4/13 恒川光太郎『真夜中のたずねびと』


 ホラー小説家の恒川光太郎さんによるホラー中編小説集。それぞれ雑誌上で発表されていた五編をまとめて、二〇二〇年に発行された。

 それぞれが独立した話ではあるけれど、前の話の登場人物が不意に現れる瞬間があって、その再会が妙に嬉しく感じる。また、恒川さんの作品には珍しく、人知を超えた存在による怪奇現象ではなく、誰にでも降りかかりそうな災難による恐怖が描かれている。


 個人的に、本作は不条理小説だと思った。不条理小説は二パターンあって、一つはカフカの『変身』のように現実に起こりえない出来事に巻き込まれるのと、カミュの『ペスト』のように現実で起こりえることに巻き込まれるのだと考える。

 で、恒川さんの作品は、それほど多く読んでいないけれど、『夜市』『秋の牢獄』『南の子どもが夜いくところ』などを見ると、カフカのような不条理小説を書いていると思っていたが、今回は現実の延長線上に起きることを描いたカミュのような不条理小説だと思った。


 例えば、一作目の「ずっと昔、あなたと二人で」の主人公のアキは、家族がいなくて特定の家も持たず、ずっと放浪生活をしている子供だ。こうなってしまった理由は、阪神大震災に被災してしまったことによる。

 他にも、家族が殺人犯だったり、自分がひき逃げを起こしてしまったり、死体を捨てに来た人に遭遇してしまったりで、主人公たちは不条理という闇の呑みこまれてしまう。


 まともな人生を一本の細長い道だとしたら、登場人物たちはそれから踏み外してしまった人々という印象だった。それはふざけてしまったり、誰かから押されたり、強い風が吹いたりと、色々な理由があるけれど、落ちてしまったから、きっと元の道には戻れない、と思っているのは共通している。

 そして、作中で、あるいはこの世界で一番の不条理とは、死なのだろう。登場人物たちが、死体を見る、または意識するシーンはどこかで出てくる。生命活動を停止させたその物体は、そこに存在しているだけで、彼らを不条理と狂気へと引き摺りこんでいく。


 そんな状況に陥ってしまったら、どうすればいいのか。彼らの選択を、そんなの間違っていると否定するのも、そうだねそれしかないよねと肯定するのも、簡単ではある。なぜなら私たちは、彼らとは違う場所から、その人生を見つめているだけなのだから。

 ならば、もしも私が、その領域に落ちてしまったのら、どうなるのだろうか。世間一般的に「正しい」と言われることを果たせるのだろうか。自ら命を絶つことなく、生き続けることは出来るだろうか。それぞれの人生を通して、自分の足元で蹲る闇を意識してしまう一作だった。



























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