第4話

 追いかけてゆくと、彼女は傀儡(ゴーレム)に命じていた。


「早く、こっちに来て。食堂の中に入ってそこで隠れていて。」


 いつもと違う雰囲気のエリスを、首を傾げて不思議そうに見ていた傀儡は、でもその言葉に従って食堂に向かった。


「アル、あなたも食堂に居て。扉は閉じておいてね。誰かがお屋敷に入ってきても絶対に出て来ないで。」


 そう言い残すと急いで二階に上がって行った。




 混乱しながらも食堂で息を潜めていると、長靴が床を踏む音が近づいてきた。


 エリスに言われた通り、それが通り過ぎるのをジッと待つ。傀儡もテーブルの下に隠れてアルの顔を見上げている。


 でもその音は食堂の前で止まり、僅かに軋む音と共に扉が開かれた。すると紺色の詰襟服を着た背の高い男が入って来た。


「お?人が居たか?」


 男は驚いて一瞬動きを止めたが、アルをまじまじと見て声をかけて来た。


「お前が新しい魔女の従者か?」


 お世話係の事を従者と言うんだろうか?とりあえずコクリと頷くと、男は自己紹介してくれた。彼はグスタフという、王宮を守る宮廷衛士だそうだ。


「すまんが水を一杯くれんか?秋だというのに、今日は真夏の様に暑い。」


 机の下の傀儡が見つからない様に急いでその場を離れ、水瓶からコップに水を掬って渡した。するとグスタフという男は、美味しそうに喉を鳴らしながらそれを飲み干した。


「お前は確か、あの子爵家の使用人だったな?いや、元子爵か、魔道具師の家柄の。」


 水を飲んで一息ついたグスタフは、改めてアルに興味を持ったようだ。


 ここに来る前、アルは貴族の家で飼われていた。飼われて、というのは、そこの主人がいつもそう言っていたからで、実際、魔道具の技術を仕込まれてからは、檻で飼われるように、部屋に閉じ込められて魔道具を作り続けさせられていた。


「あの無能は、あろうことか陛下の前で魔道具を暴走させおったのだったな。」


 それで家が取り潰しになり、使用人であるアルも連座させられて罰を受けた。


「ここに遣られたのは労役か?」


 アルはまた頷いた。彼の罰は、この屋敷でエリスのお世話をすること。でもここでは、彼女のおかげで信じられないくらい穏やに暮らせている。それを説明しようとしたが


「そうか、では労役中の従者殿に、お前の主人のところに案内してもらおうか。」


 グスタフはそう言って、アルにエリスの部屋へと案内させた。




 ノックすると、どうぞ、という落ち着いた声が聞こえて、でもアルが入ると、書斎机のエリスは明らかに動揺した。


「この者が食堂に隠れていたぞ。客が来たら主人のところまで案内するのが従者の役目なのにな。」


 グスタフという男が失笑を浮かべながら入って来た。


「魔女殿、久しぶりだな。元気にしておられたか?」


 そう言いながら前に立つと、エリスは目を閉じたまま頷いた。つい先ほどの動揺は上手に隠されていた。


 それからグスタフは取り止めのない世間話を始め、それが終わると少し居住まいを正した。


「さて、魔女殿。今回の訪問も定例の確認が目的だ。どうだ?何か変わった事は有ったかな?あぁ、御目は閉じたままで良いぞ。」


「何も変わりはありません。」


 アルはその硬い声にビックリして彼女に目をやると、その端正な顔から全ての表情が隠されていた。


 そんなエリスを見るのは初めてで、彼女はきっとそれを見られたく無いのだと思ったら申し訳なくなった。


「そうか。それならば良い。ではもう一つ、これも確認せねばならん。」


 するとグスタフの横顔が緊張を孕むのが分かった。


「お覚悟に、変わりはないか?」


 声を落として問う彼に、エリスは短くはっきりと答えた。


「はい、変わりはありません。」


 アルはその乾いた声も気になったが、それよりも、何の話かさっぱり分からなかったが、彼らの短い会話に慄きにも似た不安を感じ、顔が強張るのが分かった。


 でもグスタフはエリスをジッと見つめた後、緊張をふっと解いて朗らかな顔になった。


「そうか、それは重畳。僅かな残り時間をせめて心安らかに過ごし、立派にそのお覚悟を成就されよ。」


 そう言って恭しく礼をした。


「そうだ、何か欲しいものはないか?特別に我儘を聞いてやろう。甘い菓子などどうだ?最近王都で流行りの菓子があってな・・・」


 グスタフは、淑女に大人気だというお菓子の話を披露した。でもアルの心は不安に押しつぶされそうで、彼の話の欠片も頭に入ってこなかった。




 会見後、アルは門の外の馬車までグスタフを見送った。


「そうそう、忘れるところだった。」


 そう言うと懐から取り出した布袋を手渡した。


「国王陛下からの御心付けだ。それであの魔女が望むものでも買ってやれ。」


 その中には金貨が入っていた。


「分かっているな?時が近づくと心も揺れるものだ。なだめても脅してでも良いから、決して魔女の覚悟を翻意させるなよ。」


 覚悟というのが何の事か分からなかったが、怖くて聞き返せなかった。グスタフは冷たい眼差しのまま馬車に乗り込んで帰って行った。

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