10/19 中村文則『土の中の子供』 


 タクシー運転手の青年「私」は、暴力を受けることと振るうことにどうしようもなく惹かれている。前の職場で知り合った、アルコールに依存気味の女性の白湯子と半同棲中だが、仕事は最近休みがちで……「土の中の子供」。近い将来の成功が約束された若いサラリーマンの「私」だったが、全てを投げ出し、橋の下で隠れて潜む昼夜逆転生活を送る。しかし、彼にとっての平穏を乱す出来事が……「蜘蛛の声」の二作が収録。

 作者の中村文則さんは、「土の中の子供」で芥川賞を受賞。「蜘蛛の声」はそれ以前に発表された初の短編小説。どちらも幼少期の出来事に半生を狂わされた男性が主人公だが、そのラストは大きく異なる。


 と、ここまで仰々しくあらすじを述べたのだが、実は、この本を大学生くらいの時に読んでいた。途中で既視感はあったものの、最後まで読んでから、あ、やっぱり読んだことあったわ、となってしまった。

 別に、再読したのを後悔していないし、二回目の面白さはあった。ただ、読んだという記憶がすっぽり抜けてしまっていたのが、なんだか悔しい。少々の申し訳なさもある。


 では、気を取り直して、再読の感想を。あらすじで述べたとおり、主人公二人は、幼い頃の強烈な体験をしている。その瞬間の身体感覚が生々しく描写され、当時の心理状態も鮮やかに立ち現れてくるので、読み手の心にも強く刻まれる。

 「暴力に惹かれる」のも、「誰にも知られずにいたい」のも、一般的には共感されづらい感覚だろう。しかし、過去を細かく振り返っているので、「こうなるのも仕方ないか」という説得力がある。共感を超えて、人物と気持ちが同調するというのも、小説などのフィクションを楽しむ際の醍醐味だろう。


 そして、そんな過去を抱える「私」は、大人になった現在、どうするのかという岐路に立たされる。もちろん過去は変えられないし、記憶は褪せることなどなく残り続ける。

 「こんな目に合わせた相手に復讐する」というのも、一つの手だろう。だが、暴力を振るってきた側だけでなく、目線はもっと大きくて理不尽なもの、社会そのものも超えて、「運命」に向けられていく。


 「私」の過去以外にも、この世界には暴力で溢れている。白湯子は、交際相手に殺されそうになったことがあり、ラジオでは外国の戦争(掲載年を見る、イラク戦争と思われる)や幼児の虐待死を報じ、通り魔やタクシー強盗や放火といった犯罪、警察のような公権力、野犬や冬の寒さのような自然の厳しさ、そして、全てを失わせる「死」も見え隠れする。

 だが、世界にあるのは暴力だけではない。「私」に優しく手を差し伸べてくれる大人も、身体を案じて愛してくれる人もいる。社会からの冷たい目、心の内で湧き上がってくる声も自分を苦しめるが、それを超えて、体の中から突き上げる感情もある。どこに耳目を向けるのか、その選択によって、二編の主人公の境遇は大きく分かれたのだと感じる一冊だった。

























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