8/21 津村記久子『ポトスライムの舟』
弁当の製造工場を中心に、三つのアルバイトを掛け持ちして、働き詰めの毎日を過ごしている二十九歳のナガセ。工場の仕事を一年間続けた場合の給料で、世界旅行のツアーに行けると気付いた彼女は、あることをきっかけに、それを実行しようと決意する。しかし、その途端、お金がかかる出来事が続いてしまう。
二〇〇九年に芥川賞を受賞した津村さんの代表作。直属の上司のパワハラに苦しむ女性を主人公にした「十二月の窓辺」も同時収録。
おそらく、発表された頃から増え始めた、ワーキングプアに焦点を当てた一編。ナガセは前の職場でパワハラが原因で退職していて、一度何もしていない状況を経験したからこそ、働いていないとだめになってしまうと、自分で自分を追い込んでいく。客観的に見ると、そんなことしたら心身が持たないんじゃないかと思えるけれど、当の本人のがむしゃらな気持ちも、よく分かってしまう。
個人的な話で恐縮だが、私も仕事を辞めてから、二年ほど、求職活動をしていた。やっと見つけた仕事も、正直良い給料とは言えず、一人暮らしだったら赤字だっただろうなぁと思えるくらいだ。だからこそ、若さという時間を売って、生活費にしているのだというナガセの感覚には非常に共感した。
ナガセは実家で母と二人暮らしだが、彼女の周辺には、様々な立場の女性たちがいる。優秀な工場のチーフ、仕事を辞めてカフェを開いた友人、幼稚園児の娘を連れて家出してきた友人と、彼女は節約生活の中で、自分とは全く異なる順調そうな人生を送っている人たちにも、表には出せない切実な悩みがあることを知る。その分、たくさん愚痴るけれど、家族仲が良好そうな友人の存在が気になるけれど。
女性たちに対して、男性の登場人物は、ほぼ名前で呼ばれない。だからこれは、緩やかだけど強固な、女性たちの連帯の物語のようにも思えた。そして、ナガセのワーキングプアの生活は続くけれど、頑張っていればそれぞれに何かご褒美が訪れるようなラストの暗示が、とてもさわやかで幸せな気分になれた。
「十二月の窓辺」も、仕事で悩む女性の話だ。主人公のツガワに敵対しているような印象を受ける登場人物には、VとかQとか、日本人名としてはあり得ないような、記号的な呼び方をされているのが印象的。パワハラの様子はおぞましくて恐ろしく、しかし、どこかで自分自身にされた仕打ちを思い出してしまうので、きっと普遍的なものだろう。
こちらも、読み終わったときに抱いたのは、「人に優しくしたい」という気持ちだった。自分がどんなどん底にいようとも、周囲を見回して、手を差し伸べらるような人間になりたいと、強く思った。
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