墓守屋敷の魔女~魔道具師は彼女を救うことに決めた~
@ebimayo0101
第1話
「これからよろしくね。」
その声に、さっきまでの浮き立ったような雰囲気が消えていたから、アルは慌てて顔を上げた。するとこのお屋敷に来て初めて、魔女と目がパチリと合った。
白絹のような髪、白い肌に形の良い唇は淡い紅色。そしてその大きな瞳は深紅と言えるほどに赤かった。
”魔女は魅了の魔法を使う。だからあいつの血のように赤い目を見るなよ。虜にされて操り人形にされちまうぞ”
アルをここまで運んでくれた御者の言葉を思い出したが、それ以上に、彼女を見ているとソワソワと心が落ち着かなくて、また急いで顔を俯けた。
王都の外れの広大な墓地、その片隅にある二階建ての古いお屋敷。ここは墓守の屋敷と呼ばれているそうだ。
この国には、稀に強い魔力を持った魔女が生まれる。
かつて悪い魔女が、王様を魅了してこの国を乗っ取ろうとした。でもそれが成る前に捕らえられて処刑された。
その怨念が大地に残り、魔女は生まれ変わっては国に災いをもたらすそうだ。
魔女の目は血のように赤い色をしていて、生まれ変わりの少女も同じ目を持つ。
今代の生まれ変わりは目の前にいるエリスという少女。でもアルには、この人が悪い魔女にはとても見えなかった。
とは言え、魔道具作りばかりで人との関わりを余り持たなかったアルは、人物を鑑定する能力に全く自信を持てなかったけれど。
あれから一週間が過ぎた。
彼の仕事は屋敷の掃除。でも広くないこのお屋敷で、掃除はお昼過ぎには終わるので、その後は仕事が無くなってしまう。
「私の部屋は掃除しなくていいわ。」
そう言われていたから、二階奥の魔女の部屋には入らない。
食事は、早朝にメイドたちがやって来て、その日の分をいっぺんに並べて帰って行く。それをアルは一人で食べた。
魔女はアルと顔を合わせないようにしているようだ。このお屋敷に二人きりだというのに、あれ以来魔女には会ってもいない。
ある日夕食を食べ終えてから、木炭でナフキンに魔法陣を描いた。それに魔力を通すと仄かな暖気が昇り、それで魔女の夕食を温めた。食事がいつも冷え切っていたのが気になっていた。
アルは魔道具師だった。
”食事が温かい方がうれしいだろう”
でも、それは魔女のためと言うより、これをきっかけに他の仕事も言いつけてもらいたかったら。仕事が無くなると心が落ち着かない。
次の朝、一人で朝食を食べていたら人の気配がした。
「あの・・・お食事中にごめんね。」
食堂の入り口に魔女が立っていた。
「昨日のお礼を言いたかったの。温かい食事なんて本当に久しぶりだった。ありがとう。」
それだけ言うと部屋から出て行こうとしたから
「あ、あの・・・」
それを思わず呼び止めた。
「これも温めますから、座ってください。」
魔女の朝食を指差すと、戸惑いながらも席についてくれた。
「私が居たら嫌じゃない?」
彼女が何故そんなことを言うのか、理由が分からなかったけれど
「いえ、嫌ではありません。」
慌てて答えながら顔を上げたけれど、視線は彼女の前のお皿までしか上げられなかった。
アルはぎこちなく白いナプキンを広げると、そこに木炭で魔法陣を描き出した。
大小二重の同心円を描き、二つの円の間にルーン文字で術式を書く。更にその動作を調整するために、小円の中に魔導回路と呼ばれる図形を幾つか描き加えた。
魔力を通すと魔法陣が赤く光った。暖気を生むための火の色だ。
「すぐに温かくなるようにしています。火傷するので、しばらく触らないでください。」
二人で魔法陣を見つめていると、やがて光を失い元の黒に戻った。
「おいしい。このスープ、温かいとこんなにおいしいのね。」
盗み見たら、魔女は嬉しそうにスプーンを口に運んでいて、その思いがけない表情を見たら顔が赤くなるのを感じた。
「これは魔法?」
「いえ、魔道具です。魔法陣に魔力を通して動かします。僕は魔道具師なので。」
すると魔女はふーん、と感心しながらスプーンをまた口に運んだ。
やがて食事を終えた魔女が、ためらいがちに言った。
「もし良かったら、私に魔道具の作り方を教えてくれない?」
それを聞いてアルは驚いた。普通、魔術師は魔道具をバカにするから、そんな事を言われるとは思ってもみなかった。
でも掃除以外の仕事がもらえる、そう思ったから、アルは魔女の申し出を引き受けた。
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