5/2 小川洋子『ことり』


 とある小さな町で生まれ育った、二人の兄弟。小鳥を愛し、小鳥の言葉を話す兄と、その兄の言葉を唯一理解できた弟は、両親が亡くなり、互いに成人してからも、ずっと一緒に暮らしていた。その兄も亡くなったから、弟は幼稚園の鳥小屋の掃除を始めて、周囲から「小鳥の小父さん」と呼ばれるようになる。

 二〇一二年に書きおろしで発行された小川洋子さんによる長編小説。第六十三回芸術選奨の文部科学大臣賞を受賞。


 物語の構成はとてもシンプル。小鳥の小父さんが自宅で孤独死しているところが発見されて、その直後の周囲の対応について描かれる。そこから遡って、小鳥の小父さんが幼い頃、小鳥の言葉しか話さない兄と家族との関わり、母親と父親それぞれの死、成人してからの兄弟二人きりの生活、兄の死、その後の小父さんの生活――と、時代が「今」へと近づいてくる。

 語りは三人称だが、常に小父さんの心情に即している。他の登場人物、小父さんの兄に対しても、発した台詞や小父さんの視点でしか、どんな人かは分からない。しかし、その語りも急に小父さんの心から離れることもある。


 分かり合うことの難しさを、読みながら何度も痛感した。血の繋がった親子でも、同じ言語を共有しているはずの小父さんと兄でも、心の底から理解し合えるとは言い切れない。小父さんの物語を読んでいるはずの私たち読者も、小父さんがどうしてそんなことをしたのか分からない瞬間がある。

 家族でもそうなのだから、小父さんやその兄と深く関われない人々は余計に「分からないもの」として見られている。小父さんのことを遠巻きにしつつ、その未婚の老人についてひそひそと話をする人々――彼らの言葉や目線に、もの悲しさを抱く。


 だが、この目線は私たちのものではないかと、ふいに気付く。街中ですれ違う人たちが、どんな人生を送っていて、どんなものを愛して、何を考えているのかなんて知ることはできない。だけど、外見だけで、根拠のないマイナスな印象を抱いてしまう事だってある。作中の町や時代がどこでいつなのか明確にされていないからこそ、余計に周囲のことを考えた。

 傍から見ると、孤独な生涯を送った小父さんだが、本作を通して読むと、そう言うわけではないのだと分かってくる。たった一つの愛、それを通じ合う相手がひとりでもいたら、その一生はどこまでも愛おしく、美しくて幸せなものなのだろうと、しみじみ思った。



















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