第9話
「アル?」
その時、後ろで聞き覚えのある声がして、振り返ると邑の少女に手を引かれた女性がいた。
絹のような白い髪を持つ美しい女性で、その瞳は深紅と言えるほどに赤かった。
すると地面がグラグラと揺れ出して、目の前が真っ暗になった。
その青年を邑人に運んでもらって、エリスの家のベットに寝かせてもらった。
お医者様に診てもらったけれど、単なる疲労だから命に別状はないと言われた。でも内腑が疲弊しきっているので、数日はベッドから起こさない様にときつく言われた。
今はぐっすりと眠っていて、でも疲れのせいで微熱があるようで、その額に濡れた布を置いてやった。
その青年はアルに見える。でも記憶より背は大分高く、その顔は日に焼けてとても精悍だった。
それでも、目元や口元の優しげな雰囲気は間違いなくあのアルだ。
でも遠すぎる。あのお屋敷の在る国から見たら、ここは地の果てとも言える場所だ。だからアルがここに居る筈がない・・・
他人の空似だったらどうしよう、そんな不安を感じながらあの時の事を思い出していた。
***
あの年越しの夜、目を開けるとエリスは闇の中にいた。すぐ先に洞があって、そこの闇は一層濃く深かった。
「よく来たね。いらっしゃい。」
闇の中から穏やかな男性の声がした。
「怖がらないで。貴女に危害は加えないから。」
その声はそう言って、彼女を連れて来た理由を話してくれた。
彼はこの国の王様だった。
でも執政である侯爵の傀儡として何の権限も持たされていなかった彼は、無為な日々を送るうち、一人の女性に出会った。
ルビーのように赤い瞳を持つその女性は、遠い島国から来たと言う。
「私は彼女と深く愛しあい、そして彼女と結ばれるために真の王になろうとした。」
そして同志を募り、あと一歩で執政を追い落とせるという時に、裏切りにあって政争に敗れた。
彼女は捕らえられ、処刑された。邪悪な魔法で王を誑(たぶら)かし唆(そそのか)したと冤罪を被せられて。本当の彼女は魔女などではなかったのに。
刑の執行の前夜、牢屋の鉄格子越しに彼女と逢うことを許された。
「生まれ変わったら必ず、あなたに逢いに行きます。」
彼女は来世での再会を誓った。生は輪転し業はまた廻る。輪廻とは彼女の故郷での命の捉え方だった。
「彼女か処刑されてすぐ後に、私も毒を飲まされて死んだ。そして亡霊となった。」
やがて王になった執政は、この屋敷に赤い瞳を持った少女を幽閉した。
密偵が彼女の最後の会話を盗み聞きし、執政に伝えていた。そして彼は誤解した。彼女が生まれ変わり蘇ると。輪廻はこの国では馴染みの無い考えだった。
「自らがついた嘘なのに、執政だった王は彼女を本当の魔女だと思い込み、そして彼に復讐する為に蘇るのだと妄想した。」
魔女は十五で覚醒するという。だから屋敷の少女は、十五歳になった年に処刑された。
「赤い瞳の子はごく稀に生まれる。強い魔力を持った女の子に多い。君のようにね。」
だから赤い瞳の少女は時々生まれ、執政だった王が没しても彼女らは屋敷に幽閉され、そして十五になって殺された。そういう子を何人も見送った。
彼女たちが可哀そうで、彼は墓地に集う精霊たちと契約した。
「私は亡霊となっても人の姿を持っていたが、それを差し出す代わりに少女たちを助けてもらった。少女が殺される年へのまたぎに、遠いところへ逃がしてもらった。精霊の力は年変わりの砌に強くなるからね。」
この洞の先は、彼が愛した彼女が生まれた土地に繋がっていて、エリスもそこへ逃がしてくれるのだそうだ。
「でも・・・アルが・・・」
エリスが泣きながら呟くと彼は言った。
「大丈夫、彼ならきっと君を見つけてくれる。私は姿すら失ったから、もし彼女が廻り戻って来ても私には気付かない。だから私たちは再会出来ない。永遠にね。でも君たちは違う。」
さぁ、時間だ、闇の声が言うと、エリスは洞の闇に吸い込まれた。振り返ると、姿が見えないながらも、彼がとても悲しい顔をしている気がした。
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