2/19 桜庭一樹『無花果とムーン』
七月のある日、荒野の真ん中にある無花果町の女子高生・月夜は、大好きな兄の奈落を突然の事故で亡くしてしまう。もう一人の兄、父、奈落の友人や恋人など、気持ちを切り替えて前に進もうとするが、月夜は深い悲しみに暮れている。その彼女の想いが、死者を呼び出してしまう。
大切な人を失った喪失感、この家族とは血の繋がりの無いもらいっ子である月夜、大人と子供の境目の揺らぎ、狭い田舎町と外からの来訪者を描いた長編小説。発売は二〇一二年だが、雑誌連載中は二〇一一年だった。
その連載期間が、結構重要なポイントだと思う。あの春の日に、少なからずの人たちが、前準備の無いえいえんの別れを経験したのだから。月夜は、大切な人を目の前で、という形でもあるので、とりわけショックが大きかったようだ。
最初は、月夜がどう兄との別れに見切りをつけるのかがテーマだと思っていた。しかし、だんだんと奈落の幽霊のような存在感が増していき、月夜の生も侵食し始める。そういうホラーかと思いきや、UFO伝説がある無花果町のお祭りの準備のために他の町からの訪問者が現れて、少しファンタジーな交流が始まり、恋も生まれそうな予感がしてきたら、「おそろしい秘密」というサスペンス要素が顔を出す。
ジャンルをまたぐのも大変なのだが、まず、舞台設定が奇天烈なのも気になる。日本の中に、四方がトウモロコシ畑に囲まれた町なんてないだろうし、月夜も瞳の色が紫色をしているので、外国なんだろうかと思っていたが、「能」というワードで、日本だと気付かされる。そうだとしても、異国情緒を深く感じる不思議な風景描写だ。
だが、すらすらと読めてしまうのは、月夜の思春期真っただ中の語りが全般を一貫しているからだろう。「大人になりたくない」「兄と離れたくない」という気持ちが、家族と街に大騒動を巻き起こしていくのだが、その二つは深く理解できる。
そんな風に、月夜の語りが物語を引っ張っていくのだが、一瞬だけ、ある人物のひとりごとが見える瞬間がある。そして、ラストの一行。それがたまらなく切ないのだ。月夜の知れないこの部分が、きっと、彼女を導いてくれたのだと感じる。
悲しみを振り切り、この先の生活を続けていくのには、死んだ人を忘れるのが一番の方法だろう。しかし、それだけで本当にいいのだろうか? 月夜の必死な思いとあの独白は、そこに疑問を呈し、私たちに死者との別の形のと弔い方を提示させてくれた。
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