3/15 向田邦子『寺内貫太郎一家』
東京の下町で、石屋を営んでいる寺内貫太郎は、おっとりした妻の里子、悪戯好きな姑のきん、左足が悪い長女の静江、浪人生の長男の周平の家族、新潟から来た若いお手伝いのミヨ子、頼れる掘り職人のイワさん、おちょこちょいな部下のタメ公に囲まれて、毎日賑やかに暮らしている。
怒りっぽくてすぐに手を挙げるが、涙もろくて人情家な貫太郎と、昭和の家族像や下町の人々の関係性をユーモラスに、と同時に物悲しく、とても優しい目線で描いた作品。人気ドラマの小説版で、12のエピソードを収録。
『思い出トランプ』に続いて、二作目の向田邦子作品の読破。『思い出トランプ』のあらすじに、普通の人たちへの卑怯さとかに対しての目線が優しいと書かれていたのがピンとこなかったけれど、こちらにはそれが入っているように感じる。
昭和時代の人の考え方は、現在の人たちからすると、受け入れがたかったり、反論したかったりするものとして扱われる。一方、貫太郎はすぐ暴力を振るい、その対象は男女も年齢も関係ないけれど、その根っこにある愛があるのだということが、しっかり伝わってきた。「愛のある拳」という表現は、私にとって中々呑み込めないものではあるけれど、でも、一方的に否定してはいけないなぁと思った。
それから、昭和時代の繋がり方というのが、良いなぁと初めて思えた。私は、家族であっても、踏み込んではいけない領域があると思っている。反対に、作中では相手の心にズカズカ入って行って、結構無神経なことを言ってしまって傷付けてしまうシーンが時々出てくる。
でも、その後に傷つけてしまったことを知り、自分の方が相手と同じくらい傷ついてしまう。そのお詫びの為だったら、どんなことでもしてあげようとする。そんな素朴さと優しさが、胸にぐっと来た。
いつでも家族のことを考えて、家族が一番幸せになってほしいと思う。その押しつけがましいと思える感情は、優しさと責任感から芽生えている。静江の足が悪いのは、貫太郎の不注意で怪我をしてしまったからであり、だからこそ、静江が好きになった相手がシングルファザーだと知った時には、大反対する。その理由が最終話で判明するシーンは感動した。
また、血の繋がりはないけれど、貫太郎の親父の代から働いているイワさんや、ドジでお調子者のタメ公も、天涯孤独の身で新潟から上京してきた十七歳のミヨ子も、家族同然の扱いを受ける。自分の手の届く人たちを大切にする、そんな実直さが、心を温かくしてくれた。
作中では、貫太郎と周平の衝突が度々起こる。石屋の三代目の貫太郎と、大学に行こうとしているシティボーイな周平とは、感覚も考え方も色々違うから、当然のことだ。こういう父子の反発というのは、いつだってどこだって起こって来たんだろうなぁと感じる。
元々がテレビドラマという性質上、作中では時代の空気、その潮目も含めて閉じ込められている。変わってしまったものだからこそ、妙に懐かしく、同時に愛おしく感じられる一作だった。
ちなみに、私が読んだのは新潮文庫版で、それには、ドラマのプロデューサーだった久世光彦の解説が入っている。なので、解説というよりも、ドラマの裏話と、亡くなってしまった向田邦子への気持ちが切々と綴られている。
それもまた切なくも素晴らしかったので、是非一読を。
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