a-04.理と緑(1)

 入学式は午前中までで終わり、その後は新入生は各自自分のクラスで簡単な校内説明や生徒手帳の交付などを受けて解散となる。上級生も事実上この日は入学式のための日なので、式前と式後のホームルームだけで放課だ。

 そして、部活動の所属者たちは午後からは新入生目当ての勧誘活動を始める。もちろん、絢人けんとの所属する剣道部もその例外ではない。絢人はレギュラーでもあったので、参加するのは当然の義務と言えた。

 その絢人のスマートフォンから着信音が鳴る。胴着の下から取り出してみると妹の柚月ゆづきからだった。


『お兄ちゃん、今どこにいるの?

お母さんが、お兄ちゃんがまだ来ないってソワソワしてるよ?』

「いやそれ昨日も母さんに言ったんだけど。新入生の勧誘だよ勧誘、そう、剣道部の。

お前今どこにいんの?正門前?だったらそこから見えないか?……そう、校舎の入り口のとこ。胴着着てるやつが何人か見えるだろ?」

『あー分かった!じゃそっち行くから!』

「えっ来るってお前……ちょっ」


 まだ話してる途中だったのに柚月に電話を切られてしまった。

 いや、妹が入学してきたってあんまり部のみんなに知られたくないんだけど……参ったな。

 などとぶつくさ言っていると、隣に立っていたやはり胴着姿の長身の男子生徒が声をかけてくる。


「どうした太刀洗、何か急用か?」


 声をかけてきたのは三年の椎田しいだだった。剣道部の現在の主将だ。


「あー、いや、その。実は妹が新入生で、母親と一緒に俺を探してるっていうんスよ。多分記念写真を撮りたいんだと思うんスけど、俺一緒に写んなくていいだろって昨日も言ったんスけどね……」


 話してる間に、正門の方から駆けてくる女子生徒の姿が見えた。注視しなくとも柚月だとすぐ分かる。


「なんだ、そうだったのか。

いや、それは行ってやれ。せっかくの妹さんの晴れの舞台だろ、兄貴のお前が一緒に祝ってやらなくてどうする!」


 えっだってレギュラー全員参加だって昨日言ったの椎田先輩アンタじゃん!


「お兄ちゃ~ん!」


 あっバカお前そんな大声で…!


「えっなんだ?」

「お兄ちゃん?誰のことだ?」

「おい…まさか太刀洗か!?」


 ああもう!みんな一斉にこっち見てるだろ……!


 そうこうする間に、柚月は絢人の元へ駆け寄ってくる。


「お前なあ、今日の主役が自ら探しにくるってどうなの?」

「えっお母さんが来た方がよかった?」

「いや……まあ、そっちの方が困るけど」

「って思ったから私が迎えに来たの!

さ、ほら、行くよ?写真一枚撮ったら終わりだからさ♪」


「やあ、太刀洗の妹さんか。今日は入学おめでとう。僕は剣道部の主将の椎田と言います」

「あっ、主将さんですか!ありがとうございます!

あとごめんなさい、ちょっとだけウチのお兄ちゃん借りますね!」


 いや有無を言わせない勢いかよ。


「もちろん構わないよ。そうと知っていたら部活勧誘なんかに呼び出さなかったんだけどね」

「ありがとうございます♪」


 いや勝手に話進めるなって。


「おい太刀洗、お前妹さんが入学してくるなんて全然言ってなかったじゃないか!水くさいぞ!」

「ていうかこんなに可愛い妹さんいたのかよ!なんで黙ってたんだ!」

「そうだそうだ!

……あ、妹ちゃん、剣道部のマネージャーとかやんない?」


 周りの部員たちも集まってきて口々に言いたいことを言い始める。


「そうやって勧誘にかかるから言いたくなかったんだよ!」

「あ……ごめんなさい先輩。私吹奏楽部に内定決まってるんで♪」


 あーまたコイツ口から出任せを言ってら。昨日は『まだ部活決めてない』って言ってたじゃんか。

 まあいいけどさ。


「む…それは残念」

「つうか俺、見ての通り胴着姿なんだけど!?」

「いいよ別に。一緒に写真撮るだけじゃん!」


 そう言いながら、すでに柚月は絢人の袖を引っ張っている。

 しょうがない、柚月も母さんも言い出したら聞かないからなあ。


「じゃあ…すいません主将、ちょっと行って来ます」

「おう、家族水入らずでしっかりやって来い!」


 そうして妹に引っ張られ、主将の声に背中を押されつつ、絢人は正門へと向かっていった。



 待っていた母にしこたま小言を言われつつ、四枚も五枚も写真を撮られるうちに絢人がふと周りを見渡すと、少し離れた所にひとりの女子生徒の姿がある。絢人もよく見知った顔だ。

 スラッとした細身の華奢な、だがいかにも活発そうな体つきと短くカットした頭髪、それに浅黒く日焼けした健康そうな肌。絢人の悪友のひとりである小石原こいしわらさとしの妹の、みどりという名の少女で、彼女も今日からこの沖之大島高校の一年生だ。


 だが彼女は独りで校門に連なる煉瓦塀にもたれかかり、手持ち無沙汰の様子だ。心なしか、浮かない様子なのが気にかかる。


「なあ柚月、あそこにいるの緑だろ?」

「あっホントだ。緑ちゃーん!」


 柚月と緑は幼稚園からの幼なじみで親友だ。緑は絢人の家のすぐそばに建っているマンションの住人で、両親と年子の兄妹という家族構成も、両親が共働きというのも絢人の家と同じ、違いと言えば住んでいるのが戸建てかマンションかということくらいだ。

 小さい頃から女の子らしい容姿だった柚月と細身で活発な緑は、一見すると共通点などほとんどなかったが、それが逆にお互いに自分に無いものを相手に求め合ったのか、喧嘩ひとつしたことがないほどの仲良しだった。

 そして絢人も兄の理とは親友とは言えないまでもそれなりに深い付き合いをしていて、その関係で緑のこともよく知っていた。というより、絢人と理が友達付き合いをしていた関係でまず絢人が緑と知り合い、それで柚月と緑も仲良くなったと言った方が正しいだろう。


 柚月が緑を連れてくる。引っ張ってきた、と言った方が正しいか。

 案の定、緑は浮かない顔をしていた。親友に会えて嬉しい気持ちは浮かべつつも、どこか寂しそうな風である。


「あ、桜おばさん、ケン兄、こんにちは……」

「緑ちゃん今日ご両親来てないんだって!」

「そうなのか?」

「あらぁ、小石原さんお忙しいのかしらね?」


 緑の両親は絢人の家と同じく共働きで、2人とも比較的大きな企業に勤めるサラリーマンだった。そのため帰宅も遅くなることが多く、出張などで家を空けることも多いと絢人は聞いていた。確か、今はお父さんが短期の単身赴任で3ヶ月ほど家を留守にしているはずだ。


「はい。その、母がどうしても抜けられない仕事が入ったとかで。

それで……その、兄貴を待ってたんですけど……」


 緑のその言葉で絢人にはピンとくる。彼女の兄の理は自分が校内で嫌われ者だから、その妹だとみんなに知られたくなくて雲隠れしているのだ。


「あー分かった。ちょっと俺が探してきてやるよ」

「えっケン兄、兄貴がどこにいるか知ってるの?」

「アイツが隠れてそうな場所なんて大体目星はつくからな。

まあちょっと待ってろ。せっかくの妹の入学を祝ってやらないなんて薄情な真似はさせねえよ」


 ついさっきまでの自分のことなど棚に上げて絢人は安請け合いをする。

 そして校舎に向かって胴着姿のまま走っていった。






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