11/5 ジェローム・K・ジェローム『ボートの三人男 もちろん犬も』


 日々の生活に疲れ果てた「僕(J)」は、友人のジョージとハリス、愛犬のモンモランシーと共に、テムズ川を上る二週間の旅に出ることに。しかし、計画を立てて、荷物をまとめる時点で大わらわ。やっとこさ、ボートに乗り込んで出発したが、旅はトラブルの連続で……。

 十九世紀のイギリスを舞台にしたユーモア小説。当時の風習と自然を描きながらも、現代の日本の読者が読んでもくすりと来るような可笑しさに溢れている。作者のジェロームは、劇役者や新聞記者などを経験した後に執筆した、この一作でデビューする。


 時代と場所とを大きく隔てているので、そのユーモアが合うかどうかの懸念はあった。しかし、最初の方の、「僕」があらゆる病気に罹っていると思い込んでしまうというエピソードから可笑しかった。そして、妙に共感してしまうのだ。

 意外と、「ああ、この気持ち、わかるなぁ」と思える部分がいくつかあったのが、本書を読んでいて一つの発見だった。例えば、苦労を昨日の夜で荷造りしたのに、歯ブラシを入れっぱなしにしていたから朝に引っ張り出さないといけないとか、仕事のある朝はいつまでも寝たいのに、何の用事のない日に限って早起きしてしまうとか。


 私が一番好きなエピソードは、あるパーティーに参加した際に出席したドイツ人の青年たちから、「同じ建物にいるドイツ人演奏家が歌うコミックソングは絶品だ、一度聴いてみたらいい」と言われて、ドイツ語が分からないなりにその青年たちの反応を真似して大笑いしていたら、実はその歌は皇帝が涙を流すほどの悲しい曲で、演奏家が激怒した、というもの。青年たちが何とも上手に罠にかけていったので、それ以前に彼らを「僕」が小馬鹿にしていたのも相まって、余計に笑ってしまった。

 また、フォックステリアのモンモランシーも可愛らしい。いや、実際にいたら、きっと迷惑するくらいに喧嘩っ早い犬なのだが、見た目は天の使いかと思わるほどのものらしい。彼とケトルの激戦は必見だった。他にも、一向にバンジョーが上達しないジョージや、意気込んで始めたのに料理が下手なハリスなど、旅の同行者も個性的だ。「僕」については言うまでもない。


 一方で、当時のイギリスの風習についても興味深い。川の間にある、ロックという船用エレベーターのようなものも、頻繁に通るくらいに当り前のものだ。一番驚いたのは、村中の宿屋が満室になってしまったので、村人の家に泊まったという話だった。現代では考えられない感覚だが、昔はそれくらいに人と人との距離が近かったのだろう。

 また、通りがかったイギリスの景勝地の様子や、歴史も端的に描かれる。解説によると、ジェロームは本来このような部分を中心に描きたかったのだが、編集者によってカットされてしまったところも多数あるらしい。それでも、遠い昔に思いを馳せて、「僕」がその場の人物になり切ってしまうシーンは迫力と情緒がある。


 この小説の中には、変わっていってしまったもの、変わらない感覚が詰まっている。逆に、予言となった部分もある。「僕」が骨董品は、古いから価値があるのだと考えるシーンで、当時の少女たちが学校で縫った刺繍のサンプラーは遠い未来では高値で取引されるだろうと考えていたのだが、実際にその通りになっていた。

 そんな風に考察しても楽しいのだが、ユーモアで貫いているので、軽い気持ちで読んでみてもとても楽しい。「僕」たちと共に、遠い十九世紀のイギリスのテムズ河を旅してみてはどうだろうか。





















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