第3話
アルが来てから一ヶ月が経った。
その朝、エリスは最初の頃の事を思い出していた。
新しいお世話係は同い年の男の子だと聞かされて、同年代の子と会うのは初めてだけれど、仲良くなれたら良いなと楽しみにしていた。
でも会ってみたらガッカリした。
私の赤い瞳は人を惑わす呪われたもの。だから皆、気味悪がって目を合わせてくれなかった。
そしてその子もやっぱり目を合わせてくれなかった。
生まれた村では、ずっと暗い小屋に閉じ込められていた。いつも独りぼっちで、村に住んでいると言う両親の顔も知らない。
お世話をしてくれるお婆さんは
「魔女が出た村は罰せられる。だからお前は誰にもその姿を見られるんじゃないよ。」
そう毎日言った。どうも私は魔女というもので、白い髪は不気味で、赤い瞳は邪悪な力を持つらしい。だからお婆さんは決して目を合わせてくれなかった。
でもあの日、アルは魔道具の事を私の目を見ながら話してくれた。だから涙が溢れそうになったけれど、彼は話す事に一生懸命で、そんな様子に気づいていなかった。
それからも、時々モジモジして目を逸らすけれど、目を見て話してくれるから、一緒にいると心が温かくなって安心する。
今日も一緒に朝食を取ろう。そして魔道具の事を教えてもらって、沢山お話しをしよう。せめて残された時間を、アルと一緒に楽しく過ごそう。
エリスは軽やかな足取りで食堂へ向かった。
***
一階に降りると、食堂の前でアルが床を見つめていた。
「おはよう、アル。」
すると彼は気まずそうに挨拶を返した。
「どうしたの?」
「今は魔道具の勉強を朝からしてるでしょ?」
最近は朝から魔道具の勉強をしている。しかも二人で新たな術式を開発するまでになっていて、エリスの魔道具についての造詣は、アルが隣にいることもあって短期間で驚くほど深くなった。
「だから本来の仕事が疎かになってて・・・」
廊下の床にはうっすら埃が積もっていた。元々アルの仕事はこの屋敷の掃除だけれど、その掃除の時間が取れないのだ。
「ねぇ、この間、傀儡(ゴーレム)の魔法陣を作ったでしょ?あれを、お掃除をする傀儡の物に変えられないかな?」
うーん、それはまたなんて言うか・・・面白そうだ。
「やってみましょう。」
アルが言うとエリスにじっと睨まれた。
「・・・やってみよう・・・エリス。」
先日、アルは敬語を使わないと約束させられた。ついでにエリスと名前呼びすることも。
でもまだ慣れなくて、特に名前を口にする度に心がさわつき困ってしまう。でもそんな事情を知らないエリスは満足そうに微笑みかけた。
***
それから数日、二人顔を突き合わせて術式を改良した。傀儡(ゴーレム)の材料は、試作なので庭の石を使う。
少し大きめの石を胴体にし、その周りに頭と手足の石を、そして箒を持たせたいから指に当たる小石も並べた。
そうしたら不恰好な人形(ひとがた)ができ上がった。
新たに作った術式を組み込んだ魔法陣を胴体に描いた。
「ちょっと待ってて。」
魔力を通してもらおうとしたら、彼女は何かを探して庭を歩き回り、帰ってきたら黒い小石を二つ持っていた。
「目をつけてあげたほうが可愛いでしょ?」
その小石を顔に乗せたら、目の様に見えなくも無い?
以前の失敗もあり、魔力を絞って少量だけ流し込んでもらうと、魔法陣が土の黄色に輝いた。
すると並べた石たちが魔力で繋がり、暫くジタバタと格闘した末に立ち上がった。アルの膝ほどの背しかないチンチクリン。
「可愛い!」
エリスの叫ぶような声に、ビックリしてその可愛いものを探したけれど、目の前の不格好な傀儡しか見つからない。
「おめめをくりくりさせて!こんにちは。おはようかな?」
その顔を覗き込み、黒い小石を見つめて言うのだけれど、アルにはどう見ても二つの石コロにしか見えない。
でもこの出来損ないを決して悪く言ってはいけない。女の子と関わった経験が乏しいアルでも、その事を本能が教えてくれた。
それから、木の枝と枯れ草で作った箒を傀儡に持たせると、エリスも箒を持って、掃除の仕方を教えながら屋敷の中を練り歩いた。
傀儡もその後をピョコピョコ付いてまわり、見よう見真似で廊下を掃くと、その度に喜んで褒めてあげていた。
***
こうして、アルとエリスとお掃除傀儡の、二人と一体の生活が始まった。
その生活はとても静かで穏やかだった。今も食堂で、廊下を掃く箒の音を聞きながら、二人で静かに朝食をとっている。傀儡もだいぶ掃除が上手くなり、屋敷も綺麗になった。
その時、外で馬車の音が聞こえた。このお屋敷では珍しいその音に振り向くと、後ろでガタリとエリスが席を立つ音がして、彼女は急いで廊下に出て行った。
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