4/2 ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』


 月の裏側の洞穴で発見された、深紅の宇宙服の男の死体。どこの誰とも分からない彼は、五万年前に死んでいた――。人類史を根本から覆しかねない謎に、透視スコープを発明した天才原子物理学者・ハントが挑む。謎が謎を呼ぶ混沌とした研究のさなか、木星の惑星・ガニメデで見つかった巨大宇宙船が、新たな波紋を生む。

 二〇二X年の、地球人が宇宙へ進出し始めた黎明期を舞台とした、SF長編作。また、著者のジェイムズ・P・ホーガンのデビュー作でもある。日本語翻訳版も人気を得て、星雲賞を受賞した。その他、星野之宣によって漫画家もされている。


 本作のストーリーは非常にシンプルだ。五万年前の宇宙服の死体、通称チャーリーが、いったいどこから来たのかを解明する。ガニメデの宇宙船という新たな謎が現れることはあっても、チャーリーとの関連を探ることが中心で、物語の主軸は一切ブレない。

 この点が、個人的に驚いたところだった。これまで、数は少なくともSFを読んできたのだが、スペースオペラでもディストピアでもタイムトラベルでもAIものでもない、現代の知識の延長線上にある、地に足のついたSFを読んだのは初めてだった。そして、宇宙戦争やタイムパラドックスや人類の危機が起きないのに、べらぼうに面白いのも目から鱗だった。


 そして、これまでのSF作品と比べて、非常に分かりやすかった。私は小学校の算数の時点で挫折した根っからの文系で、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』や『海を見る人』のように理系知識が求められる作品は、正直なんとなく雰囲気で読んでいる部分があったのだが、今回は「なるほど! そういうことなのか!」と頷きながら読んでいった。

 また、ストレスなく読めたのは、作中に悪役が出て来ないところだった。生物学者のダンチェッカーが、主人公・ハントと議論を真正面から戦わせるシーンはあるが、それは彼が真摯にこの問題と向き合っている証拠である。例えば、無茶苦茶な理由を付けてこの研究を打ち切ろうとするお偉いさんとか、ハントの成果を横取りしようと目論む研究者みたいな分かりやすい悪はいない。こんな人たちが出てくる作品が駄目ではないが、「チャーリーの謎を解く」物語に邪魔になる部分は排除されているのが読みやすかった。


 さて、この作中最大の謎の答えは、チャーリーは地球人なのか、外星人なのか、のどちらかになる。しかし、それも最後まで全く答えが読めない。姿は地球人そっくりだが、五万年前に宇宙へ飛び立てるほどの文明は地球上で見つかっていない。しかし、他の惑星で、限りなく地球人に近い生物が発生する可能性は低いと、矛盾した情報が次々出てきて、作中人物と私たち読者を混乱させる。

 一つ一つ、情報を精査していって、どの説が正解なのかを、確かめていく過程も非常にわくわくさせられる。一見、無関係そうな情報から、意外な糸口が見えたりするので、研究において無駄な所は全くないのだと思えてくる。チャーリーの手記から、彼らの文明の考え方を知り、そこが思わぬ繋がりを見せた部分に、胸が高鳴った。


 実をいうと、プロローグは生前のチャーリーの描写から始まっている。ここで、チャーリーの正体がわかってしまうのでは? という懸念があったが、そんなことは全く無く、最後の最後でこの描写の背景が分かった瞬間に感動させられた。

 学術的な正しさは置いておいて、こういうことがあったのかもしれない、という一つの可能性を垣間見れて、とても興味深い物語だった。サイエンスフィクションの意味をこれを読んで理解できた気がする。また、このお話の続編があるらしいので、機会があれば読んでみたいと思う。





































 

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