10/12 三浦しをん『ののはな通信』
横浜にあるミッション系の女子高に通う二年生、ののとはなは、家庭環境や学力や性格が異なるが、気の置けない親友同士。しかし、ある事をきっかけに彼女たちは恋人に。それから、時間が流れて、環境も変わり、二人の心情も変化していく中で、何度も再会し、別れていく……。
森永・グリコ事件で騒がれる一九八四年、昭和の終わりが見えてきた一九八八年、あの日の直前である二〇一〇年と、十代、二十代、四十代の二人が交わした、手紙やメモやメールという文字情報だけで綴られた物語。
書簡小説だと知ってはいたけれど、本当に二人が交わした文字の情報しか出てこない。自分の気持ちを文章として正直に吐露しているが、その裏側で起きていた事実は、その後からしか描かれないので、叙述トリックの種明かしを喰らったかのような驚きが必ずあった。
そして、この手紙やメールなどのやりとりは、ののとはな以外には読まれない前提で書かれているので、これを読んでしまってもいいのかという背徳感があった。だが、四章を読み始めた時、彼女たちのやりとりを第三者として眺めている意義を感じ取れた。このパッと視界が開けたような感覚は忘れられない。
また、恋愛の苦しみと素晴らしさを、同時に描いているという印象もあった。深く愛しているからこそ、相手を疑ってしまい、裏切ってしまい、どうやっても許せない。それでも、激しく燃え上がった恋の後に残るは、それ以上に美しく、揺るぎようのない愛なのだ。胸を締め付けられるような苦しみに襲われるけれど、彼女たちはそれを乗り越えた先を見据えているのだと、肯定したくなる。
社会の中で女性として生きていくことの辛さも描かれる。一章で言及された女生徒と男性教諭とのスキャンダルのように、男社会に翻弄されるシーンは多々ある。無力さと怒りに翻弄されて、世間一般に言われる「普通」に取り込まれてしまうという虚しさもあった。
そして、三章からは一気に二人の眺めている世界が大きく広がる。視野が広がったことで、私たちは見てみぬふりをしている世界中の問題とも、否応なしに突き付けられる。のほほんと生活していた私たちは、どのようにその問題と向き合うのか、行動するのか。現在の社会情勢を鑑みて、考えていかなければならないのだと思う。
物語の終わりは、唐突に、見方によっては非常に呆気なく来てしまう。多少面食らったが、それでいいのだとも後々考えるようになった。この世界のどこかにいた二人だけの言葉の循環は、決して閉じられることなく、まだ見ぬ未来へと大きく開かれているのだから。
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