2024年
1/21 馳星周『黄金旅程』
北海道の馬産地・浦河で、引退馬の養老牧場を営む装蹄師の平野敬。彼は、知り合いの育成牧場出身の現役競走馬のエゴンウレアに高い素質を見出していた。しかし、周囲からの高い期待に反して、エゴンウレアはその荒い気性のせいで人の言う事を全く聞かず、重賞での優勝もない、シルバーコレクターだった。
実在した競走馬のステイゴールド、その現役時代を現在の傾きかけた日高の生産馬だったらというもしもで描かれた作品。『少年と犬』で直木賞を採った馳さんの受賞後第一作目であり、初めて競馬をテーマにした長編小説。
ウマ娘きっかけから競馬に興味を持って、色々調べていく内に、一番惹かれたのがステイゴールドの馬生だった。だから、ステイゴールドがどんな競争人生を歩んだのか、私も少し知っていたけれど、本作はドキドキワクワクしながら読めた。
まず、競馬の仕組みや裏側について、詳しく説明されている。そのため、競馬に縁のない人でも勉強しながら読める。私も、『黄金旅程』のお陰で、何となくしか分からなかった馬券の仕組みを理解できた。
ただ、そんな風に細かく説明されているので、競馬の影の部分も伝わってくる。冒頭から、敬の養老牧場で飼育している馬は、グレードが最も高いレース・通称GⅠを三度も採った名馬なのだが、種牡馬としての成績が芳しくなく、殺処分されかけたところを敬が引き取った、という背景がある。
サラブレッドは経済動物。どんなに愛情を注ごうとも、最終的な生死は、人間が握っている。激しいレースの故障によって安楽死することも、まだ子供でも突発的な事故で死ぬことだってある。馬のことを思えば、競馬なんてない方がいい、という台詞も出てくる。
ちらっとだけだが、作者の馳さんのインタビューで、馬産地の出身だが、最近まで競馬には興味がなく、むしろ、どうして競馬があるのか疑問に思っていた方だと語っていた。しかし、コロナ渦を通じて、それに対する答えの一つを得たという。
敬も、その疑問に対して、真摯に考えている。サラブレッドという、美しくももろい生き物を生み出してしまった人類の責任、そして、そんなサラブレッドたちを生かしていくための一つの手だという答えもあった。
だが、競馬関係者でも、全ての人々が馬のことを思い、真剣に向き合っているとは限らない。馬をただの金儲けの道具として、一方的に悪用しようとする者たちだっている。本作の登場した人物は、少し大袈裟にしているのかもしれないが、そんな一面もあるのだ。
レースの中で、馬たちはただただ走る。人間たちが、自分の背中に、金や夢や未来を賭けていることなんて知らずに。だが、一頭の馬に人々が力を尽くし、それに馬も応えてくれた瞬間に拓けた景色は、きっと記憶にも記録にも刻まれるものになるのだろう。
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