感じ入る終わり方だった。




・「ラッキーカラーは黄」

 「あたし」が家に通うほど仲の良い職場の先輩・阿部さん。彼女は、名前を呼ばれるのを酷く嫌っていた。そのため、「あたし」も、阿部さんの家では阿部さんのことを「女の阿部さん」、その夫を「男の阿部さん」、その娘も「子供も阿部さん」と呼ぶように言われている。

 自分を名前で呼ばれたくない、奇妙な女性に関する話だが、彼女の過去が関係していると明かされるところではっとする。なぜ、「あたし」にだけそれを話してくれたのかという理由もユーモラス。タイトルの由来も含めて、しみじみ読んでいたのだが、ラストのワンシーンで大笑いしてしまった。




・「九月の精霊」

 「わたし」の実家は、諸事情があり、お盆は九月にやっている。九月になると、目に見える姿で訪問してきた伯父や伯母たちと、「わたし」の家族は静かに交流する。

 小説としてはとても短いページ数なのに、「私」の少女時代、結婚後、子供たちが独立してから、初老あたりと、長い長い時間が、さっと流れていく。語り手は「わたし」ではあるけれど、目線は精霊のものかもしれない。亡くなった人との繋がり、その流れが自分にもあり、それはまた続いていく……そんな当たり前のことを、改めて意識させられた。




・「ホットココアにチョコレート」

 「あたし」の恋人、匠は、非の打ち所がないほどいい人。ただ、彼から深く愛されているはずの「あたし」だが、その生活に少し違和感がある。

 匠が教えてくれたという、世界一おいしいサンドイッチの作り方の紹介から始まるお話。その作り方が、なんともおいしそうで、でも、とてもめんどくさそう、というのが、非常に「匠」という青年を表しているような気がする。「愛している」だけでは越えられない壁があるんだなと、そのシビアさにどきりとした一作。




・「ピーカン」

 学校の図書館司書をしているという共通点以外は、年齢もバラバラな女性たちの飲み会に参加した「わたし」。話題がプライベートなものになった時、「わたし」は同棲中の恋人のことを思い出していた。

 はっきり言いますと、セックスレスのお話。彼のことが好き、でも、二年もしていない……というもどかしさが、確かな手触りと共に伝わってきて、すごくドキドキした。こういう性の話を、下世話にならないように描いているのは素直に感心した。




 ……以上ですかね。ちなみに、順位を決めると、一位「はにわ」、二位「ピーカン」、三位「クリスマス・コンサート」、四位「旅は無料」、五位「九月の精霊」になると思う。年齢によって変動するかもしれないが。

 ちなみに、「ピーカン」で、「そうだな! 愛する気持ちって、大事だな!」と頷いた後に、「ホットココアにチョコレート」を読んで、「ええ……愛だけじゃあ乗り越えられないものもあるの……」と戸惑うような感覚に陥る。でも、どっちが正しいとかじゃなくて、語り手に取って、それが大切というのが、それぞれ違うんだという真摯さだと受け取った。


 長くなるので削ったが、シングルマザー同士の交流だと思いきや、意外な関係が見えてきた「うみのしーる」、オーラの見える年上男性との恋愛「金色の道」、手のひらサイズのおじさんと少年の交流「ミンミン」、欲しいものは手に入らないと自覚する青年の独白「トンボ玉」も好き。

 川上さんの、男性目線の話好きだけど、この本には先ほどで紹介した二作しかなかったのが唯一残念なところかも。今度は、『ニシノユキヒコの恋と冒険』を読んでみたいなぁ。


















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