第2話

 「魔術師さんは、起こす事柄をイメージしながら魔法を使いますよね?でも魔道具では全て術式に書き下します。それを魔法陣に乗せて・・・」


 魔道具の話を始めたら、ソファーの向かいに座る魔女が不思議そうにアルを見ていた。

 

 ”しまった・・・”


 魔道具の事となると留めどなく話してしまう。アルの悪い癖だ。


「しゃべり過ぎました。面白くなかったですね。」


「いえ、そうじゃないの。」


 でも魔女は慌てて手を振った。


「さっきから私の目を見ながら話してるでしょ?嫌じゃないの?」


 この人はさっきもそんなことを言っていた。


「嫌じゃないです。」


 でも魔道具の話で無くなったら彼女を見ていられなくなって、俯きがちに頷くと、魔女は、そう、と短く答えた。


「じゃぁ、続きを話して。」


 今度はアルが魔女を不思議そうに見た。


「こんな話、嫌じゃないですか?」


「嫌じゃない。分かりやすくて面白いわ。だからもっと聞かせて。」


 変わった人だと思ったけれど、こんな風にアルの話を聞いてくれる人は初めてで嬉しかった。


 そしてこの日から、毎日この部屋で魔道具の授業をすることになった。



 ***



 授業では最初にルーン文字を教えた。


 古代ルーン文字は四十字。彼女はそれをすぐに覚えてしまった。だから今は単語に取り組んでいる。


 ルーン文字は一文字か二文字で単語を表すから、同じ文字が複数の意味を持ってしまう。だからルーン文字で書いた術式には、補助のために魔導回路を使う。


 火、水、風・・・魔法陣の小円の内に単語の意味を指定する図形を描いて意味を定着させる。それが魔導回路と呼ばれるもの。


 彼女は色々な単語を魔導回路と一緒に覚えている。学習が早い。


「私、魔法なんて使えないわ。」


 彼女がそう言ったからビックリした。


「でも魔女なんでしょ?」


「みんながそう言うだけよ。誰かに魔法を教わった事も無いし、だからどうやって使うかも分からない。」


 そう言って寂しそうな顔をするから、聞いてはいけないことを聞いた気がしてモジモジしていたら、彼女の指がチョークで汚れているのが目に入った。


 ルーン文字を学ぶのに、彼女は小さな石板とチョークを使っている。


「勉強するとチョークで指が汚れますよね。」


 唐突だったけれど、気まずい雰囲気から逃れたくて彼女の指を差した。

 

「指を洗って奇麗にする魔道具を、これまでに覚えた単語で作ってみませんか?」


 すると彼女の顔がパッと明るくなってホッとした。



 二人で話し合ってフィンガーボウルを作ることになって、まずは魔法陣に描く術式を組み立てる事にした。


 でも彼女は本当に呑み込みが早くて、雨の残り滓を集めて水を作る術式をすぐに編んでしまった。


「でもこれでは、水を作れるのは一回きりですよね。その水が何度も自動的に生成されるようにしたくないですか?魔道具なんだし。」

 

「そんなこと出来るの?」


 彼女はキラキラと輝く目を向けた。


 今では流石にアルも慣れてきて、彼女の目を、時々だけれど、見返すことが出来るようになっていた。




 出来上がった術式を魔法陣にして、食堂にあったボウルの底に木炭で書き込んだ。でもその金属製のボウルは指を洗うには大きすぎる。


「これだと洗面器ですね。あぁ、顔を洗うなら温水がいいな。火だと熱すぎるから陽光を使うとして、それなら術式は・・・」


「アル?アル先生?」


 没入しかけたのを引き留めてもらった。危ない、彼女を置いてきぼりにするところだった。


「体内の魔力を指先に集めたら、そっとこのボウルに流し込んでみてください。」


 すると彼女は、右腕を差し出し目を閉じて集中する。窓から差し込む陽光を浴びたその横顔を見たら、目が離せなくなってしまった。


 そっと指先が触れて、魔力が流れ込むのが分かった。するとボウルの底の魔法陣が水の青に光った。


 それから、何故かカタカタとボウルが揺れ出した。そんな動作は組み込んで無かったから、アルは首を傾げながらその中を覗いた。彼女も反対側から覗き込む。


 ゴボゴボッゴボボッ!!


 重たい水の音がしたと思ったら大量の水が一気に噴き出して、思いっきり顔を洗われて二人とも後ろにひっくり返った。


 慌てて体を起こすと、ソファーの間のローテーブルに置かれたボウルから、水の柱がすごい勢いで立ち上がっている。


「アル、アルッ!これ、どうしたら良いの!!」


 彼女が悲鳴のような声を上げるから、急いでボウルを抱えると窓の外に投げ捨てた。


 それでも水柱は噴き出し続け、庭を不規則に跳ね回り、やがて土色の水溜まりの中で動かなくなった。


 並んでそれを呆然と眺めていた二人が顔を見合わたら


ププッ

フハハッ


 お腹を抱えて笑い出した。二人とも濡れ鼠で、髪の毛やまつ毛から水滴をボタボタと滴らせていた。


 そして振り向いたら部屋が水浸しの大惨事になっていて、また声をあげて笑い合った。


 アルは、自分もこんな風に笑えるんだと驚いきながら笑った。


 彼女は魔力量が多いようで、大量の魔力が注がれて暴走したようだ。


 術式を仕込んで普通より十倍水を吸う雑巾を作り、ニ人で一日かけて後片付けをした。

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